果の応報 2




※ヴァンパイアハンター静雄×ヴァンパイア臨也の話
※今回はプレビュー、本編は冬に発行予定です






――いい月だ。
窓辺から目を懲らすように見上げた今夜の満月はまた格別で、月光を浴びているだけで身体が知らず高揚してくる。
そういえば、シズちゃんと再会したのも今夜のような満月の夜だったな、と懐古する。出会い頭に殴りかかられたのはいい思い出だ。
シズちゃんというのは、もちろん俺が勝手につけた愛称―何度もやめろと言われているが嫌がらせを兼ねてやめるつもりはない―で、本名は平和島静雄という。この古びた教会に赴任という名の左遷されてきたうら若き神父であり、ハンターでもある。ハンターとは、つまり、ヴァンパイアハンターのことである。その名の通り、ヴァンパイアを狩ることを意味する裏家業であり、俺の天敵だ。そう、俺は世に言うヴァンパイアなのである。
「お腹すいたな…」
筆舌に尽くしがたい渇望感は、満月をピークに訪れる。今の俺はその飢えを凌ぐための契約があるためにどうすることもできない。早く満たさなければ、と逸る気持ちはあるが、こう何百年も生きているとある程度はコントロールが可能だ。
俺はシズちゃんの下に保護されている身で、ある程度の自由は与えられているけれど、あくまで契約関係にあるから、制約は同等に依然として存在する。それが煩わしく感じてしまうのは、俺の性格上致し方ない。
「たまには、ね…」
おとなしく、なんて柄ではないのだ。今夜はお誂え向きに満月。飢餓感に負けないほどの魔力も充実しているのだから、この好機を逃すべくもない。
仮初の住処であるこの教会は、経年の傷みを隠す術もなく、このまま放置しておけば崩壊の危機にある。早速とばかりに木製の窓枠へ片足をかけると、ミシミシと不穏な音が響くと思いきや、さほどではないのは俺の能力のおかげ。
自重を感じさせない身体は簡単に宙に浮き、そのまま外へと飛び出そうとしたところで、視界が急激に反転した。
「うわ…っ」
首根っこを掴まれたからだ、と気が付いたのは、室内へと引き戻されて床の上に尻餅をついてからのことだった。
「痛い……」
「どこへ行く?」
冷たい、常人が耳にすれば震え上がるほどの低音。それでも、俺を咎めるその声音は、聞き慣れて久しい男のもの。
シズちゃんのくせに生意気、と胸中で呟いたつもりが、うっかり洩れ出ていたらしい。うるせえ、という不機嫌極まりない返答に、俺は苦笑して肩を竦めた。まさか気配を消して近づいてきていただなんて不覚だった。だけれど、この男が何者であるかを知っていれば、そんな所業は容易なのだと納得できる。
「いちいち言わなきゃならないの?」
苦笑しながら振り向けば、月光を浴びて煌めく金色が視界に飛び込んできた。常々禍々しいと評される俺の双眸の紅とは正反対の煌めき。シズちゃんらしい、シズちゃんの色だ。
「……好き勝手に徘徊すんな」
 手前は目を離せばすぐにウロチョロしやがる、と忌々しげに口にしたシズちゃんは、眉間にしわを寄せ、仁王立ちしたまま俺を見下ろしている。
「しないって」
完全に誤解しているようだが、あえて否定はしないでおく。暇だから散歩をしようと思ったのだ、とはきっと信じては貰えまい。
「なあに、俺のことが心配?」
図星かと、小首を傾げてからかってやれば、意外にもあっさりと首肯された。
「…ああ」
「うわ、素直なシズちゃん、気持ち悪い」
 身体を反り返し、アハハッ、と笑い飛ばしてやる。自重を支えるために床についている両手が笑うたびに震えた。
「うるせえな、つうか、…知らねえからな」
やめとけ、今日はヤバイ。
シズちゃんが、俺の軽口に応じることなく、どこか真剣そのものの声音で忠告してくる。
「……そっか」
その意味が判るくらいには一緒に時を過ごしているから。ああ、本心から俺を心配してくれているのかと嬉しい気持ちになる。
「勝手にフラフラ出歩いて、捕まっても助けてやんねえからな」
だから、もう、君に捕まっているのに、とは反論にしない。
「ということは、シズちゃんはお仕事なの」
 代わりに話題を切り替えれば、シズちゃんはひとつ瞑目した上で。
「…ああ」
依頼が入ったからな、と告げてくる、見上げた先の彼が身に纏う装束は、ハンターとしての正装。胸元には肌身離さずかけられている十字架。そして、サングラスと両手に嵌めている黒い革グローブは、彼特有の装備だ。
そのまま黙り込んでしまったシズちゃんの心境は、手に取るように判る。
きっと、シズちゃんは今、俺に贖罪したい気持ちでいっぱいなのだろう。
シズちゃんはハンター。対して、俺はその捕獲・抹殺対象であるヴァンパイア。シズちゃんは俺の仲間を殺しに行くのだ、と告げているようなものなのだから。だったら、相反する存在同士がどうして共に過ごしているのか、という詳しい説明が必要になってくるわけではあるが、それは今は割愛するとしても。
――シズちゃんは優しすぎる。
毎回似たようなやりとりをするたびに、胸が締め付けられるような感覚に陥る。記憶のないシズちゃんには、俺がどんな想いで何百年も待ちわびていたかなんて、知る由もないのだから。
気にしなくてもいいのに、という気遣いは言葉にする必要はない。むしろ、僥倖なのだと告げてやれば、今の俺たちの関係が成り立たなくなってしまうから。
「せいぜい、殺されたりしないように気をつけなよ」
立ち上がり、そしてシズちゃんを見上げながら、嫌味混じりの激励を送る。前みたいにね、とはけして、続けることはなく。
「まあ、君なら、素手で平気そうだけどね」
「…どうだかな」
皆が皆、手前みたいにひょろっこいわけじゃねえからな、とグローブを嵌め直したシズちゃんは不敵に笑う。
「失礼な…」
人間の君とは元が違うんだからね、と不本意甚だしくくちびるを尖らせる。油断は禁物なのだ、と口にできればどれだけいいか。
「じゃあ行くから、おとなしくしとけよ?」
「だったら、満たしていって」
これもまた、いつものこと。震えるような飢餓感と、そして不安感を、シズちゃんの手で、消して欲しいのだ。
 そうして、俺は、意図的に誘うように瞳を細めた。
「……急いでるんだけどな」
「俺をおとなしくさせときたいなら、言うこと聞いたほうが賢明だよ?」
ね、と小首を傾げれば、シズちゃんは大仰に嘆息し、呆れたように腕まくりをすると、ナイフを取り出す。
じっと、その手つきを見つめていれば、「そんなに見るな」と窘められた。きっと、シズちゃんは、俺の表情からは吸血を催促するヴァンパイアとしての一面しか読み取れなかったことだろう。感情を巧妙に隠し通すのも慣れてしまったが、虚無と寂寥の感に苛まれるのには慣れない。
「ほら、よ」
シズちゃんがナイフで右手首の下あたりをスラリと切り裂いた。じわりと浮かんできた真っ赤な液体がひとすじ、肘の方向へと流れていく。
「ん…」
俺はシズちゃんの腕へと縋り、そして滴る血液を舐めとり始めた。
「ん、…っ、ふ…う」
ピチャリピチャリ、とどこか卑猥な水音をたてながら、夢中になって舌を這わせる。どんな美酒にも勝る極上のそれに、恍惚と酔いしれた。それは、言うまでもなく、他ならぬシズちゃんの血だからだ。
もはやシズちゃんの血以外は受け付けなくなっているのだ。釘を刺されなくとも、契約などなくとも、俺は人間を襲うつもりなんて毛頭ないのだ。
「んふ、ん…」
今から闘いに赴くシズちゃんからこれ以上吸血するのははばかられ、名残惜しそうにくちびるを離す。最後の一滴まで綺麗に舐めとってあげて、傷口に厳かにキスをひとつ落とした。そして、シズちゃんを見上げて妖艶に微笑む。
「満足したか」
シズちゃんは、検分した傷口が何事もなかったかのように塞がりつつあることをどこか苦々しげに見つめ、そして捲くった袖口を元通りに戻しながら俺に問いかけてくる。
「足りないから…、帰ったら続き、ね」
それは、また別の飢餓感を埋めるための行為。身体を繋げる行為は、思いのほか心地よく、そして刹那の安堵を俺に与えてくれるから。
「欲張りな奴め」
憮然としつつも、拒絶はされない。軽く笑ってしまえば、とうとうシズちゃんが俺の頭をひとつ叩いて。
「約束通り、おとなしくしとけよ」
言いおいたシズちゃんは背を向けてドアから出て行く。規則正しい足音が階段を降下し、そして玄関のドアが開閉したところで、俺は窓際へと背を預けた。
窓の外、眼下では、出掛けていくシズちゃんの後ろ姿。その背を見送り、俺は虚空を見上げた。


もしも、シズちゃんに記憶が戻ったならば、いつか聞いてみたいことがある。
――あのとき、なぜ、俺を狩らなかったの、と。



to be continued……?





10/14因禁4での無配でした。

例のくじのアレのおかげもあって、ずっと温めていたヴァンパイアネタをこのまま書き上げたい所存です。
一応、随分前にアップした話の続きでもあります。
今回も書きたいところだけ書いたプロローグ的な話だったのでお許しを。

…ちなみに、オフ本編は設定とか少しマイナーチェンジする部分もあるかも。


2012.10.21 up


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