テラ 7






補習が終わるや否や、急ぎ足で裏門を目指す。周囲をぐるりと見回したところで、目に映るのは部活にやってきたのだろう疎らな生徒たちの姿だけ。
「いねぇし…」
小さく唸り声を上げて、肩で息をした。
「迎えに来ねえとはいい度胸じゃねえか…」
だけれど、正直なところ来ない可能性も考えていなかったわけではない。
「来いっつったのにあんの野郎…!」
昨晩、思い切って打ち明けたことに後悔はない。むしろ、悶々と悩むことのほうが苦手で、面倒なのですっきりした。
だいたい、自分から誘っておきながらフラフラ他の男に触らせている臨也が悪い。俺も白黒つけることで安心材料を手に入れた、というわけだ。
だが、捻くれ臨也は、追い詰めればとにかく逃げようとする。今日来ないのもそういうことなのだろう。
「逃げやがって…」
来ないならこちらから捕まえに行くまでだ。今更逃がしてやるとでも思っているのだろうか。
どれだけ俺が本気なのかを思い知らせてやりたい。開き直ったからにはなんの憂いもない。
−ゴタゴタ抜かさず俺のモンになりゃいいんだ。そうだ、俺のだからとんなと背中にでも貼っつけてやろうか、それなら誰も近づかないに違いない。
「……!」
そのとき、漂う甘い匂いに気付き、思考を寸断された。甘さは昨日よりもずっと濃厚だ。この匂いを纏うのはたったひとりだけ。
「…誰が逃げただって?」
同時に背後からチリ、とした殺気。久々の感覚が全身を刺し、その直後右頬を何かが掠めた。
「…ってぇな」
避ける気がなかった俺の視線の先、カラン、と音をたてて地面に落ちたのはナイフ。転がるナイフを一瞥し、踏み付けた。
「詫びにしては物騒じゃねえかよ、…臨也」
頬の傷をぬぐいとり、ゆっくりと振り向くと、果たして膨れっ面の臨也が立っていた。片手にはナイフをまだ持っていて、いつでも投擲もしくは迎撃できるように構えている。
「遅刻じゃねえか」
ナイフでは威嚇にもなりゃしねえのに。それに、そんな表情では威嚇には程遠い。取り繕えないほどに狼狽しているのが見え見えだ。
「知らないよ、そんなの」
俺が来たのはね、と何やら言い訳を始めようとするのを遮るように臨也のほうへと歩みよれば、臨也は一瞬だけ肩を揺らして、そしてナイフを構えたまま一歩後退した。だけれど、それ以上は唇を引き結んで動かない。
未だ警戒を解かない臨也に遠慮なく並ぶと、その手を引いた。
「いくぞ」
「…ちょっと、シズちゃん、まさかのスルー?」
臨也は訝しげな表情を浮かべながらも、慌てているのか、耳たぶが少し赤い。
「ねえ、離してよっ」
「迎えに来れたじゃねえか。偉い偉い」
「…って、そういうことじゃなくてさあ…っ」
それ以上は聞く耳を持たず、ぐいぐいと手を引く。文句を言いつつ渋々ながら従う臨也は、多分、こちらの出方を見計らっているつもりなのだろう。だけれど、もうそんなことはどうでもいい。
臨也の顔を見たら、それだけで。
これが俺のモンなんだと実感すればそれだけで。
俺の前に姿を現した意味を絶対わかってねえよな、こいつ、そう思いながらも、甘い蜜のような匂いに引き寄せられる。
−たまんねえな…。
人気のない路地に差し掛かかったところで足を止めた俺が振り返ると、臨也は息が上がっていた。黙ったままの俺にあれこれ懲りずに問い掛けていたせいだ。
「シズ、ちゃ…?」
薄暗い路地で、紅い双眸がどこか不安げに揺れる。
臨也はこんなにも細くはかない存在だっただろうか。改めて見下ろしながら、思う。
いつも勝ち気で人をおとしめるようなことばかりして、それでもそんな臨也を好きだと気付いた。
誰にも取られたくない、と思ってしまった。
「あーうぜえ」
「……っ」
駄目だ、我慢できねぇ。
吐き捨てると同時に、臨也を抱き寄せた。予期せぬ事態にヒクリと揺れる肩と、シャツが少しめくれてしまっている細腰に腕を回す。
当然、突然抱きしめられたことに臨也はひどく驚いている。
だけれど、逃げようとはしない。
さっき派手にたんかを切ったせいだろうか。どのみち、離すつもりなんてないけれど。
「臨也」
そっと口にした名前を掻き消すように頭上をゴウ、と唸るのは飛行機だろうか。その後、忘れていたかのように蝉が鳴き始めた。
「逃がさねえからな」
今度は掻き消されないように耳元で宣言する。暑さと、後は柄にもなく緊張しているせいか、じっとりと触れている部分に汗が滲む。
臨也が俺の肩先をやわやわと掴む。路地裏の陰のおかげで幾分かは涼しいものの、じんわりと汗とともに滲み渡る体温。
それでもおとなしく腕の中に収まる臨也は覚悟を決めたのだろうか。
「逃がさないって、…どうするつもり、なの」
「なにが」
「俺を、捕まえて、さ…」
こんなふうに、と居心地悪そうに臨也が身をよじる。
「食う」
「え」
それが俺の率直な答えだった。
まさかのカニバリズム出た、頭おかしいの、とかなんとか言いながらもがき始めた臨也に、意地悪く笑みを浮かべる。だって、そんなに甘い匂いをさせているのが悪い。
「…逃げないんだろ?」
「え、…あっ、な…!?」
揚げ足を取り、汗ばむうなじに噛み付く。
とりあえずは、牽制を兼ねてのマーキングからだ。
「や、だ…、シズちゃっ」
何度か歯をたてたところで、痛いやめて、と臨也が今にも泣きそうな声を上げる。
汗が混じった肌すら甘い。どうなってんだ、こいつの身体。
とにかく、捕まえたからには、骨の髄まで俺のモンだ。
「言われた通り来たってことは、それなりの覚悟をしてきたんだろ…?」
「……っ」
ぺろり、と肌を舐めてやれば、臨也が息を呑んだのが伝わる。
「まあ、逃がしてやる気なんてねぇけど」
始めたのは手前だろ、と背中をひとつ摩ってやれば、面白いくらいに身をすくませやがった。
「つうか、来なかったらどうなるかなんてわかってたんだろうが」
手前のことだからよお、と半ば脅迫めいた声音で言ってやれば、臨也が弱々しいため息を落とす。
ようやく観念したか、と俺も肩の力を抜いたところで臨也が掠れた声で呟いた。
「もし、さ」
「あ?」
「君のことを騙して遊んでたんだって言ったら…、シズちゃん、」
俺のこと、手放す気だったの、と。確かに臨也は言った。
ああ、浮気だって自覚あんのか。そう思って見下ろせば、臨也はうなじを真っ赤にして俯いていた。
「ばーか」
「……っ」
ぺちり、と頬を軽く叩けば、涙目の臨也の視線とぶつかる。叩く前からすでに顔面が赤い。
「だから俺のモンになれっつったろ」
「…!そんな簡単な」
「そうしたら余計な心配しなくていいだろうが」俺も安心だしよ、と唇を近づける。触れ合う吐息を楽しみながら、笑む。
「いいな」
「…っ、あ…、う…」
最後はごり押しだ。珍しく臨也の奴は唇を震わせたまま硬直していた。


それでも臨也は確かに頷いたから、俺はそのときばかりはきっと情けない面をしていたに違いなかった。





next…?






一歩前進、みたいな感じで。


2011.12.7 up



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