5、ガラスの靴を持つ灰娘:シンデレラ
【フィリエド】
「フィリップ、少し時間をもらえるか?」
そう言って、エドガーに連れ出されたのは、つい先程。
「急にどうしたんです?」
「いやなに、おまえとゆっくり語らいたいと思っただけさ」
そして今、俺は、噴水通りの北のバーに来ている。
日の長いライオコット島も、すっかり暗くなり、街並みが昼間とは様相を変えはじめる頃。仮にも未成年者が、よりにもよって酒屋に行く、という行為は、あまり褒められたものではないだろう。だが、サッカープレイヤーとしても、一人の人間としても慕わしく思っているエドガーに誘われて、それを断れるほど、俺は老熟していなかった。そもそも、明日には本国に帰国し、当分の間会うこともできないとなれば、誘いを断るという選択肢など端からないに等しいのだが。
さて、俺の言い訳めいた思巡など毛ほども知らぬエドガーは、てきとうな席を見つけると、俺がこういった類の店に不慣れなのを見越してか、サッサと二人分の注文をすませるたまもなく、老紳士然とした店の主人が、二つのショートグラスを取り出す。
シェーカーから注がれた液体は、仄暗い室内に映える山吹色。 口に含むと、舌に絡みつくように甘ったるく、だが、僅かに爽やかに香った。
料理人志望の者としてはずばりその名を言い当てたいところだが、生憎にも度忘れしてしまった。どうしても思い出せず、考え込んでいると、それまでカクテルの味や香りを楽しんでいたエドガーが、俺の思考を遮るように口を開いた。
「フィリップ、私はね、昨日こんなものをつけてみたんだよ」
そういって、ゆったりと顔の右半分を覆っていた前髪を掻きあげた彼の白皙の美貌に、きらりとなにかが光る。形の良い右の耳朶につけられたそれは、うっすらと青みがかったガラスのピアスだった。
「それ、ワンイヤーピアスではないですよね?」
片耳だけにつけるにしては、小振りで質素なそれ。俺の問いにエドガーは、よく気付いたと言わんばかりに、口元に綺麗な弧を描く。
「もう一方は、ここに“落として”いこうと思う」
そう言って、左耳につけられるべき片方のピアスを俺の前にコロリと置く。
「ガラスの靴でなくても、王子様は迎えに来てくれるだろう?」
いたずらが成功した子どものようなはにかみに、思わず惚ける。なんだってこの人はこんなに可愛いんだ!
「ええ、もちろん。たとえ地球の裏側にいたって会いに行きますとも」
我ながら歯の浮くような台詞をよくも素面で言ったものだと、感心していると、店の壁掛け時計が、重々しい音で、今日の終わりを告げた。もうこんな時間か。グラスの残りを一気にあおって席を立つ。
「さあ、もう帰りましょう。魔法の解ける時間だ」
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宿舎への帰り道、不意にさっきのカクテルの名前を思い出した。闇を照らす希望のような明るい黄色に、乙女が見る夢のような甘さ。
「『シンデレラ』か…」
俺が呟くと、隣を歩くエドガーは、やっと分かったか、と言わんばかりに鷹揚に笑った。