リリアントフェイツ 3






言うまでもないことだが、モデル業界は厳しい。掃いて捨てるほどいるモデルの中で栄光を勝ち取るのは並大抵のことではない。曲がりなりにも、その栄光を掴んだ彼らと仕事をすることが多い分、それは肌で感じることだ。
モデルなんて仕事は、実力でその地位を維持しているのは一握り。それも並々ならぬ努力と、あとは天武の才、という条件が必要だ。後者は、すなわち、ひとを惹き付けるだけの魅力であり、備わっているいないでは大きく違ってくるし、しかも誰もが持ち得るものではない。
この平和島静雄という男は、一見したところ、羽島幽平と兄弟というだけあって容姿は申し分ない。弟はどこか中性的な浮世離れした独特の不思議な雰囲気を纏うが、兄の彼は対極だ。18という年齢相応の幼さを残しつつも徐々に精悍な顔立ちへと変化しつつあり、体つきは細身ながらも程よく筋肉がつきバランスがとれている。そしてどちらかというと、駆け出しだけあって粗削りの野生に近い。こうして青年へと変貌を遂げつつある彼は、無意識であったとしても見るたびに違う顔を覗かせ、そういう点ではファンを惹き付けるかもしれない。
難を言えば、酷く無愛想なところ。無表情、では庇いきれない。おまけによくよくみれば、眉間にしわが寄っている。
「…こいつ、笑ったことあるのかな」
むしろ、やる気あるの。それが資料として手渡された雑誌を見た俺の率直な疑問だ。資料の写真は、彼が微笑んでいるものなどひとつもない。他のモデルとのツーショット(もちろんその女性モデルは可愛く微笑んでいる)も然別。そういうコンセプトのものばかり集めたのだろうか。
波江から、イメージを膨らませておけ、と命令されプロフィールから順に渋々目を通しているのだけれど、これは前途多難だ。イメージが浮かばないどころの騒ぎではない。波江からは根強いファンが着きつつあると聞いているが、これはみんなは上辺だけに騙されているのではないか。
…ほんと、この人、なんで人気あんだろう。
まあそれはさておき、いやいや、これはダメだ。お世辞にも褒めるところが見当たらないし、俺が手掛けたことのないタイプだから正直、困惑してしまう。
眉を潜め、前髪をかきあげれば、いくつかピンがとまったままだったので、嘆息しつつ外していく。抱えていた仕事が終わったのが、小一時間前のこと。休憩もろくに取れないままにコイツとの約束が迫っていることも不機嫌の原因となっているが、そこはそれ、仕事なんだから割り切らなければならない。
話を戻そう。
モデルとは、『見られる』仕事。裏を返せば、他人に見られたい見てほしいという、自己顕示欲がなければ成り立たない。
だが、彼はどうだ。
見るな、触るな、そんな無言の圧力すら感じる眼差し。これが売りだとしたら、きっと長く続かない。
それを見越して弟の名前を使い、売り込んできたのだろうか。
コネクションなんてものはあればあるほど有利な世界だ。使うな、とは言わない。生き残りたいなら使えばいい。だけれど、彼からはそんな感じが一切伝わってこない。彼についての印象はあくまで主観でしかないし、彼から読み取れるこの言いようもない矛盾した感じは俺の思い過ごしなのだろうか。
そこで、彼はなんのためにモデルをやっているのだろう、ふと尋ねてみたいという好奇心に駆られた。
珍しいことだ、俺が他人の、それも年端もいかない相手にそんな感情を抱くことになるなんて。


この段階では、されどその程度の興味でしかなかったのだ。



「そろそろ時間よ」
「はいはい」
ノックとともに、波江が入ってくる。手にしていた書類は揃えてテーブルの上に置いた。
波江が俺の顔をじっと見つめるので、首を傾げる。
「俺ってそんないい男?」
「貴方を男として見たことなんて一度もないわ」
予想通りの辛辣な返答にも苦笑を零すだけだ。彼女にも一度聞いてみたいよね、なんで俺の秘書してくれてるの、ってね。
「…その目の下の隈、なんとかならないの」
俺などまるで眼中にない振りをしながらも、そんなところを指摘してくるところが彼女らしい。
「無理言わないでよ」
だいたい波江が組んだ鬼スケジュールが原因でしょ、と唇を尖らせれば、歳ね、と素気なく切り捨てられた。
失礼しちゃうよね、俺まだ25だよ、とぶつくさと言いながらも、時間だからと急かす波江の後をついて仕事部屋から出た。





to be continued…?








2012.1.23 up

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