妻家とバレンタイン


※「愛妻家の日常」続編





「ただいま」
狭い玄関で靴を脱ぎながら室内の愛妻へと帰りを告げる。気を利かせてくれたトムさんのおかげで、今日はいつもよりも帰宅が早まって嬉しい。
「……おかえり」
部屋の奥のほうから気だるげな声音が届く。
今日ばかりは夫が帰れば出迎えろだなんて無茶なことは言わないでおく。だけれど、臨也はただいまと言えばおかえりと返してくれ、という初日に身体に教え込んだルールを律儀に守ってくれている。
か細い声は、ベッドのほうから聞こえてきた。昨晩、あんまりにエロく強請るものだから朝方まで離してやれず散々に抱いた覚えがある。だから今日は一日起き上がれずにベッドの中で過ごしたに違いない。
暗がりの中、ベッドの上にはこんもりと盛り上がるシーツにくるまった塊が見える。
「身体、大丈夫か…?」
「……大丈夫に見えるなら、今すぐ死んで」
その声は少し震えていた。シーツにくるまった臨也は顔を出さない。どうせ可愛らしく不貞腐れているのだろう。
ベッドに腰掛け、シーツに隠れた頭の辺りを探し当てた。出勤前に替える余裕がなかったから、しわしわのシーツにはところどころシミさえ浮かんでいる。
いい加減に気持ち悪いかもしんねえな、風呂にも入れてやれなかったし、と詫びを込めてさわさわと優しく労わるように撫でてやる。
「偉い偉い、ちゃんと俺のいいつけ通り、今日は外に出なかったみたいだなあ?」
ピクリとシーツの塊が揺れ、そして、俺から離れようとズリズリと後退る。馬鹿だよな、もう後ろには壁しかないってのによ。案の定、シーツの塊は壁にひっついた状態で停止した。
「ほら、顔見せてくれよ?」
ちゃんと顔を見て褒めてやりたいから、シーツに手をかけ強引に引き剥がす。
「……や…だっ」
くぐもった拒絶がシーツ越しに聞こえてくるが、力が入らないのだろう臨也の抵抗など微々たるものだった。
ふわり、頭のてっぺんが見えて、次に顔が見え隠れする。疲労が色濃く残った臨也の顔を見て、俺は満足げに微笑んだ。
「ただいま、臨也」
「………っ」
腕を引っ張って抱き寄せて、もう一度。
なんだよ、恥ずかしくて緊張してんのか。臨也はいつまでたっても慣れてはくれない。まあ、その初々しさがまた、たまんねえんだよな。正しく新妻らしいじゃねえか。
そして、こんなときにでも強情を張って俺ではなくシーツにしがみつこうとするその細い指を一本ずつ剥がしていく。
「そうだ、俺、手前に謝んなきゃなんねえ」
「はあ……?」
チュッと震える指先に口づけてやって、怪訝そうに眉を顰める臨也に苦笑を零す。
「今日はなんの日か知っているか?」
二月十四日。一般的にはバレンタインデーと呼ばれる日だ。
「……何か関係あんの」
「そういや、高校んときはよお、手前はモテたよなぁ…つうか、今でも余計な輩にモテるしよ…」
俺はひとつも貰えなかったってのによ、と懐かしむ。
そりゃ、人並みにバレンタインっていう響きに心を躍らせたこともあったさ。俺も男だしよ。でも、結局高校時代、俺はチョコを貰えるなんて機会にはとうとう巡り合えなかった。あの頃俺は女子たちにも怖がられていたからな。…その原因は、目の前にいる臨也なわけだが。
「……だから、なに」
今更復讐でもしたいの、と臨也は瞳を細める。ああ、自分のせいだっていう自覚はあるわけだ。
「いや?」
そんな昔のことなんてどうだっていい。
本音を言えば、臨也からのチョコがないのが残念で仕方がないが、そうさせたのは俺自身なのだからそこは我慢する。
腕を伸ばし、傍に放置したままだった紙袋を漁る。いくつか放り込んだままだったその中から無造作に手にした正方形のさほど大きくない箱の中身は、僅かに香る匂いからしておそらくチョコレート。
「コレ、もらっちまったんだよな」
「よかったじゃない。…なにげに、自慢したいの」
「違えよ。…つうか、いらねぇっつったんだけどな」
俺には今、愛する妻がいる。指輪だってしているのに、それでもいいから、と顔も知らない女たちに押し付けられてしまったのだ。
ワリィ、必死すぎてなんか断れなかった、と言いながら臨也の細腰に腕を回す力を強める。
「…ねえ、もしかして」
「あ?」
「……そんなもので俺が傷つくとか、嫉妬するとでも思ってたの?」
俺に促されるままポスリ、と大人しく胸元に鼻先を埋めたはずの臨也が、馬鹿じゃないのと態度とは裏腹に素直でないことを言う。そんな臨也を見やれば、俺に冷たい視線をぶつけてくる。
―馬鹿だな、わかっちゃいねえ。
「……今更手前の気持ちを確かめなくたってちゃんとわかってる」
「……っ、何、言って…」
ふ、と笑みを浮かべながら、俺に意地悪を言うくちびるを奪う。
ちゅ、と音をたてて口づけてやれば、臨也は慌てててのひらで拭いやがった。毎回毎回照れ隠しにご苦労なこった。
でも、そんなふうに言われちゃ、俺も思い知らせてやんねえとな。俺が、どんだけ、手前のことが好きなのか、まだわかっちゃいねえ。
「ああ、手作りっぽいよなあ」
そんな臨也の目の前で、包装紙にかけられたピンク色のリボンを解く。シュルリと簡単に解けたリボンは放り投げ、丁寧に丁寧にラッピングを解いていく。蓋をあけてみれば、整然と並べられているチョコレートの丸い、粒たち。
「なんだコレ。チョコだよな」
「…トリュフじゃないの」
「へえ」
箱の中を覗き込み、すかさず答えた臨也に表情はない。取り繕えてもいねえし、俺には傷ついてますってツラにしか見えねえ。
「捨てるの勿体ないよな…」
「…じゃあ食べれば?」
「ふうん、いいのかよ」
「……なんで俺に許可取る必要があるの」
手前、今、どんな顔してるかわかってんのかよ。どんだけ、俺を煽ってるかって自覚あんのかよ。マジで、堪んねえよな、コイツはよ。
「ほんと素直じゃねえなあ…、臨也くんよ」
「……っ、ぐ…っ!」
いろいろと堪らなくなった俺は、抱えていた臨也を勢い良くベッドの上に押し倒した。折れそうなくらいに細い臨也の身体は呆気なくシーツの上に沈んで、俺は遠慮なくその上に伸し掛る。
すると、首元には冷たい感触。お得意のナイフだ。
「………だから、ナイフじゃ殺せねえって」
シーツの中にでも隠し持ってたんかよ、とナイフが食い込むのも気にすることなく首を傾げる。こういう狡いところは、変わんねえよな。
「…………それでも」
簡単に君に組み敷かれるのは嫌だ、と、まだそんな戯言を口にする。
まあ、確かに素直すぎる臨也は気持ちワリィ。ああでも、矛盾してやがんな、俺も大概。
「そんじゃ、まあ…」
伸し掛った臨也の身体を反転させ、再び押さえつける。
掴んだ臨也のてのひらからフローリングの床に落ちたナイフは、カラカラと音を立てながら部屋の端へと滑っていく。
「食うつもりなかったけど、せっかくだし食うか、コレ」
「な、なに……?」
ぐい、と腰を引き寄せて脚を開かせたまま固定させる。下着をずらして形のよい双丘を割り、現れた蕾を親指でなぞる。
少し痩せたみたいだ、太らせなきゃな。そんな算段をしながら、第一関節まで挿入する。ツプリと簡単に俺の指を飲み込むのは昨晩の後始末をしていないせいだろう。
「ひ……、やっ」
息を詰めた臨也は、波打つように全身を引き攣らせ悲鳴を上げた。箱の中からひとつトリュフを摘み上げる。白いのはホワイトチョコでできているせいだろうか。しかし俺も無意識とはいえ、都合のいいモンを選んだよな。
「まさか…、」
「なんだよ、察しいいじゃねえか」
振り返る臨也の頬がどんどん紅潮する。ん、ん、と指先を埋めるたびに歯を食いしばるもんだから、ぐいぐいと広げて力を抜くように促す。
「変態…っ」
「ああ?こんだけヒクヒクさせといて何言ってんだ?」
トロリと奥から逆流してきたのは白い残骸。
「ああ、垂れてきたなあ…舐めていいか?」
「や、やだ……っ」
指先ではすでにチョコが溶けかかっている。このまま臨也のココに入れたらすぐにドロドロになりそうだよな。
「チョコ味、な?」
「ん、……あっ」
臨也のそこにトリュフを押し込んでやったら、ズルズルと奥へ滑り込んでいく。身をよじる臨也のケツから甘い甘い匂いが立ち込める。
「や、…ひんっ」
舌先で更に奥へ押し込みながら残液を舐めとる。チョコが混じったそれは匂い以上に甘い。
「この女、上手だよな」
チョコ、と呟けば、臨也は震える声音で最低だと吐き捨てた。
「だからちゃんと食べてやってるじゃねえか。…手前が食えっていうから」
「そうじゃ、なくて…っ、あ…、あっ…!」
ジュルジュルと音をたてて吸い上げる。綻んできたそこは、キュンキュンとうねって熱い。ぶち込んだら絶対気持ちいいに違いない。
「ん、や、だ…あっ」
臨也が弱い入口付近を、丁寧に丁寧に舌先を這わせる。視界の端、太腿が痙攣するように震え、白いチョコ混じりの体液が伝う。
「ヤキモチ焼きの手前ごと食ってやろう、って俺の心遣いじゃねえか」
素直じゃねえからなあ、と口元を緩め、くちびるについた体液を舐めた。
「く…っ、はあっ、」
大きな吐息を吐き出した臨也の身体は上下にせわしなく揺れ、散々に舐めてやった後ろも蕩けている。
「しっかり感じてんだな、手前も」
「……ああっ」
腹んとこを見れば、おっ勃ててやがる。やだやだ口では拒否るくせに、少し弄ってやればすぐに降参するくせに。
「旨かったぜ…。おかわりは?」
「…っ、いら、な…!」
「もう一個いるよなあ?」
「ん、あぁ…っ」
もちろん、臨也が半泣きになりながら逃げようとするが、首根っこを掴み、無理矢理トリュフを含ませていく。だが熱い臨也の中ではいくつ入れてもすぐに溶けて、使い物にならない。
「仕方ねえな…」
ならば別の方法で楽しむことにしようと、俺はすっかり屹立した性器を取り出し、臨也の穴に擦り付けた。
「あ、…っ、ああっ」
物欲しげなそこは俺が先っぽを擦り付けただけで、いやらしく痙攣する。
「せっかくだしな…、少しだけくれてやる」
「う…、や、…あ、あ、入って…ぇ、」
ホワイトチョコとザーメンの区別がつかない汚れたそこへ挿入し、腰を穿てば臨也は背をのけ反せた。予想通り、奥までたいした抵抗もなく進むことができる。
「ひ…、ああっ!」
鋭くも甘い嬌声を上げながら絡みつくそこから、名残惜しさを感じつつもゆっくりと戻り、引き抜いてしまう。
「な、なんで…」
眦にたっぷりと涙を溜めた臨也が、恨めしげに振り返る。そんな臨也に、心配すんな、と微笑んで。
「コレ、旨いぜ?手前も食えよ」
「……ひど、いっ」
チョコ塗れの性器を頬に擦りつけてやれば、臨也は、ひっと怯えた声を搾り出した。
俺が何を望んでいるのか、賢い臨也はすぐに察したようだった。
「こんなことして…っ、人の気持ちも知らないで…っ!」
「手前の気持ち?」
なんだよ聞いてやる、と、顎をつかめば、臨也は途端にくちびるを噛み締めた。
「肝心なところはダンマリかよ」
「うるさい…っ」
とうとうくちびるは血の気を失い、小さく戦慄き始めた。
それもこれも素直にならない臨也が悪い。食べてほしくないなら最初からそう言えばいいのに、言えないことも俺はわかっているのだ。
「だったら何をすればいいかわかってるよなあ…?」
臨也は、舐めろ、とくちびるに運んだそれではなく、俺を睨みつけてくる。
それでも、臨也の取る行動はきっとひとつだ。


うまくしゃぶれて俺を満足させられたらホワイトデーは奮発してやろうと、諦めたように差し出される臨也の赤い舌先を眺めながら、俺はまたひとつ、笑った。






END





2012.2.14 up

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