指揮者と伴奏者(カヲシン/Q風味)
・ややQのネタバレ有
「渚くん」
「なんだい、碇くん」
「ピアノ、弾こうよ」
「ああ」
鍵盤に指を走らす。
二人で奏でる旋律。
美しい音色。
この廃れたネルフの中で、たった一人で弾いていたときでは、出せなかった音だ。
流れる音。
過ぎる時間。
転調。
「渚、くん」
「なんだい、碇くん」
「愉しいね」
「ああ」
そうなのだ。愉しいという言葉が、まさにしっくりとくる。
碇くんと過ごした時間は、まるで永久とでもいうように僕の中の全てを占め、そしてまるで一瞬とでもいうように、あっという間に過ぎた。
いけない。
もう、終わってしまう。
この愉しい時間が、終わってしまう。
「碇くん」
「何?」
「多分、好きなんだ」
「何が?」
「君のことが」
「うん、僕もだよ」
「違うよ、そうじゃないんだ」
碇くんの、僕より一回り小さな手を、握り締める。僕より小さいけど、温かい、きれいな手だ。
「なんていうんだ、この気持ち」
碇くん、と口に出すたびに、じくり。と胸の奥がうずいた。
それは、痛いような、むず痒いような、もやもやして、でもとても心地良い、不思議な感覚だった。
(ファーストも、こんな感覚だったのかな)
そうだとしたら、この感情は、間違いなく、恋、というものだ。
これが、恋。
胸を焦がすこの感覚が、恋。
「どういう気持ち?」
「なんというか、恋という言葉でしか表せないような、そんな気持ち」
「そんな、まさか。僕、男だよ」
「おかしいことだと思うかい」
「わからない」
静寂。
一拍間が空く。
「でも、」
碇くんが口を開く。
「今触れてる、渚くんの冷たい手は、やじゃ、ないよ」
「……それは、嬉しいよ」
「……渚くんは僕を理解してくれたから。誰よりも、僕の支えになってくれたから。渚くんのおかげで、僕は、ようやく人間の温かさを思い出せた気がするよ」
「良かった」
「……渚くん、ありがとう」
「……」
ハッとする。
少し頬を染めた碇くんの言ったその言葉。
「……ありがとう、だなんて、初めて言われたよ」
とくん、とくん、と心拍数が上昇するのを感じる。
ああ、そうだ。
やっぱり、この気持ちは。
「僕は、君と出逢うために生まれたんだね」
「そんな、大袈裟だよ」
「そんなことないよ、僕は本当に、そう思う」
「そうなのかな、だとしたら、嬉しいな」
恋だ。
どうしようもなく恋だ。
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