妻家の看病




※愛妻家シリーズその4







ある朝、臨也が熱を出した。


ベッドにぐったりと沈む無駄に痩せた身体は、不規則に荒々しい吐息を紡ぎ出している。激しく抱きあったときと似て異なるその様子を覗き込めば、臨也が苦しさに耐えるようにギュッと目を閉じていた。
特に冷え込んでいたからなあと、昨夜の臨也との記憶を掘り起こす。
大方浴室で抱いたのがいけなかったのだろう。こんなところでやめて、と恥ずかしがる臨也に、反響する弱々しい嬌声に、いつにも増して興奮し無茶をさせた自覚は、ある。のぼせて弛緩し、どこもかしこも濡れたままの身体をベッドに運んできてからも、なかなか離せなかったのは俺だ。
だから、体調を崩させた全責任を負うべきだと思う。
「下がんねえな…」
額に浮かんだ汗で前髪が張り付いている。そっと掻きあげてやりつつ、てのひらを添わせば伝わる熱。これはかなり高いんじゃないかと、不安になってくる。俺の平熱は高いほうだから、それよりは随分高いなという曖昧な感覚でしかないから特に。
「う…」
眉を寄せた臨也が小さく唸る。今朝、臨也の変調に気付いてすぐさま仕事の休みを取った。今日の回収予定先は安全そうなものばかりだったらしく、すんなりと許可が下りて助かった。
しかし、困っていることがひとつ。苦しんでいる臨也を医者にみせたくないのだ。もちろん、俺の独占欲がそうさせているという自覚はあるのだが。
「ヤベェだろ、これ」
だって見てみろよ、…いや、やっぱ見るんじゃねえ。見たら殺す。
とにかく、弱った臨也はいつもよりもいやらしい。熱でピンク色の身体、乱れる吐息、ふるふると揺れる長い睫毛、どれもこれも想像を絶するほどの破壊力でもって欲情を誘う。俺ですら理性がぐらつくんだから、他の奴らなんて絶対にイチコロだ。
やっぱ駄目だ駄目だ。俺が最初から最後まで看病する。医者にみせなくても俺がいればすぐによくなるに違いない。
「早くよくなれよ…」
買ってきた冷えピタをそっと額に貼り、ベッドの傍に座り込む。
「…ん、」
「…気がついたか」
額のひんやりとした感覚に目を覚ましたのだろうか、虚ろな視線がさ迷って。モゾモゾと身じろぎした臨也は、ゆっくりと瞬きした後に俺を捉えた。充血した両目が痛々しいが、庇護欲をかきたてられる。その可愛すぎる姿に、一生何があっても守り抜いてやる、という誓いを再確認させられる。こんなときなのによ。
「シズちゃ…、」
「おう」
「出てって」
「はあ…?」
目を覚ました臨也は開口一番、俺をねめつけてきやがった。
「君の顔を見ているだけで、熱が上がる気がする…」
だから、と、そこまでを一息で言い放った臨也は、はあ、と熱っぽいため息を吐き出す。
「可愛くねえなあ…」
「可愛くなくて結構…」
途端にゴホゴホと咳込んだ臨也に、ほらみろ意地を張るからだ、とぼやく。
だいたい、風邪を引いたときは人恋しくなるもんだと相場が決まっている。俺もそうだったし、幽だって俺が傍で手を握ってやったらどこか嬉しそうにしてた。
そういや、あのとき風邪をうつしちゃったらごめんと小さくなる幽を宥めたっけな。
…ああ、そういうことか。合点がいった俺は苦笑しながらかけ布団を直してやる。
「風邪をうつすんじゃとか心配してくれてんだったら平気だぜ?」
「…心配なんてこれっぽっちもしてないよ。むしろ、うつった風邪で死んでくれたらいうことはない」
臨也は、さらに、でも風邪程度で死なれたら俺の今までの苦労は…とかなんとかブツブツ呟いているが、荒い呼吸のせいでよく聞き取れないので無視だ無視。だいたい、そんなことを言われて俺が従うわけがないこともわかっているだろうにいちいち面倒臭い奴だ。
「ふうん。だったらここに居座ってやる」
「……っ」
風邪くらいで死なねえことを証明してやるよ、と笑い飛ばせば、臨也の頬がさらに紅潮しとうとう背を向けてしまった。お得意のはずの舌戦で負けたことがよほど悔しいのだろう。
いやいや、仕方ないぜ、なんせ熱があるんだからな。
俺はどこか得意げに臨也の背を摩ってやったわけだが、ちゃんとわかってるんだぜ。
臨也は俺に風邪をうつしたら一大事だ、と言えないから、わざときついことを言って俺を追い出そうとしたんだろう。あまのじゃくな臨也のことだ、素直に心配だと言えなかっただろうしな。
つまり、すべては愛情の裏返しだというわけだ。
いじらしいよなあ。嬉しくなって、いつのまにか、背を摩っていた手が止まっていたらしい。臨也が訝しそうに振り返る。
「ねえ、シズちゃん、早く、出ていって」
目障りだよ、暇なら仕事行けばいいでしょ薄給なんだから、などとご丁寧に厭味を交えて念押しまでしてきやがった。
だけれど、どこか困ったように目元を染めて視線を逸らす臨也の表情が、信憑性を物語ってんだよな。
そんな淋しそうな顔をしてないで、素直に傍にいてって言えばいいのにな。
「シズちゃん?聞いてんの?」
はあはあと吐き出す吐息を耳に、拳を握りしめる。
つうか、せっかく自重してやったのに。
手前が悪いんだからな、臨也。
「こんなときだってのに…、煽りやがって」
「……っ!?」
ベッドに乗り上げ、かけ布団を勢いよく剥ぐ。驚いた臨也が硬直したのは一瞬、ぶるりと身体を震わせたのは寒さのせいだろう。
「ワリィ、さみぃよなあ?」
背筋を走る悪寒を、快感に換えてやる。そうすれば、すぐにウィルスに犯されほてった身体も楽になるだろう?それなら簡単だ。そうだ、最初からこうすればよかったんじゃねえか。
「や、だ…っ、触る…な、出ていけって…!」
「行かねえよ」
手前をひとりにするわけがねえだろ、と今度は優しく優しく臨也を抱きこむ。抱いた身体は熱く、小さく震えていた。
馬鹿だな、それは逆効果だぜ、臨也。
「ひあ…っ」
味見と舐めてみたうなじは、汗の塩からさと元からの甘味がいい感じに混ざりあい、俺を楽しませてくれる。
「うわ、熱ぃな…」
抱き込んだ臨也がもがくが、構わずに腰元から手を突っ込む。全身が燃えるように熱く、しっとりと汗ばむ肌がてのひらに馴染む。
「後で汗拭いてやるから」
セックスした後になあ、と剥き出しにした背中にくちびるを寄せれば、臨也がシーツに爪をたてる。色濃く残る昨日の痕を順になぞっていくのは存外に気持ちいい。
「やだ、ヤらない…っ、はな、してぇ…!」
拒絶する臨也は思うように力が入らないらしく、カリカリとシーツを引っかくだけで、俺がキスしてやるたびにビクビクと跳ねる。
臍回りを擽り、ゆっくりとハーフパンツの中へ侵入していけば、すでにそれは反応しかかっていた。
「勃ってるなあ…?」
「あっ、やあ…っ」
嬌声を押し殺そうと、くちびるを噛みやがるから、指を突っ込み無理矢理に口を開かせる。
「全部出しちまえよ」
遠慮せずによ。この際だ、熱に任せて俺にすべてを委ねれば楽なのに。そんなことで嫌いになったりしないのに。
「ん、んう…っ、ふぅ…ひっ」
顎を掴み、中途半端に開かせたくちびるからは苦しげな吐息が後を絶たず飛び出す。生暖かい呼気を楽しみながら、臨也の後ろを弄り出してやる。昨日の名残か、緩んだそこは柔らかく、俺の指先をツプリと受け入れた。
「ココはもっと熱いな…」
「あ、ん…っ、はあ、はっ」
耳元で囁いてやれば、根本まで埋まった指を締め付けてくる。だらりと指を垂れてきたよだれを拭って舐めとると、ハーフパンツを下着ごと完全に脱がしていく。
「や、…っ、は、あ、やだぁ…、んっ」
「やだ、ってなあ…?」
「きの、…も、さんざんっ、あっ、ヤった…のにぃ…っ」
「そうだったよなあ…」
残念ながら、ここまできてやめてなんてやれねえよ。確かに昨日のことは臨也に責められてもしかたないが、ゆるゆるととろけ始めた臨也を前にしてはもう我慢できなかった。
「ん、っ、ひあっ、や、つら…いっ、あっ」
埋めた指を動かせば、次々に悲鳴が上がる。これならさほど慣らさずに突っ込んでやれそうだ。
つらいよな、よし、さっさと楽にしてやる。
指を引き抜けば、物欲しげに穴が収縮し、俺は口元が奇妙に歪むのがわかった。
「ほら、挿れてやるから」
ジャージを引き下げ、すっかり硬く勃ったモノを取り出し、解れた入口にピタリと添わせてやる。
「や、挿れ、ないで…、あ、あ…っ」
「無理だっつってんだろ…!」
この期に及んで逃げようとしやがるから、腰を引き寄せ高く掲げさせる。すっかり力が抜けた臨也の身体は、ヒクヒクと痙攣を繰り返している。先っぽを挿れただけで、すぐに食いついてきやがった。
「あ、…やっ、…やだあっ」
ガチガチと歯まで鳴らし始めた臨也は、歯を食いしばっては失敗し、小さく鳴咽を漏らしている。さぞかしもどかしいんだろうな、思い通りにならない身体が。
「心配すんな、ちゃんと気持ちよくしてやるから」
熱なんて吹っ飛ぶくらい、わけわかんなくしてやる。
「……っ、あー……っ」
ぐ、っと広げた穴に、入り込んでいく。すると、臨也は絶望に満ちた声を上げた。
それでいい。安心して思う存分喘げばいいんだぜ、臨也。
「く…っ」
「あ、ひ…あっ、あ、あ、あん…っ」
腰を打ちつけてやれば、か細くもかわいらしく喘いでくれる。尻を掴み、もっと深くまで穿つべく、勢いよく腰を突き出した。
「やあ、…くぅ、は、はあ、やだあ…っ」
蕩けた中は、いつもよりも熱く壮絶なほどの快楽を与えてくれる。きっと臨也もいつもよりも感じているに違いない。
「臨也…っ」
臨也は俺が支えていなければすぐに崩れ落ちてしまいそうだった。揺さぶられるがまま両手を投げだし、グスグスと涙やらよだれやら鼻水やらを零している。可愛すぎる。
「も、む、り…っ、あん、あっ、はあ…っ」
大丈夫だ、俺が最後まで責任とってやる。すっかり力の抜けた臨也の身体はそれでも俺を締め付けてくるから。
「シズちゃ…っ、シズちゃ…、」
いつも以上に俺のことを呼んでいる臨也は、いつも以上に感じているようだった。そして、回復しきっていない身体は限界を訴え、俺を一番奥へと誘い込む。
たまんねえ。俺もだんだん堪えられなくなって。
「ひんっ、あ、あつ、いの…っ、シズちゃ…、あっ、あー…っ!」
奥の奥でたっぷりと吐き出してやれば、臨也は俺の名前を呼びながらイッた。
それがまた最高に幸せで、結局、臨也が気絶するまで抱き尽くしてしまった。



グツグツとコンロで鍋が湯気をたてる。俺特製の粥だ。
臨也は、まだ熱は下がらないようだが、随分と楽になったのかぐっすり寝ている。
起きたら食わせてやろうと、おたまで中身を掻き交ぜる。


たまには無理をさせて、世話を焼いてやるのもいいなとほくそ笑む。


ああ、何度でも言うが、悪いのは可愛すぎる臨也だからな。






END





2012.2.29 up

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