槿花一日。






03




日もすっかり落ちたけれども甲板はやけに明るい。「無茶苦茶だ。」純粋にそう思った。無茶苦茶なのは船の大きさだけにしてほしかった。船の上でキャンプファイヤーとかどうなっているのか。そのでかい甲板の片隅で一人チビチビと酒を飲みながら周りを見渡す。


「いやー、ものごっつ人数やなぁ。流石白ひげっちゅうとこか。」


あの後、モビーに自分たちが乗ってきた船『ウサギ丸』を牽引して貰う用意したり荷物を移動させたりなんだりしてる内にモビーディックに似た一回り小さな船が3つも4つも現れたから驚きだ。そこから人が沸くわ沸くわ。1600人は伊達じゃない。


「おー、飲んでるかウサギちゃん。」

「飲んでるでぇ、リーゼントの旦那。ほらほら可愛らしいお顔がほんのり桜色。」


そんな所にジョッキを掲げながらやってきたリーゼントの旦那に、人差し指で頬を指してエヘッなんて感じで斜め45度を決めれば、


「ぶっ、自分で可愛らしいとか言いやがった。」

「えー可愛らしいやん。なんか異存ありますぅ??」


旦那に噴き出された口元を押さえて肩を震わせる彼を見てぶーたれる。まぁ、確信犯で笑われようとしてやったのだが。


「あーはいはい、可愛い可愛い。」

「心が篭ってへんわリーゼントの旦那ぁ。」


一応と言わんばかりにテキトーに言われた言葉にけたけたと冗談めかして返す。すると、旦那が何か思うところがあるように、少し困ったような顔をして顎を掻いた。それから、


「そのさ、リーゼントの旦那は止してくれよ。な!!」


と、ニカッと笑う。予想の範疇ではあるがやはり人懐こい人のようだ。等と思いながら首を傾げた。


「ん、呼び方気に食わんかリーゼントの旦那。」


そう返すと、「あー、」とうなるように彼は言う。


「だってよぉ、エースとかマルコは火拳ー、とか不死鳥ー、とかだけど俺はリーゼントだぜ??なんだよリーゼント!!カッコイイのか悪いのか分からねぇ!!」


ジョッキの中身がこぼれそうなくらいのオーバーなアクションでそう言って最後にはビシィッとこっちを指差して、大まじめにそう語る旦那。


「……って違う違う。」

「ちゃうんかいな。」


その癖直ぐさま否定するから思わずつっこむ。うん、と頷いて彼は咳払いを一つすると、少し真面目に話始めた。


「ウサギちゃん、この船に乗ったからには俺ら皆家族な訳よ。つーこたぁ、俺兄貴、ウサギちゃん妹。OK??」

「はぁ、」


決して真面目な堅苦しい話にならないのは長所か否か。同意を求められたからとりあえず、と言った風に生返事を返す。


「妹に旦那ぁとか言われたくないんだよ!!分かるか!!分かるだろ!!妹には可愛く"おにーちゃん"とか言われたいんだ!!」

「で??」


いきなり熱く語り出した旦那に、多少の面倒さを感じつつ、結論を急かすように聞く。


「だから、旦那は止めろ!!サッチでいい。いや、出来たらサッチおにー「いや、それは嫌やわ。」

「ガーンっ」

「それは自分で言う効果音とちゃうやろ、サッチ。」


くっくっと苦笑しながら今度は手も付けてつっこめば、サッチはバッとこっちを振り返って


「おにーちゃんは嬉しいぞぉぉ!!」


と両手を広げてこっちに飛び付こうとしてきたから慌てて避けようとするも、


「なぁにいきなりセクハラしてんだよい、サッチ。」


無用の心配だったようで、不意に現れた不死鳥の旦那にアッパーを喰らってサッチがひっくり返った。


「うぉう、いきなり現れんといてぇな不死鳥の旦那。」

「マルコでいいよい。それと、こいつと一緒に居たらセクハラされるから近づくなよい。」


急に現れた不死ちょ…いや、マルコに驚きつつもあっさりそう言われ、目をぱちくりさせる。マルコは倒れ伏すサッチを一瞥してからこっちを向くと、おやじの方を指差して言う。


「それよりもおやじが呼んでるよい。」

「マジか。なんやろ。」


首を傾げながら歩き出したマルコについて、足をだす。


「行ってみりゃ分かるよい。おら、サッチも来るんだよい。」


顎を押さえて呻いてたサッチを足蹴にしながらマルコはおやじの方へ進む。今の今までほっぽらかしとった癖にいきなりなんやねん。なんて思いながらおやじのとこへ向かえばずらりと隊長さん方が集結済みだった。


「グラララ、来たか。」

「そら呼ばれたら来ますやん。」

「それもそうか。」


豪快に笑うおやじは、特大の瓢箪を傾け酒を煽る。隊長さん方の視線がやけに刺さって居心地が悪い。仕方なしに軽口を叩くようにへらりと笑う。


「それで??なんですのん。」

「あぁ、お前の配属と……」


そこまで言うとおやじは言葉を切って海を振り向いた。隊長さん方も同じく、自分も同じく、暗くなっていた海の上を見やる。


「ったく、こんな時にやって来るたぁ、空気の読めない奴らだ。」


そう言った目線の先には軍艦が一隻。隊長の面々の雰囲気を察してか周りも戦闘準備を始める。


「沈めるかよい、おやじ。」


その中でも真っ先にそう言って船べりに向かったマルコ。


「そうだな、見ねぇ顔出し何より向こうさんがやたらやる気だしなぁ。」


その背中に向けておやじはそう言ってニヤリと笑う。


「だが、行くのはマルコじゃねぇ。」


そう付け足して、酒をまた一口煽る。飲み過ぎじゃないだろうかと思いつつおやじを見上げると彼はこっちに振り返った。目があった。


「行ってこい、キト。」


それからポンと、優しく背中を船べりの方へ押された。完全に不意打ちだったのでキョトンとして見上げれば、


「あれくれぇなんてこたぁないだろう??」

「…まぁ、せやなぁ。」


戸惑い、「いやいや、つっこみたいんはそこちゃうで大将。」なんて言いたいところを我慢する。後頭部を何気なく掻きながら船縁に立つと相手方の船を見た。白ひげに喧嘩を売りに来た船にしては随分と、何と言うか瞬殺されるの前提できたのか何なのか、といった雰囲気だった。


「大将も中将も乗ってへんやん。ちょろいわ、あんなもん。」


これくらいなら、確かに何と言うことはない。ククっと笑うと、月明かりの暗い海に向かって跳んだ。



Ж




まだ、そこまで船が近付いた訳でもないのに、躊躇なく船縁を蹴った金髪が靡く。


「誰か来たぞ!!撃てぇ!!」


海軍の怒声が響き、軍艦の上で鉄砲を構えたであろうことが辛うじて見えた。けれど銃口の先に居るそいつはニィと口元に笑みを浮かべたまま、海の上、何もない空中でもう一度跳ねた。


「おいおい、あれ海軍の技じゃねえか。」


サッチが横で目を白黒させる。勿論他の奴らにも海軍にも動揺が走る。その間に簡単に軍艦に着地すると、あいつが腰に挿した刀を抜いたのが見えた。波打つような奇怪な形をした漆黒の刃が闇夜にも関わらずやけに光って見えた。


「あいつ能力者の癖に刀まで使うのか。」

「知らないのか、有名じゃないか。」


イゾウとビスタがそう言った声が聞こえた。話題になっているそいつは海軍の銃口の先、ゆらりと海軍を振り返ると、ふわりと軽やかに跳んで攻撃を躱して、くるくると回るように次々に周りの奴らを切りつけていく。適当に回っているようで、的確に銃を持ったやつの腕、肉弾戦で来そうなやつの足を狙って。伸びたと思ったら次の瞬間にはしゃがんで、もの凄く奇怪な動きに見えた。何と言うか、戦っている、というより、

まるで周りを気にせずに舞うように。


「"舞剣"か、良く言ったもんだ。」

「ブケン??」


ビスタが言った言葉に振り返ると、ビスタは顎で海軍の船の方を指した。


「あぁ、まるで舞ってるみたいだろ??」


そう言ってビスタは楽しそうに笑った。


「そうだな、」


軍艦に視線を戻せば、銃を構えていた連中は既に戦意を無くしているようで、軍艦の責任者であろう、1人が立ちはだかっているだけだった。



Ж




「貴様、何故この船に乗っている。」

「んー??偶然ちゃうかー??」


下っ端海兵共の戦意は既に失われたようで、一人もかかってくる気配は無くなった。そして唯一戦闘の意思を示すは、目の前の一人となった。白ひげに所属しているのは当然まだ知られていないので、当然の如く疑問、いや尋問をされる。あざ笑うかのように茶化せば、彼は隠すことなく舌打ちをした。


「ちっ、まぁいい。貴様の首もついでに頂くとしよう。名を名乗れ!!」


そう言ってこちらを指差す。何故モビーディックに乗っていたのかと問われたからてっきりこっちのことを知っているのかと思い海軍は熱心だな、と思ったのだがそうではないらしい。ただ単に知らない顔が居た、という程度か。不勉強なのか、興味を持たれていないのか。なんにせよ顔が売れていないならいいのだが、ここで暴れて顔が広まったらどうしようか。


「ハハッ、海軍の癖して海賊の名前も知らんのか、なんちゅう奴や。無知で不様に今からにやられる雑魚やな。」


とりあえずこいつは頭に血が上ったら自滅してくれるタイプと踏んで、挑発をする。ここで手を抜いて雑魚を演じるものありかと思ったが、さっき見栄を張ってしまったので恰好がつかない。


「うるさい!!貴様のような小物には興味なぞないわ!!」


興味を持っていないのなら好都合。今すぐに本部に連絡する、させることはないだろう。まんまと挑発に乗って吠える奴を見て、にやりと笑う。流石に負けたら連絡するだろうが、それまでに連絡が行きそうもないなら、ちょっとした賭けになるが船を沈めてしまおう。多少なりとも白ひげに手の内を明かして馴染む気があるようにふるまうべきだし、丁度いいだろう。


「小物やって??ゆうてくれるやないか。」


そう心に決めると、剣をしまい、コキリと首の関節を鳴らして嘲笑する。


「ええわ、名乗ったるから覚えとけ。お前の目の前におって、今からお前をぶちのめすんはな、


盲目ウサギのキト様や。」


名乗った直後むず痒いものを感じた。名乗りを上げるなんていつぶりだったろうか。忘れてしまうくらい前であるのは間違いない。


「誰がぶちのめされると??貴様こそ覚えとけ、私は中尉の――」


目の前の中尉だかなんだか分からんがそいつは挑発が案の定効果覿面だったようで、わなわなと震えながら名乗ろうとしていたが、名前を聞く気にもならず彼が言い切る前にさっさと攻撃を仕掛けにかかった。


「ちっ、人の話の腰を折りやがって。マナーもなってないな賊が。思い知るがいいイヌイヌの実バージョンハイエナの力を!!食いちぎられて喚くがいい!!」


随分と口が良く回る奴だ。また大げさに舌打ちをした中尉は、小手試しのオーバーアクションの攻撃を余裕を持って避けると自慢げに宣言して獣型に姿を変える。そうほいほい手の内宣言してこいつ良くここまで昇進出来たよな。と内心小馬鹿にする。


「ウサギが肉食獣に勝てる訳がなかろう!!」


そう言って、飛び掛かってくるそいつが酷く滑稽に見えた。


「ククク、」


思わず本気で笑ってしまう。


「何が可笑しいウサギ!!」


怒り声をあげなから今にも右腕に食いつこうとするそいつの頭を右半身を下げて躱す。奴の牙が空中で空振った瞬間前方の左半身に体重を移動させるとラリアットの様に右腕で薙ぎ払った。キャインと情けない声が上げて中尉はゴロゴロ転がって行った。


「せやなぁ、普通のウサギならハイエナに食いちぎられてまうかもなぁ。」


コツン、と足音を業と立てて一歩踏み出す。思わず人型に戻ってしまったらしい中尉が片膝をついたままこっちを睨みつける。それから血の混じった唾を吐いた。今ので口内が切れたようだ。


「でも残念やなぁ、不運やったわ、あんた。」


もう一歩踏み出す、同時に頭からウサギの耳が生える。先ほど中尉を薙ぎ払った右腕を擡げると、長いコートの袖から白い毛に覆われた、黒い鋭い爪の生えた手が見えていた。


「うちは肉食ウサギや。」

「な、んだと…!!」


にやりと笑うと中尉は警戒しながら、疑問の声を上げ後ずさる。もう戦闘意思はあまりなさそうだ。


「もうええわ、あんた寝ときぃ。つまらんわ。」


そういうと力一杯踏み込むと一気に間合いを詰めに掛かれば奴はびびって逃げようと後ずさるようにもがいた。だがその逃走は叶わず、爪で引き裂くついでに柱にたたき付ければ、今度は声もなく崩れ落ちた。


「ふん、うちにすら勝てん新入りの三下が意気がるんちゃうわ。」


そう言い捨てると、船尾まで歩いて行く。それから獣型に姿を変える。ずんぐりとした兎の姿は人よりも遥かに大きい。耳まで合わせたら白ひげよりも大きかろうかという巨体に、海兵が息を飲む音がした。ミシミシと船が軋む音もする。重量のバランスが崩れつつあるのだろう。そんな状態にも憚らず、その場でで思いっきり跳びはねた。


ズン、


1回、船首が60度位持ち上がる。振り落とされる海兵達の阿鼻叫喚が聞こえる。もう一度跳び上がる。


ズン、


今度は90度。更にもう一度、


ズン、


ミシミシと嫌な音を立てながら遂に90度を越えた船はそのままひっくり返りにかかる。人型に戻ると柱やらなんやらを足場にひっくり返る船の上空へ逃げる。幸い他に月歩を使える人間はいないようだ。


「ほな、さいなら。」


そう言って軍艦を振り返り手を振る。ザブゥゥゥンと盛大な波を立て、ひっくり返った船を尻目に空を蹴りモビーディック号へと戻る。船縁に難なく着地すると、おやじの大きな笑い声が響く。


「グラララ、てめぇちっとばかしやり過ぎじゃあねぇのか。」


笑い声の方を見上げるとそう言われた。やり過ぎと言いつつそれを咎める気はないようだ。


「そーか??」


流石の白ひげを前にしてもちょっとばかり派手にやり過ぎただろうか、と、内心反省しつつ、へらへら笑いながら頬を掻いた。


「普通制圧はしてもひっくり返しはしねぇよい。」


おやじの横で若干呆れたような顔をしたマルコが言った。


「そーか??」


けたけた笑えば、うちの元クルー達は「カッコイイっすキャプテーン!!」なんて騒いでいた。


「グラララ、まぁいい。よくやった、キト。」

「キト、キトってそれうちの名前かいな。」


先ほども聞いた耳慣れない固有名詞らしき単語が引っかかり、ガバガバと酒を煽るおやじにそう聞けば、


「あぁ、不服か??」

「いーや、えぇ名前や思うで??」


顔を見合わせて笑った。それから、渡される特大の盃と、注がれる酒。おやじは上機嫌。


「おーし、元ウサギ海賊団の乗船を祝して乾杯だぁぁぁ!!」


テンションハイで、そう叫ぶサッチ。


「いやいや、さっきしたやん!!」

「いーじゃねぇか、何回でもすれば!!」


夜空に乾杯の音頭が響き渡った。



>>NEXT


―――――


あれ、配属先の件についてまで
書き切りたかったのに
書けなかったまま終わっちまったよ!!←





Mail
お名前


メッセージ