ないで、声





※シズイザ小説、臨也の声が出なくなる話
※表紙イラスト:こみや様








【俺は声帯をやられてるの?】
「ううん、声帯は正常だし、どこも悪くないよ」
新羅は包帯を手際よく片付けながら答える。その言葉に嘘偽りは見当たらない。声帯をやられていないという事実は不幸中の幸いだろうか。
【原因はなに?】
「残念ながら僕にはわからないよ。心因的なものだったら、それこそ僕は専門じゃないしね」
ここにきてひととおりの検査を受けたけれど、結果は身体機能はすべて正常、というものだった。新羅の見解はその結果から示唆されたものだろうが、提示された心因なんてものは考えにくい。
「聞くまでもないと思うけど、思い当たる節なんて君にはないでしょ?」
反吐が出るくらい性格が歪んでいる君のことだもの、と真剣な顔で言われて、一瞬ナイフを投げてやろうかと思ったくらいだ。わかっているなら最初から言うな。
「まあ、冗談はともかく」
とても冗談には思えないが、いちいち突っ込んでいたら身が持たない。仕方なく先を促してやれば、新羅は心得たとばかりにひとつ頷く。
「あとは、一種の暗示にでもかかっているのかもしれないね」
うん、それが一番しっくりくるかも、と呟く新羅に、やっぱり同じ考えに行き着いたか、と俺もまた同意せざるを得なかった。
その可能性は俺も考えていたのだ。確かに、直接的な原因は九十九屋とのやりとりで間違いはないし、悔しいけれどつかみどころのない九十九屋ならばそれくらいわけない気がしてならない。根拠は何もなく、非科学的で俄には信じがたいことだが、それ以外の原因が思いつかないのだから仕方がない。
仮に暗示にかかってしまったとして、知りたいのはそれを解く術だ。しかし、こればかりは新羅とておてあげだろう。
「暗示、となれば、解く鍵はかけた相手にしかわからないしねぇ…」
そうなのだ。九十九屋とのチャットを何度も見返してみたが、鍵になりそうなものは何も見当たらなかった。
ただ、考えてもみれば、今回はこの程度で済んでよかった、と考えるべきなのかもしれない。現に、こうして易々と声を奪われたことは、紛れも無く事実だからだ。これ以上の損失は避けたい。
九十九屋とは長い付き合いではあるが、敵に回せば末恐ろしい相手だと認めざるを得なかった。
トントン、とペンでメモ帳を小突いたところで、行き詰まった思考に活路は見いだせない。
そこで、でもさ、と割って入ってきた新羅を見上げれば、どこか面白そうに笑っている。
「あはっ、しゃべれない君なんて、君じゃないみたい」
ひとごとだと思って、とふい、と視線を反らせば、ひとごとだもの、とこれまた読心術を行使した新羅が笑みを深める。煩いよ、と筆談するでもなく唇を動かす。
「この分だと、静雄くんも心配してるんじゃない?」
トン、と首元を指先で小突かれて、眉を寄せる。包帯の下には、シズちゃんに付けられた指の跡が色濃く残っているのだ。
してないよ、と唇を尖らせる。どうして話がそっちにいくんだろう。だけれど、シズちゃんが俺の声が出ないと知って、見逃してくれたことを思い出した。
「君が来る少し前にね、静雄くんから連絡があったんだよ」
その言葉に、思わず目を丸くしてしまった。それに応えるようにして、新羅が微笑みかける。
「昨日会ったんだってね。それで、『アイツ、マジで声出ねぇのか』って」
「……!」
「滅多に連絡してこない静雄くんが、君のことをわざわざ聞いてきたんだよ?」
滅多に、とわざわざ、の部分をあからさまに強調しながら、新羅が首を傾げて。
「どうしてだろうねぇ…?」
心配なんだろうねぇ、とチラチラと意味深な視線を送られたところで、煩わしいことこの上ない。言いたいことがあるならはっきり言え、と言いたいところだが、言われても腹がたつので我慢することにする。
だいたい、シズちゃんが俺の心配なんてするはずがないだろう。見逃してくれたのも、きっと気まぐれに違いないのだから。
変な期待をさせないで欲しい。新羅の言葉ひとつでこんなにも揺らいでしまう。諦め切れなくなってしまうから。
【帰る】
「はいはい」
メモ帳に乱暴に書きなぐり、ソファから立ち上がる。これ以上ここにいても余計な失態を晒しそうだからだ。
つられて立ち上がる新羅に、見送りはいらないとばかりに治療代を押し付けた。玄関までついてくるのは、面白がっているせいだ。
「ふふ。帰ったら静雄くんが来たりしてね」
「……っ」
縁起でもないことを言うんじゃないよ、と背後の新羅を振り返って睨みつけても悔しいが効果はない。
「まあ、お大事に」
ゆっくりと締まりつつあるドアの向こう、未だ含み笑いをしているのだろう新羅は無視することにした。
もしかしたら、本当に来てくれたらいいのに、と過った願望を見抜かれてしまっていたのかもしれない。


***


「嫌がる手前の顔って、そそるよな…」
堪んねぇ、と熱っぽく囁かれ、背筋をゾクリとしたものが駆け上がった。シズちゃんの腕にしがみついて、じわりと広がる欲望から目を背ける。
そんなの、俺もだよ、悔しいけどね。
今すぐ鏡を見てきて、と突きつけてやりたい。熱に浮かされつつある表情に、俺もまた感化されてしまう。 
シズちゃん、と唇を動かしたところで、吐き出されるのは声にならない声。名前を呼べないことがこんなにももどかしいだなんて、思いもよらなかった。
声が出せない弊害がここにももうひとつ。まさか、九十九屋にはシズちゃんとの関係を知られていないと思いたいが、とにもかくにも現状最大限の嫌がらせだ。
「なんだよ」
問われて、ふるりと首を振る。すると、シズちゃんが手を止めて見下ろしてくる。
「…ここまでやっても出ねぇか」
その言葉に、ちょっと、何それ、実験でもしてたの?とムッとして見せても、そんな俺に構うことなくシズちゃんはしばらく何かを思案して。
「ふうん…」
どこか物珍しそうに、唇を親指の腹でなぞられる。相変わらず、シズちゃんの行動は突拍子もなく読めない。
やっぱり、声が出ないとヤる気出ないのかな、と逡巡したせいか、瞳を揺らがせてしまったのだろう、だけれど、目ざといシズちゃんに笑われてしまった。
「心配すんな、ちゃんとしてやる」
サラリ、と前髪をかき揚げられて、だったら早くしてよ、と唇を尖らせてみせた。余裕ある素振りで小馬鹿にしてみせる、こんなところは本当に卑怯だ。
ムカついた分、パシリ、とその手を払いのけて。催促の意味も込めて、払いのけて捕まえた右手の親指を銜え、舌先を絡めてやる。
「…ふ…、」
少し伸びている爪先が、カリッと舌先に当たるのがどこか心地よい。爪の間に先端を押し込むのは、爪先で傷つけるようなことはしないでよ、という意味も込めて、だ。
同時に、後孔に爪先が引っかかる様をありありと想像してしまって、お腹の辺りがキュンと締まる。少しくらい痛いほうが気持ちいいだなんて、大概終わってる、と思うのだけれど。
親指に丹念に唾液をまぶして、艶かしい水音をたててやるのはもちろん意図してのものだ。赤子のように吸い上げては、舐めて、自ら喉奥へと誘う。
はぁ、とひとつ吐息を紡げば、シズちゃんの視線と絡んで。肩を押さえられている左手に、力が込められる。
「エ…ロっ」
なにそれ、褒めてるの。応えるようにして、瞳を細めて、親指の先端に口付ける。
「こんなことしても感じるのかよ」
こうなれば賛辞にしか聞こえない。気が付けば俺はシズちゃんの腕を掴み、今度は人差し指へと唇を寄せていた。
「はぁ…、は…っ」
荒ぶる吐息は、呼吸を繰り返しても収まることはない。えづくほど奥まで人差し指を呑み込み、それだけでは飽き足らずに、中指も一緒に誘い込む。シズちゃんの手首に唾液が滴るのを視界の端にとどめながらもやめられない。指を嬲っているだけで、意識が蕩けそうだった。
行為を赦すのはまだしも、ここまで積極的に仕掛けたことはなかった。きっと、これは声が出ないことから生まれた代償行為だ。
「手前、無理してねぇか?」
指を銜えたまま、じっとシズちゃんを見上げる。
うん、上出来。よくわかってる。だって、君に飽きられたくないもの。
さすがだね、シズちゃん、そう褒めるつもりで唇を動かせば、シズちゃんが強引に指を引っこ抜いた。
「……?」
「……手前らしくねえな」
一丁前に不安がりやがって、と不服そうに呟くシズちゃんを見返し、それでも行為を進めるために自らインナーを脱ぎ始める。
確かに、俺らしくないかもしれないね。
シズちゃんの言うとおりだ。こんなところは妙に鋭いのだから困ってしまう。
脱ぎ去ったインナーがソファの傍へと落ちる。革張りのソファに素肌は少し居心地悪いのだけれど、すぐにどうでもよくなるのだろう。
「まあ、乗ってやってもいいけどよ」
呆れたような表情を浮かべるシズちゃんだけれど、その言葉通り、現れた俺の素肌へと視線を落とす。満更でもない態度がどこか可笑しくて。
『は・や・く』 
わかりやすいように区切りながら唇を動かせば、ますますシズちゃんは不機嫌そうになって。
「しゃべらなくても十分うぜえな、手前」
うわ酷い、と不敵な笑みを浮かべようとしたところで、中途半端に終わる。シズちゃんが胸元へと唇を寄せてきたからだ。
「……っ」
吐息が降りかかるだけで、上向く乳首は随分馴らされてしまった証拠。女でもないのに、そこに歯を立てられて、揉まれて、快楽を得てしまう。いつも、いつも。
飽きることなく啄まれて引っ張られると、唇が離れてもなお、芯を保ったままのそこは新たな刺激を欲してしまう。
「ココ、好きだもんなぁ…」
少しばかり恥ずかしくなって、ふい、と顔を背ければ、すぐに引き戻される。
「余所見すんな」
「……!」
顎を掴んだまま、空いた片手が腹部を滑り落ちていく。右手が器用にもベルトをゆるめ、ジッパーを引き下ろしていく。乳首を弄られたおかげで、軽く勃ってしまっている性器が下着の中から顔を出した。
いつもよりも強引な手つきに不服はない。熱を持て余しているのは俺だって同じで、シズちゃんのシャツを掴む。
「俺は後でいい」
俺の手を引きはがしたシズちゃんは、脱がした俺のズボンと下着をポイ、と放り投げ、ご丁寧に靴下まで脱がしてくれる。これで、肌を隠すモノは何もない。
シズちゃんは着衣に乱れがないのに、俺ばっかり狡い。唇を尖らせれば、シズちゃんが、ふはっ、と笑う。
「その顔やめろよ、キモいから」
ニヤニヤと笑いながら、シズちゃんが俺の性器に指をかける。君の顔のほうがキモいよ、と言い返す代わりに、腰を突き出した。だって、早くそこも弄ってほしい。
少し弄られただけで、クチュクチュ、と水音が溢れる。全身が火照り、下半身に熱が集まる。
「……っ、はっ」
大きな掌に包まれ扱かれるリズムに合わせて、吐息が溢れる。酸素を求める魚のように口をパクパクとさせる様は滑稽に映ることだろう。



To be continued...




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