槿花一日。






12





「火拳!!」


旦那の腕から繰り出される炎の軌道を読んで、そこから逃れた敵を切って捨てる。何度か共同戦線を張る内に、これが一番効率が良いと気がついた。


「はいはい、兄ちゃんらおとなしゅうしてくれん??」


なんとか反撃の機会を窺う3人に炎の陰から声をかける。こっちに気付いていなかったらしい男達はぎょっとして慌てて攻撃をしかけるべく、各々の武器を振り上げる。


「もー、諦め悪いなぁ自分ら。」


降り下ろされる剣を弾き落として、相手側に一歩踏み込むと目のラインを真一文字に切り裂くような線を描く。実際切りつけるのは鼻の頭のみなのだがすれすれを通る刃にビビった相手を蹴りつけるくらい容易い。ついでにそのまま右横のやつも切りつける。その弾みでくるりとその場でターンをして、素早く軸足を変えて残りの奴目掛けて跳び、ビビった相手を飛び越えて素早く振り返りぶったぎって終わり。
倒れ付した相手に一瞥もくれてやることなく振り返れば、戦闘可能な敵方の人間はもういないようであった。


「なんだ、もう終わりか。」


振り返った先に居た旦那は不満そうに首を鳴らして敵の頭を踏みつけていた。


「なんだって言うこたねぇだろ隊長。」


チラリと辺りを見回すとこちら側に負傷者もないらしい。暴れたりないらしい旦那の周りに他の隊員が何の気なしに集まってケラケラ笑い出した。


「まぁ、確かにこの規模の制圧だったらもう少しかかってたよなぁ。」

「だろ??もうちょっと暴れられると踏んで突入したのによぉ。」


誰かがそう言うとぶすっとした顔であからさまに不貞腐れる旦那。それを皆が茶化し出す。


「まぁええやん、早よ片付くんに越したこたないわ。」


その輪に混ざりに行くと、旦那がこっちを指差してあれだよあれ、と何かを思い出そうとしているように腕を組んで首を傾げた。


「あれだ、ふらすとれいしょんが溜まるんだっての。」


思い出せたと誇らしげに怪しいイントネーションでそう告げてきた旦那に、


「フラストレーションな。案外難しい言葉知っとるやん旦那。」


と、感心するように返すとまた不満そうな顔をした。


「お前さぁ、」

「何や??」


ため息混じりに言われたのでキョトンと首を傾げるとガッと頭を捕まれた。


「最近俺のこと馬鹿だと思ってるだろ。」


俺は馬鹿じゃない。と付け足す旦那に思わず吹き出してしまう。更に不満そうな顔を旦那がする。笑いが吹き出した口を手で押さえて、


「あら、旦那お勉強出来るん??」


とプルプル震えながら問えば、


「るっせぇよ!!」


と怒鳴り返された。ドッと周りが沸く。自分も勿論笑うが、笑いの最中後ろの方から気配を感じた。


「因みになぁ、旦那。」

「あ??」


一人笑いを収め、口には笑みを浮かべたまま話しかける。機嫌の悪そうな声が返ってきた。


「最近制圧早いってのはな、」


そこまで言うと頭を掴む手を振り払い一歩下がると後方に向け飛び上がった。飛び上がった一瞬後に、銃声がして、旦那の頬付近の炎が散った。倒した筈の連中の一人が復活していたのだ。飛び上がった自分は、そのままくるりと宙返りすると、微かに残った力で銃をぶっぱなしたらしい男の背中に力を籠めて着地した。一瞬のうめき声を上げて男は再び落ちた。


「今まで効率悪かったんやと思うで??」


落ちたのを確認して顔を上げながらそう言えば、


「おめぇ戦闘の時効率とか考えてんのか。」


と、他のやつらみんなキョトンとしていた。


「そらそうやろ。圧倒的に強いならともかく、うちんとこは寄せ集めやったさかい。効率考えんとうちが殲滅する前に甚大な被害出てまうからな。圧倒的に強かったとしても効率良く倒せば体力温存にもなるしな。」


ケラケラと笑いながら再び輪に戻ると、誰かが、


「キトに勝つのはあきらめた方がいいんじゃねぇか??エース。」


と言い、皆が笑った。また旦那の眉間にシワが寄った。



Ж




「名前が無いっつーのは本当だったらしいよい。」

「そうか、まぁいいじゃねぇか嘘ついたって訳じゃなかったんだからよぉ。」


看護師達の制止も聞かずおやじがまた瓢箪を担げた。


「まぁ、そうなんだけどねい。」


極秘で行われた調査結果の資料に再び目を落とした。


「やっぱり不審なところが多すぎるだろい。」


手配書にも名前が載っていないどころか、海賊として世間に現れるまでの一切が不明。スラムや貧民街出身なら分からないでもない。しかし、奴は読み書きが出来るどころか、事務処理全般を難なく熟すどころか処理が早い。つまりある一定以上の教育を受けているのだ。教育を受けられる環境に住んでいたなら、その痕跡が何一つないのは異常だ。まるでもみ消したかのようで。


「まぁ、悪い奴じゃねぇだろう。」

「万一海軍や何かのスパイか何かだったらどうすんだよい。」


悪い奴では無いのは分かる。しかし馬鹿を装った賢いやつはどうにも怪しい。それにも関わらず楽観しているおやじにため息をつきながら言い返すと、おやじは笑う。

 
「大丈夫だと思う。俺の勘がそう言ってる。」


それからまた一口酒を煽り、スッと瓢箪を膝に置いた時、顔から笑みが消えた。


「まぁ、万一おめぇの嫌な予感が当たったら俺が責任持って潰すまでよ。」


その顔をただ見ていた俺に、おやじはすぐ顔を緩めた。


「疑るより信じる方が難しいんだから、先に信じてやろうじゃねぇか。」

「……ったくおやじには敵わねぇよい。」














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