26

俺、夏目貴志は今、変な妖から逃げている。
おかめの仮面をした黒い妖だ。鎌を持っているから、戦えない俺は反攻することができず、逃げることしか出来ない。もうずっと走っているせいか、俺と妖との距離はどんどん縮められていく。せめて、先生がいれば。眉間に皺を寄せてそう思った時、



「逃げてください!」



女の子の声が横から聞こえた。吃驚して振り返ってみると、竹刀を構えた着物姿の女の子が妖と向き合っていた。「ッ危険だ! 君が危ない!」と思わず叫ぶ。けど、その女の子は俺の言葉に何も答えず、妖を睨んでいた。



「……アァ、橘伊織……、生きていたのカ……」



妖の言葉に、俺は思わず反応した。
「橘伊織」、その名前は、最近よく耳にする名前だった。橘伊織は、江戸時代に生きた女の子だと聞いた。まさか、この時代にいるはずがない。「復讐カ?」と聞く妖に、女の子は「今度は絶対に負けない」と、そう言いながら、竹刀を握る手に力を込める女の子。でも、その女の子の足は少し震えている。……歳もそう変わらなさそうな女の子だ、きっと恐いのだろう。俺はその女の子をどうしても傷つけさせたくなくて、手首を掴んだ。



「えっ!?」



女の子は目を丸くして驚いていたけれど、俺はそれを無視して女の子を連れて走った。



「ちょ、ちょっと……!?」
「ごめん! 今は、俺と一緒に逃げてくれ!」



当然のことだけど、逃げれば後ろから妖が追いかけてくる。多分、多分だけど、俺がこの女の子を連れて逃げる理由は、”傷つけたくない”だけじゃないんだと思う。何処か、女の子に助けてもらう男の自分が不甲斐無くて逃げ出したい気持ちもあったんだ。走る中、女の子が「あ、あの、」と俺に声をかけてきた。俺は「何だ?」と聞く。



「此処はどこですか? 京の都では、無いですよね……?」
「……どういうことだ? 君は、知っていて此処に来たんじゃないのか?」
「それが、その、気付いたら此処にいたんです。……それに、私は……」



女の子の声が曇った気がした。どうしたのだろう。何かあったのだろうか。俺は、チラッ、と女の子の顔を見た。……悲しそうな、辛そうな顔をしている。「どうかしたのか?」と、なるべく優しく聞くと、自信がなさそうに、



「私、実は、死んでるんです、多分」



そう言った。……死んでいる……? この子は今、俺の目の前で確かに生きているのに?



「確かに、死んだと思うんです。あの妖に、お腹を刺されて……」



”あの妖”とは、恐らく今追ってきているおかめの面をした妖のことだろう。なるほど、だからあの妖は「生きていたのか」と言っていたのか。でも、女の子は足もあるし、幽霊っていうわけでもなさそうだ。……まずは、安全な所に逃げよう。話はそれからだ。
女の子を安心させるように、繋いでいる手をぎゅっと優しく握りしめた。この女の子を、何としてでも助けなくてはいけない。何故か、そう思った。


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