01何の変哲もない日の昼下がりである筈だった。
「キャプテン!!」
船内の自身の部屋でまったりと昼寝してたところに騒々しく騒ぐ船員が扉を叩く音で目が覚めた。一体何だというのか。覚醒しきらない頭でそうぼんやりと考えながら寝返りを打った。
「同業の船に目ぇ付けられまして、今にも喧嘩を吹っ掛けて来そうです!!」
「あぁん??」
そこまで船員が叫んだところでゆるゆると起き上がる。
「んもー、なんやのんなぁ。そんくらいてめぇらでどうにかせんかい。せっかく気持ち良ぉ寝とったんに。」
不満げにそう言い返すと、ベッドで伸びて欠伸を一つ。ブーツを履いて立ち上がると椅子に放り投げてあったコートを引っつかみ、ストールを巻いて、船室から出る。甲板をぐるりと見回す。知らない顔は見当たらない。どうやらまだ乗り込まれちゃいないようだ。船員が無言で渡してくる傘をさして、自分の船に比べて遥かにでかいそれを見上げた。
「てめぇら船乗っ取られんといてやぁ。んなことなったら承知せんからなぁ。」
緊迫感のあまりない声でそう言うと、甲板を蹴ってばかでかい船に飛び乗った。相手さんの船の縁に立てば今にも飛び出さんばかりの下っ端らしき奴ら。さしてた傘を瞬時に閉じ軽く振り回し5、6人ばかりかのしてやる。ちょろいか、いや、でもえらい大所帯やと思った矢先、身の危険を感じ横に跳躍する。慌てて振り返って見た先には
「火拳のエース…??」
この業界に身を置くものならだれもが知っているであろう、あまりにも有名なその顔に呆然とすれば、
「当たり前だろい。この船をなんだと思ってんだよい。」
と、火拳とは反対方向、ようするに背後から声がして独り言に答えた。声の主を見れば、これまた間違うはずもない、不死鳥のマルコ。あたりを見回すとその他にも有名な顔がずらり。
「あらー。」
口から出るのはマヌケな声。どうやら乗り込んだのは彼の有名なモビーディック号だったらしい。
今更気づいても、時、既に遅し。
Жそれは俺が「暇だ。」と喚いた矢先だった。随分と長いこと平和な航海が続き、俺だけでなく何人もが退屈を持て余し、ぐだぐだしていた時に、見張りが近くに船の存在を告げた。久々に戦闘かと沸く船。接近してさぁ乗り込むかと思った矢先に予想外にも向こうから突っ込んできた奇妙な格好の奴がひとり。そいつは俺同様に今にも飛び出さんとしてた皆を、さしていた漆黒の傘であっさりと薙ぎ倒した。
夏島近くにも関わらず腕がすっぽり隠れるほど長い袖の暑苦しい、そして存在感のある真っ白なロングコートに自分の身の丈以上有りそうな黒い薄っぺらい布を巻いて、ショートカットの綺麗な金髪をなびかせていた。そいつが視界に入った瞬間、一瞬。立ち尽くしてその姿を凝視してしまった。一瞬その姿が昔出会ったある子に重なる気がしたのだ。
だが、それも一瞬。そんな訳はないと頭を振る。誰だか分からないが、この船で好き勝手させる訳にはいかないと、攻撃しようかと思った瞬間にそいつは俺から飛びのく。そいつはこっちを振り返ってぽかん、とした。前髪と眼帯に隠れて目が見えないので俺を見たかどうかは確かではないが。それからその後ろ待ち構えていたマルコにも気付いたように振り返る。
「あらー。」
緊張した空間に似合わない間の抜けた声がした。そいつは敵わないと諦めたのか苦笑いしてあっさり捕まって、おやじの前にほうり出された。
「グララ、そいつか、喧嘩売ってきた鼻たれは。」
金髪野郎はぐるぐる巻きにされて、おやじの前で胡座をかき座る。
「いやいや、お宅が喧嘩吹っかけて来たっちゅーてクルーが言いおったから応戦しようか思たんですよ大将。」
にやりと不敵に笑うおやじにそいつはやけに冷静に、そして独特の訛りのある口調で答える。
「ってかぶっちゃけこの船モビーディックやて気付かんかって、応戦しよ思たんがあかんかった。ほんま申し訳ないです。後生や、見逃してんか大将ぉぉぉぉ。」
依然として髪で隠れて目は見えなかったが声の感じ的に恐らく半泣きなんだろうなぁ、といった感じで、おやじの前で情けなくグダグダ抜かして、胡座のまま頭を下げる。仮にも船長であるらしい奴が軽々しく頭を下げるべきじゃないだろうと思うが何を言うでなく成り行きを見守る。
「何、取って食いやしねぇよ。お前名前は??」
そんなあまりにもヘタレな様子を見せるそいつにおやじは面白いものを見るような顔をして尋ねる。
「いや、もうほんまに、名乗る程のもんやあらへんので。」
と、おやじに尋ねられたにも関わらず首を振った。
「いいじゃねぇか名前くらい。」
「ほんま、ただのそこいらの小物やさかい気にせんで構へんて。」
その後も一向に名乗らずフルフルと首を横に振り続けるそいつとのループする会話におやじが痺れを切らす。
「…………俺は、名乗れっつってんだろこんのあほんだらぁ!!」
勢いよく立ち上がり槍を甲板に力一杯突く。船と周りの海と空気が覇気で揺れ、震えた。金髪野郎の頭からビビったからか、突如ウサギの耳が生えた。傘しか使ってなかったから気が付かなかったが獣系の能力者のようだ。その耳に生える白い毛は盛大に逆立っている。
「………う、ウサギや。」
毛が逆立ったままの長い耳を揺らして、ぽつりと答えが聞こえた。
「世間の皆さんには"舞剣の盲目ウサギ"って言われてますわ。まぁ、ほんま大したことないさかい、大将はご存知ないやろけど。」
口元はへらへらと笑ったままで。「ふぅん、」とおやじが座り直すと、俺らの耳に何か音が聞こえた。
「こいつ予想以上に小物って訳じゃあないみてえだな。」
横にいたサッチが横で笑みを見せながら言った。また、音がする。
「そこいらの並大抵の奴だったら今ので気絶してるだろうからな。………ましてや突然口笛吹いたりしねぇ。」
そう返した俺。そう、音は、口笛、それもお世辞にも上手と言えないような訳のわからない旋律。
「何してんだよい??あいつ…」
口笛なんて、とマルコが訝しげな顔をする。
「ふぅん、盲目ウサギねぇ、おもしれぇ。お前、俺の息子になれ。」
おやじはそんなこと気にせずにやりと笑いかける。周りの隊長格は「あぁ、やっぱりな。」と思い眺める中、
「いやぁ、せっかくのお誘いやけど申し訳ない、」
そう言うと急にへなへななよなよしていたあいつの雰囲気が引き締まった。
「断らしてもろてええやろか。」
そして続けてそう言った。おやじは目をしばたかせる。なんせこのご時世だ、白ひげの誘いを断ったのは俺の知る限りこいつが初めてだった。
「…なんでって顔してはりますなぁ。皆さん。」
くっくっと笑うウサギはスッと立ち上がる。それと同時に落ちる、ウサギを捕らえてたロープ。
「なっ…」
「こないなもんで捕まる訳あらへんやろ。捕まえたかったら海楼石の1つでも持って来いっちゅうの。」
突然雰囲気を豹変させ、何かたくらむような笑みをしたかと思えば不意におやじに向けて跳んだ。
「な、てめ、」
慌ててウサギを抑えにかかろうとして駆け出した時、
「―――――――――。」
おやじの耳元で何か、ウサギが囁くそぶりをしたのが見えた。そしてそれ以外には何をするでもなくおやじの足元に着地すると、
「目立ちとぉないんや。堪忍してんか大将。」
と言って飛び掛からんとしている俺の方に徐に振り向くと、こっちに向かって何かを投げつけた。
それが俺にぶつかって
着火したのが2秒後、
着火から爆発までに5秒、
また口笛が聞こえた1秒後、
白煙弾が爆発した2秒後、
計10秒後、
モビーディックは煙に包まれた。
「船出せえ野郎共ー!!」
全て仕組まれたと気付いた時にはもう、奴の船は走り出していた。
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