時に、愛と云ふものは(及影)






「飛雄、ちゃん」

この人に名前を呼ばれると、じわ、と頭の奥に痺れが走る。
声と顔だけは無駄にいいのだ、この人は。

「起きたの?」
「……はい」

起き上がる。腰はだるいし喉は痛いが、身体はべたついていない。この人が後始末してくれたのだろう。

「はい、お水」
「ん」

飲む。喉を流れる水の冷たさが心地いい。
ふと視線を感じたので、見る。
目の前にいる彼は、ぎらぎらとした獣の目で、こちらを見ていた。

「なんですか」
「……飛雄ちゃんの喉って、えっろい」
「は?」
「水飲む度に、こう…なんていうかな、喉仏が上下して、…えろい」
「…ちょっと何言ってるかよくわからないです」
「ん、俺しかわからないでいいんだよ」

そう言うとにこりと笑う、この人の内面はいつまで経っても理解できそうにない。

「お腹減ったなぁ…何か、食べたいものある?」
「………カレー」
「いつもそれだ」
「好きだから」
「……知ってる」

まあ、材料はあるからいいんだけどさ、と俺に言っているのか、もしくは独り言なのか判別し難いボリュームで呟いたあと、手を差し伸べられる。

「たまには一緒に、作らない?」
「俺、料理苦手ですけど」
「構わないよ」
「………じゃあ、」








コトリコトリ、と鍋が煮立つ音。香ばしいスパイスの香り。
ああ、いい香りだ、と心の中で呟く。

「……なんかさ、俺たち恋人みたいだね」
「そうですね」
「たまにしかない休日を一緒に過ごして、一緒に料理作って、セックスして、なんなんだろ、この関係」
「恋人みたいですね」
「うん」

恋人、『みたい』なのだ。本当に。
恋人ではないのに、恋人みたいなことをしているのだ。
恋人みたいなことをしているけど、そこにはきっと愛情は無くて、でもただ単に性欲処理という関係でもなくて、……一体なんなのだろう。

「…ちゃん……飛雄ちゃん?」

鍋の音と、及川さんの声で現実に引き戻される。

「温玉、のせるでしょ?」
「あっ、はい」

なんだか、この人と一緒にいるとすごく居心地がよくて、気を遣わなくていいというか、かゆいところに手が届くというか、……知り尽くされているというか、……それぞれが、それぞれの身体の一部になっている、みたいな……。

「おいしいね」
「……はい」
「はは、飛雄ちゃんが切ったにんじん、でっかい」
「すみません」

この人が笑うと胸の奥が焼けたように熱くなる。
飛雄ちゃん、と、それは決して嬉しい呼び方ではないのに、いつまでもその呼び方が頭の中に響いている。
変な………変な感じだ。



なんなんだろ、これ。

















――――――――――――――――
うっ…片思いくさいぜ…
なんだか珍しくピュア及ですね

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