ターナルノット サンプル




※表紙イラスト:イトハラ様
 

「なあに、こんなところでさかるつもりなの?」
想定内の展開だった。喧嘩のあと、俺が捕まってしまえば抱き合うことになる、これは俺たちの関係の中での一種の暗黙の了解のようなものだったからだ。
「うるせえ」
これまた得意のひとことで俺の挑発を切って捨てたシズちゃんは、またひとつ鎖骨のあたりに噛み付いてきた。
やたらと噛みつかれるようになったのはわりと最近のことだった。俺を痛めつけるという意味でもあるのだろうけれど、まるでマーキングされているようでこちらは気分がいいものではない。
「いった…、ねえ、」
「だから黙れっつってんだろうが」
「……っっ」
反対側にもガブリと犬歯を突き立てられ、鼻をつくのは自らの血の匂い。これはしばらく痕が消えないだろうなあ、とうんざりとしながらも、その背に腕を回してやる。
「興奮、しちゃった?」
痛みに耐えられないほどではないが、身体は正直だ。ドクドクと心臓が早鐘を打ち、呼応するように呼吸も荒々しいものとなってくる。はあ、と呼吸を落ち着けるようにして吐息を吐き出せば、シズちゃんが俺を凝視していた。
「抱いてほしいのは手前のほうだろうが」
「……そう見える?」
目を見開いたのは一瞬だけ。そして、シズちゃんの指摘に静かに笑みを零す。甚だ心外だったけれど、ここで言い返しても始まらないので黙って従っておくことにした。
「まあ、そういうことにしてあげてもいいけど?」
俺の未だ荒ぶる吐息を感じ入るように耳を澄ませているシズちゃんの髪を後ろから少しだけひっぱり、そして気まぐれに撫でてやった。シズちゃんが俺の手を振りほどくことはなく、むしろ身を任せているかのようだった。
「だけどさ、ほんと見境無い、……野獣みたいだね」
「……ふん」
手前も好きだろうがよ、と負け惜しみのように口にされて今度こそ腹を抱えて笑ってしまった。全部、そのまんま言い返してやりたい。
そして、改めて、この想定内の展開に対する思いを馳せる。殺意を向け合うことでしかお互いの存在を認められなかった俺たちが、なんの因果か身体の関係がある。もちろん、俺が作り出した因果、なんだけれどね。
何度抱き合っても、その関係が精算されることはない。常識も理屈も通じない、奇妙な関係。それでも、シズちゃんと対峙するための、俺にとっては、手段のひとつのようなものだった。
「ヤるのはいいけどさあ…」
仇敵の腕の中にいる、というなんとも不合理な状況の中、それでも主導権を握るべく動き出す。
「せめて、ホテル行かない?」
「金がねえ」
「……シズちゃん、そんなことじゃモテないよ?」
それは、シズちゃんらしい言い訳。それでも、落胆を装って忠告してやる。だって、俺がシズちゃんに女を近づかせるようなことはさせないからね。
そう、それは絶対に赦せないことだった。
シズちゃんみたいなバケモノが人並みの幸せを求めようだなんて、そんなの、間違っている。君なんて、もがいてあがいて苦しんで、そして最後に絶望すればいい、そんな胸の内は言葉にする代わりに。
「じゃあ、お金は俺が出してあげるから、ホテル行こ」
「……」
「睨んでもダメ。俺がいいって言ってるんだから、いいでしょ?」
「……折半にしろ」
「ふはっ」
シズちゃんの口からワリカン懇願が飛び出すとはね、としばらく笑いが止まらない。相変わらずの借金生活のくせに、すべてを俺に委ねることだけは屈辱らしい。
「嫌なら、ここで犯す」
「わかった、わかったからっ」
シズちゃんが不機嫌そうに歯軋りしている。あまりに笑いすぎて前屈みになれば、打撲した背中が鈍痛を発した。
「痛い、あははっ、笑うと痛いや…っ」
大きく嘆息してようやく笑いを収めることに成功すると、眦に浮かんだ涙を指先で拭った。
「シズちゃんすごいよ…。俺、笑い死にの窮地に瀕することになるなんて想定外だった」
「そのまま死ねば」
「冷たいなあ」
そんなこと言って、とからかいつつ、右手をシズちゃんの股間に伸ばしてひと撫でしてやる。途端に黙り込んだシズちゃんにほくそ笑みながら、その薄いくちびるにキスをひとつ。
俺に興奮しているシズちゃんは見ていて飽きないし、いい気味だと少しだけ溜飲が下がる気分だ。
さあ、今日はどうしてやろうか。


***


「ふ…っ、あんっ、や…だっ」
自由にならない両足がシーツの上を虚しく滑る。藻掻くように身体を揺すっても、しっかりと抱きしめられているので逃げ場はない。
「ね、待って…っ」
耐え切れずに、なんとか引き抜いた腕を伸ばしてシズちゃんの手首に触れて懇願する。
「なんで」
嫌なのかよ、とふてぶてしくも聞き返され、当然だと頷こうとしたところでまた性器を握りこまれてしまう。
途端に力が抜けてしまったせいで、せっかくたどり着いた手が志半ばでシーツへと逆戻りだ。
「気持ちよく、ないのかよ?」
「あっ、…っ、あんっ」
気持ちいいから嫌なんだよ、とは口が裂けても言えるはずがない。
それでも、シズちゃんは素知らぬ顔で、俺の性器を上下に扱き出しただけでなく、勝手気ままにくちづけを散らしていく。
「ひあっ、あっ、あっ、う…んっ」
直接的な刺激と、じれったいまでのくちづけに、俺の身体はヒクヒクと痙攣を繰り返す。まるで善がって催促しているようで、情けなさに涙が頬を伝った。
「泣くな」
「……ふ…うっ」
泣くな、と言われても悔し涙が止まらない。一度堰を切って溢れてしまった感情は簡単に収まることはなく、ポタリポタリと頬を伝った涙がシーツにシミを作っていく。
「もっと、してやるから」
恥ずかしいとか情けないとか、気にならないくらいに、気持ちよく。そんなことを耳元で囁かれて、俺の身体の奥の奥で、ぶわり、と何かが膨れ上がった。
「……あっ」
その正体を探っている暇なんて与えられずはずもなく、シズちゃんが指の腹で性器の先端を詰る。パクリ、と先端が開いたような気がして、間もなくそこからトロトロと先走りの液が滴りだした。
「出てきた…」
「君には…っ、デリカシーとかっ、ない、の…!」
調子に乗らないでよ、と霞む視界の向こうの宿敵を睨みつける。返ってきた反応は、「ふはっ」という間の抜けた笑い声。
「とにかく」
そこで一端言葉を切ったシズちゃんは、さらに性器を扱くスピードをあげてきた。
「……っ、あっ、急に…っ、や…だっ、ひぅっ、あっ、ああっ」
グチュグチュと耳を塞ぎたくなるような水音が響いて、全てを吐き出したくて漲る幹に、シズちゃんの攻めは的確だ。
やはり男同士、どこをどうやって責められれば気持ちいいかなんて、言葉にしなくても判ってしまうもの。
「……ごちゃごちゃ言わずに喘いどけ」
「あ…っ、ああんっ、やあああ……!」
宣言されるや否や、限界を迎えた俺の性器から白濁液が迸った。
「はっ、はあ…っ、…っ」
浮いた腰の間に入り込んでいたシズちゃんのてのひらが、優しく背中を行き来する。
呼吸が収まるのをわざわざ覗き込むようにして待ち構えているシズちゃんに、思わず笑いが零れてしまった。
自嘲の笑みだった。
自分の預かり知らないところで、この身体はシズちゃんに欲情し、その上抱かれることをよし、としている事実に気がついてしまったからだ。
こんなの、俺の身体じゃない。
そう言って全てから目を背けられれば楽だったのに。
「全部、手前のせいだからな」
「……っ」
シズちゃんの真摯な表情と声音から、その本気を悟って、そして観念するしかなかった。
どう足掻いたところで逃げ場がない、ということ。
そして、今日のこの行為が自分たちの関係に一石を投じるだろう、ということに。
確かに、きっかけを作ったのはほかならぬ俺自身だ。
「覚悟しやがれ」
それから後、自分の身に起きたことは、反芻するのも憚られるくらいに羞恥に塗れたものだった。
何度も繰り返した行為のはずなのに、そのどれにも当てはまらないような感覚。まるで初めて抱かれる相手のような手腕でもって、シズちゃんは俺を責め立ててきた。
「やだ、や…!いつもそんなふうにしないくせ…、にっ」
「うるせえ」
無慈悲なたった一言でもって、俺の泣き言など最初から聞こえていなかったかのように聞き流してしまう。
「最近は優しくしてやってんだろうが…!」
俺がどんな思いでいるのか知らないくせに、とは空耳だったのだろうか。それでも、それ以上は口にすることなく、シズちゃんは行為を続行する。
「あっ、はあっ、やだああっ!そんなとこ、やめて、やめてよ…!」
まさか、後孔をシズちゃんに舐められるだなんて、きっとあとにも先にもこれきりだろう。
「ふ…っ、ひ…いっ」
丹念に筋の一本一本を辿るようにして舌先が蠢く。そんなところ、舐めてなんて頼んでもいないのに、抵抗どころか嬉々として舐めとるのだから、お酒の力ってすごいな、と横道にそれたことを思ったくらいだ。
シズちゃんの唾液を押し込まれ、ドロドロに解かされつつある後孔は、もういつ受け入れても平気なくらいに準備が整っている。
正直、一度達して項垂れていたはずの性器もすっかりと屹立していて放逐の時を今か今かと待っている。
それなのに、シズちゃんは舌先だけに飽き足らずに、指先までも突っ込んできたのだ。
「あ…っ、あっ、も…、いい、からぁっ」
「ダメだ」
しっかり解さねえと、傷つけない保障ができねえ。
そんなどこか不穏なことを言われても、もう早く突き入れて欲しくて堪らないのに。
腰を揺らめかしてみせても、がっしりと太腿を掴まれているために、大した催促にはならないことが歯痒い。
「ひああっ、やだあっ、ねえ、やだ、や…っ」
一本だった指先は、知らないうちに増やされ、今では三本を優に受け入れることができている。
内部でバラバラに指先を蠢かせられ、ズブズブと出し入れを繰り返されることに、ひくりひくりと全身が震える。
随分前から閉じることを忘れた口元からは、だらしなく唾液が滴り、紅潮しきった頬だけでなく全身がくまなく熱を持ったように熱い。
「もう、ひっ、んうっ、熱い、熱いからぁ、ねえ、シズちゃ…っ!」
内包する熱を持て余してシズちゃんに懇願しても、一向に聞き入れてなんて貰えない。
「あ…っ、あー…」
元々明確な言葉にはならない声だったけれど、より一層堕落を物語る間延びした声音しか発することができない。
過ぎる快楽は、シズちゃんが宣言したとおり、俺の中の何もかもを奪っていく。
それがたとえ刹那であったとしても、今はシズちゃんに預けてしまいたいと思えるくらいに、全てをトロトロに溶かされている。
そして、そうなって初めて、待ち望んだものが与えられようとしていた。


to be continued……



back

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -