28

ずっと隠れていると、次第に、雨が降り出してきた。先程まで晴天だったのに。天気というものは、本当によく変わる。ふと視界に、身を縮める橘さんが目に入る。



「――…寒いのか?」



急に話しかける為、吃驚させないように優しく問いかけた。橘さんは苦笑しつつも「恥ずかしながら」と照れくさそうに言った。夏とはいえど、雨が降ったら肌寒いのは当たり前だ。冬だったら学ランをかけてあげられるのだが、夏は学ランを着ない為かけられるものがない。でも、橘さんに風邪をひかせるわけにはいかない。



「ごめん」
「え、わっ……!」



俺は橘さんを自分の腕の中に入れる。………謝ったぞ。俺はちゃんと謝ったぞ。「ちょ、」と何かを言いかける橘さんの言葉を遮り、「本当にごめん。でも、こっちの方が暖かいと思って」と言う。俺は、今一体何をしてるんだ……。歳が同じくらいであろう女の子を抱きしめてしまうなんて。バレないように橘さんの顔を見ると、橘さんはもの凄く顔を赤くしていた。俺まで照れてしまう。……それにしても、橘さんの体は少し冷えていた。余程寒かったんだろうな……。



「――なーにをイチャイチャしておるのだ」



凄く聞き覚えのある声が突然聞こえ、俺は思わず吃驚してしまった。橘さんも吃驚したらしく、俺と一緒に、バッ、と第三者を見た。



「む? タキかと思ったら違う娘か」



その第三者とは、ブサイクな猫の姿をしているニャンコ先生。ニャンコ先生は橘さんに視線を向けて少し驚いた声をあげる。見た目は普通の猫が喋っていることに、橘さんは「え」と声を漏らして驚いているようだ。びしょぬれのニャンコ先生は、ブルブルと体を震わせて水滴を飛ばす。だが、水滴がこちらに飛んでくる。俺は「お、おいニャンコ先生! 水滴がこっちまで飛んでるぞ!」と文句を言いつつ、水滴が橘さんになるべくかからないように腕で防ぐ。



「その娘、噂の橘伊織だな。まあ私は一度も会ったことが無いがな」
「橘さんの事を知っているのか?」
「知ってるも何も、江戸時代に生きていた妖の中ではアイドルのような存在だったぞ」



橘さんがアイドル……? 「そんなに有名なのか」と橘さんに視線を向けると、彼女はいまだにニャンコ先生に視線を向けている。



「まあ、ある意味、だがな。橘は何もできないくせに妖は見える。故に、橘を食べようとする者がほとんどだったのだ」
「おい、その言い方は橘さんに失礼だろ!」
「フン、本当のことだ。ま、誰に教わったのか知らんが、竹刀で戦っていたらしいが」
「……橘さん、本当なのか?」



刺激しないように、壊れ物を扱うように、俺は橘さんに聞く。橘さんは「うん」と小さく頷いた。しかし、「でも、私一人で妖を相手にしてたわけじゃないの。本当は、二人の友達もいたんだけど」と言う。悲しげな表情をする橘さん。”二人の友達”とは人間なのだろうか。それとも、妖なのだろうか。疑問に思っていると、「その”二人の友達”っていうのは、妖なんだけどね」と付け足して苦笑する橘さん。そうか、妖なのか……。なんだか橘さんの顔がつらそうな表情をしていた為、咄嗟に話題を変える。



「そういえばニャンコ先生、この辺に妖が居なかったか?」
「ああ、居たぞ。だが、私が追っ払ってやったわ」



自慢げに話すニャンコ先生。良かった、あの妖はもう居ないのか。



「で、夏目。橘を藤原家に居候させるつもりであろう?」
「えっ、なんで分かったんだ……!?」
「まあ、橘は本当なら死んだ者だからな。この時代に来てしまったのなら、同じような立場の夏目が引き取らねばなるまい」



……本当、ニャンコ先生は頭が良いのか悪いのか分からない。思わずため息をつくと、ニャンコ先生に「何か文句があるのか?」と聞かれた。俺は慌てて「ま、まさか」と否定する。ニャンコ先生は俺を疑っていたが、気を取り直して橘さんへと顔を向ける。



「橘伊織、」
「は、はいっ」
「藤原家に居候するなら、夏目の手伝いをしてもらうぞ」



ニヤリ、と妖しげに笑うニャンコ先生。そんなニャンコ先生を見た橘さんの顔は青ざめていた。全く、このニャンコは……!


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