槿花一日。






13



おやつ時の食堂にて。


「もうすぐ島に着くってよ。」

「へー、そうなん。」


航海士に島が近いことを教わり、ちょっとテンションが上がってたんだがキトの素っ気ない返事のせいで一瞬で下がった。


「何だよ楽しみじゃねぇのかよ。」


若干不貞腐れつつテーブルに頬杖をつく。


「そう言われてもなぁ。」


炭酸いりの安っぽい色の瓶入りのジュースをわざわざストローで吸いながらキトは言う。


「冒険楽しいだろ!!」

「冒険て。」


歯切れの悪い答えしか返ってこないので、どうにか肯定させようと追い打ちを打つが軽く馬鹿にするかのように笑われた。


「そんなはしゃげる歳ちゃうしなー。」

「おい、おばはん臭ぇぞ。」

「じゃかあしいわ。」


ちょっとムッとしたように、といっても口がちょっと尖ったってくらいだが、年寄り扱いされたことが気に食わなかったらしいキトがストローを噛み潰した。そしてストローを噛んだまま顔を上げる。


「大体、冒険したくて海におるんちゃうんやし。」


そのまま「前にも言うたやろ??」と付け足した。プラプラと口の動きに合わせてストローが揺れた。


「自由のため、だっけか。」

「せや。泳げへん癖に陸の上じゃ生きられへんのや。難儀やろ??」


と、いつもと変わらない風に笑うキトが何処か違うように見えた。そう、なんと言うか、馬鹿にしたような笑み何だけど俺じゃなくて自分に対してというか、


「生きれないってまた大げさな。」


と言えば、キトは大きく息を吐いて、ストローを瓶に差し直した。


「生きてるって何や思う??」

「は??」


両手で頬杖をついて、ニヤリとキトが笑う。妙な笑みではなくなっていた。


「生きてるって死んでないってことじゃねぇの。」


背もたれに凭れて足を組みながら答える。質問の意図が分からず眉間にシワがよる。


「まぁ、せやねぇ。」


頬杖を右手だけに代えて首をかしげながらキトが何となく肯定する。


「違うのか??」

「間違っちゃおらん思うで。」


まるで別の答えがあるかのような言い方に俺も首を傾げる。


「けどな、生命として存在しとるだけなんってほんまに生きとるんやろかとも思う。」


ややこしい言い回しで「わかんねぇよ。」と投げ出したくなってきたが今は投げ出しちゃいけねぇ気がする。黙って続きを待った。


「生きとっても、自分のやりたいようにやれんかったら、自分の言いたいこと言えんかったら、それは生きてへんのやないかて。」


その言葉にふと、昔盃をかわした兄弟の一人の顔が過った。


「でも、それを通した結果……、死んじまったら、やっぱりそれも生きてねぇじゃねえか。」


ぽつりとそんな言葉が漏れて思わず俯いた。


「んー、難しいな。」


そう言ってキトはうっすら目を開く。顔から笑みも消え、真面目な顔をする。その顔に何だか違和感を感じた。何に違和感を感じるのかわからないけど。


「けど、うちやったらやりたいことやって早死にする方選ぶかな。やりたないことやって長生きしても、」


違和感の正体を知るべくキトをガン見するも、続けて言葉を紡ぐうち、また妙な笑いを浮かべやがるから、反射的に腰を浮かせてキトの頭を掴んだ。


「な、何やの。」

「わかんねぇ。」


急に頭を掴まれて流石に驚いたらしいキトが目を見開いたかと思えばまた髪に隠れて目が見えなくなった。違和感が消える。見慣れない目のせいだったのだろうか。


「ちょ、旦那??」


戸惑ったように声をかけられて、キトの頭を掴みっぱなしだったことを思い出した。


「……勝手に居なくなるんじゃねぇぞ。」

「へ??」


何で頭を掴みたくなったのか。


「お前勝手にフラッと居なくなりそうなんだよ。」


一人で勝手に決めて勝手に死んでしまいそうに感じたのだ。それが何だか嫌だった。


「…………。」


ポカンとして俺を見上げるキト。微妙に開いた間が気恥ずかしくなってきて、頭を掴んでいた手で髪をぐしゃぐしゃにするように撫でた。


「まぁ、それを決めるのもお前の自由だって言われちまったらそれまでだけどな、一応お前、家族なんだし??一言くらい相談するって選択肢もあったらいいなってくらいだけどな。」


掻き回すだけ掻き回すと、そう言って手を離して椅子に座り直した。もしかしなくても俺今、すごく恥ずかしいことを言ったんじゃないだろうか。


「せやねぇ。まぁ、前向きに検討しとくわ。」


何だか決まりの悪くなった俺に、キトはくしゃくしゃになった髪を撫で付けながら笑った。


「お前、素直に肯定するってこと出来ねぇのか。」

「それも前向きに検討させて貰うわ。」

「おいこらてめぇ。」


顔をしかめるとキトはケラケラと笑い飛ばした。



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