おかえりなさい | ナノ
濡れぬ先の傘 - Forewarned is forearmed -

店長に今日は休むということを伝え忘れ、店長からかかってきた電話に出て謝りながら伝えた。
優しい店長は私の慌てっぷりに笑いながらも了承してくれて、無事に仕事を休めることになった。
ホッとし、スマホを机の上に置いて時計を見ると、まだ午前の9時。
とりあえずピアーズの生活用品を揃えなければいけない。
あ、でも手持ちのお金は一万円も無いし、ピアーズには一緒に銀行に行ってもらって、それから買い物をしよう。



「今から生活に必要な物買いに行こう。まずは銀行に行かなきゃいけないけど」



そう言い、スマホをピアーズに見せる。
ピアーズはすぐに読み終えて、コクンと頷いた。
じゃあ早速、と私が立ち上がるとピアーズも立ち上がる。
此処から一番近いショッピングセンターでも車じゃなきゃ時間が掛かるな……。
そう考え、私は玄関の壁にかけていある車の鍵を手に取り、靴を履く。
よし、財布も持ったし車の鍵も持った。



「行ってきます」



私もピアーズも出かけるから家には誰もいなくなるのだけれど、それでもそう言った。
ピアーズは私の言葉を聞いて不思議そうな顔をしたけど、笑って誤魔化した。




 ***




銀行に行き、車で走ること三十分くらいで、無事ショッピングセンターに着いた。
降りようとした際に私のバッグをピアーズに取られ、中身をゴソゴソと漁られてスマホを取り出された。
そのことに驚いて唖然としていると、ピアーズは私のスマホをいじり、スマホに向かって何か言う。
無言でスマホ画面を見せられ見てみると、「安心できる運転でした」と書かれていた。
翻訳アプリを使ったのか、と思うのと同時に、ピアーズの言葉に嬉しくなる。



「ありがとう」



日本語で伝えてしまったけれど、お礼を言う。
ピアーズは私の言いたいことが伝わったのか、「どういたしまして」と言わんばかりに笑みを浮かべた。
それから二人並んでショッピングセンターに入り、まずは衣服を買うべく服屋へと行った。
……のは良いのだけれど、流石に下着まで一緒に見るわけにはいかない。



「あの、すみません、」



私は近くの男性店員さんに声をかける。
「はい?」と返事をしながらにこやかに笑みを浮かべて振り返る男性店員さんにホッとする。
三十代くらいの眼鏡をかけた優しそうな人だ。



「英語話せる店員さんいませんか?」
「あ、私話せますよ。どうかされましたか?」
「彼、アメリカから来たばかりで日本語が話せないんです。下着も買わなきゃいけないんですけど、流石にそれは一緒に見れないので……」



私の説明を聞き、男性店員さんは「成程、そうでしたか」と納得してくれた。
そして、「分かりました。任せてください」と優しい笑顔で言ってくれる。
そのことに「有難う御座います!」と頭を下げると、「いえいえ」と両手を横に振った。優しい。



「この人が服のこと教えてくれるから、この人に頼ってね。店の外で待ってるから、買う時に声かけて」



翻訳アプリを開き、スマホに向かってそう言ってピアーズに見せる。
ピアーズは読み終わると私をジッと見て、何か言いたそうにしながらも縦に頷いた。
言いたそうにしていたことは後で聞こう、と今はスルーし、男性店員さんに「じゃあ、お願いします」と軽く頭を下げて店を出た。
店を出た先には調度座れるベンチがあり、誰も座っていない為、一息つきながら座る。
何もすることがなく、ただショッピングセンターの道をゆく人を眺めていると、平日なのもあって大人ばかりなことに気づいた。
赤ちゃんを抱っこしている主婦、既に社会人であろうカップル、御老人。
私とピアーズも傍から見ればカップルに見えるだろうか、と考えるとついついニヤけてしまい、口元を手で隠す。



「…………」



ふと、そこで疑問に思ったことがある。
ピアーズはバイオ6で亡くなり、亡くなったピアーズは私達の世界に来た。
つまり、ピアーズはこれからずっとこの世界で生活することになるのかもしれない。
この世界での経歴は無いし、働くのは難しいかもしれないな……。
働けない場合は私が彼を養うしかないけど……、ピアーズに彼女が出来て結婚することになったら……。
その場合はその相手に養ってもらうしかないけど、ピアーズのこと駄目人間だって誤解しないか心配だな……。



「おねーちゃん、おしわよってる」



いきなり目の前から声が聞こえ、驚きながらも俯かせていた顔を上げると、そこにはまだ幼い女の子が居た。
”おしわ”という言葉に、私老けてる!?、と「えっ」と声をあげながら頬に両手を当てる。
しかし、女の子は笑って「ちがうよ、ここ」と言って眉間を指さす。……ああ、そういうこと。



「どーかしたの?」
「あ、ううん、なんでもないよ」



女の子の言葉に、私は笑顔を作って誤魔化す。
そういえば、この子の親はどこにいるんだろう……。
辺りを見渡しても女の子の親らしき人はどこにもおらず、いるのは道を歩いている人か店の中の店員さんのみ。



「お母さんかお父さん、一緒じゃないの?」
「うん。きょうはね、ひとりでおつかいなの。ジュースかってきて、ってたのまれたの」
「そっか。あ、でも知らない人についていったり知らない人に話しかけちゃ駄目だよ? 大変なことになっちゃうからね」



女の子の為に、念の為そう注意しておく。
しかし、女の子は不思議そうな顔をしながら首を傾げた。



「じゃあ、おねーちゃんにはなしかけるのもダメだった?」
「んー…、そうだね。私が悪いお姉ちゃんだったら誘拐しちゃってたかも」



意地悪っぽく笑うと、女の子は「えーっ!?」と大きな声をあげた。
そして、「じゃあおねーちゃんにゆーかいされないように、にげなきゃーっ」と楽しそうに走り出した。
いきなりの出来事に驚くが、すぐに笑って「外に出たら車とか自転車に気をつけるんだよー?」と声をかける。
少し離れた女の子は、私を振り返らずに「はーいっ」と言って行ってしまった。
まるで母親のようだ、と苦笑しながらも、私は遠くなっていく女の子の背中を眺めた。

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