例えるなら、甘い珈琲みたいな味。(月田)




「田中さん」

まるでビターチョコレートみたいな、甘くて、そしてどこか影のある声で名前を呼ばれ、振り向く。
夕日が反射して、誰だかわからない。
数歩近づく。背が高い。そして、どこか聞いたことがある声。

「……月島か」
「はい」

感情を読み取りづらい顔。
いつも不機嫌そうな顔をして、見かけるたびにため息をついていて、俺はこういうタイプの男は、正直苦手だ。

「……何の用だよ」
「何でしょう、ただ、田中さんの姿が見えたから」
「お前って帰り道こっちだったか?」
「さあ、どうでしょうね」

こいつの内心は全く読めない。
やっぱり、どうも好けない。

「……」
「……」

お互いに、しばらく無言で歩く。
すると、沈黙に耐えかねたのか、それともそれが本題だったのか、月島が口を開いた。

「僕のことが嫌いですか」
「なんだよ急に」
「嫌い、ですか?」
「……好きではないな」
「はっきり言いますね」

思った通り、とでも言うような態度で、月島が笑う。
本当に訳のわからない奴だ。なんだっけ、あれ、そうだ、ミステリアス、ってやつだ。

「……何考えてるかわかんねぇから、苦手、かな」
「よく言われます。いつも怒ってるみたい、って」
「……見た目はいいのに、もったいないよなぁ。損してると思うぜ」
「それもよく言われます」
「素直だな」

自分に素直なのが取り柄なので、とため息まじりに自嘲する、俺の横を歩く男を見る。通った鼻筋、天然だろうか、栗色の髪の毛、薄い唇。やっぱり美青年だな、と思う。

「……田中さん、僕のこと嫌い、って言いましたけど」
「苦手ってだけだ」
「僕は好きですよ」
「…………はい?」

聞こえなかったんですか、と月島が呆れたように言う。

「好きです」
「今日は4月1日じゃないぞ」
「知ってますとも。田中さん、好きです」
「三回も言うな」
「三回も言わせないでください」

そう言う月島の目はとても真剣で、嘘を言って俺をからかっているようには思えなかった。
やっぱりわけがわからない。
俺は男でこいつも男で、大して話したこともなく、部活が同じってだけの接点しかなくてーー

「自分でもなぜかわからないけど、好きなんです、田中さん」
「…………」
「……急にすみません」
「いや、別に……」

ーーなんで俺、嫌な気持ちしないんだろ。
普通、男に告白されたら、気持ち悪いって、思うはずなのに。
どうしちまったんだ、俺。

「…………すみません」
「……」
「……」
「あ、月島……ここ、家だから」

沈黙も、もう限界だ、というところで、家に着く。いいタイミングなのか、悪いタイミングなのか。

「……返事、無理にしなくてもいいので。ただ、言いたかっただけだったから」
「…………ん、わかっ、た」
「ありがとうございます。田中さん、これ、僕のアドレスなんで、良かったらメールください」

紙を渡される。随分用意周到だなぁ、と思ったら、暗くなった視界、唇に違和感。

「っ、おまっ…!」
「……僕、ガンガン攻めるタイプだから、そこのところよろしくお願いします」

初めてのキスが、まさか男相手になるなんて。

「何回フラれても、絶対諦めないので。じゃあ、また明日」

今来た道を、小走りで帰る月島。やっぱり、逆方向なんじゃねぇか。
へたり、と座り込む。

「……なんなんだよ…もー…」

顔が熱い。月島に触れられた唇も、どこもかしこも熱い。
月島からもらった紙を握り締める。

「……『良かったらメールください』、か…」

どくん。心臓が大きく鳴った、気がした。






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