槿花一日。






11




「そういや、キト。」

「なんやぁ、おやじ。」


不意におやじに声をかけられた昼下がり。甲板の定位置に座るおやじが手招きするから近寄る。


「おめぇ、あの船どうする。」

「あぁー。」


あの船、ここに厄介になるまで乗ってた自分の船だ。今は完全に引っ越しが済み、殆どもぬけの殻となって本船に牽引されている。


「どないしょうか。言うてもううちのクルーは皆引っ越してもたからなぁ。売っ払うもよし、改装するもよし、おやじに任すわぁ。」


少し考えた後、そんなことを言ったら、おやじはぐいっと杯を傾けてから、


「いいのか??てめぇの船だろうが。」


と、返してきた。とは言え、残して置いても仕方ないのではないかと思うのだけれども。


「んまー、せやけど。置いとっても邪魔やないの。」

「おめぇが置いときてぇってなら知り合いのドックで管理しといて貰うまでだ。そうやすやすと自分の船手放すもんじゃねぇだろ。取って置いてやる。」


そう言って満足げに笑顔を見せるおやじ。


「………なんや、聞いといて結局おやじが決めるんやないの。」


やれやれと言わんばかりに息をつくと、


「グラララ。俺が誰だと思ってやがる。」

「ハッ。天下の四皇、白ひげの大将やろ??」


何て言って笑いあう。なんでか落ち着くのだからこの人は凄いと思う。


「おやじ、かぁ。」


親とはこうあるべき何だろうか、と不意に頭を過ぎりぽつりと呟いた。


「あん??なんだ??」


独り言のつもりが聞こえてしまったらしく、おやじが疑問符を浮かべた。


「いや、父親おったらおやじみたいなんかねぇって思ただけや。」


へらりとした笑顔を絶やさず、軽い感じで言う。と、突然頭の上に彼の大きな手が下りてきて、わしゃわしゃと頭を撫でられた。


「何言ってやがる。今おめぇの親は俺だろうが、馬鹿娘が。」

「ハハッせやな。忘れとったわ。」


その妙に心地のいい手にいつものように笑いながら、顔は苦笑いをしていた。本当にこの人の娘なら良かったのに、と。




Ж





「うちのー、秘蔵のおっ酒ちゃーん。」


おやじとの会話の後、ぐだぐだしたり飯食ったりしている内に夜中になってしまったのだが隠していた酒を覚えている内に回収しなければと、自分の船に移ってきた。少し埃っぽいかと思いきや案外綺麗な船内に、誰か掃除してくれるマメな人間が居たのだろうかと感謝しながら勝手知ったる船内を進み、自分の部屋に入り込めば小さな窓から月の光が差し込んで綺麗なんだかものさみしいのか、据え置きの家具以外がなくなった部屋に妙な感じがした。


「とりあえず明かりをっと。」


部屋の明かりを点けて、据え置きの棚に向かうと奥の板を探り隠し扉の鍵穴を探しだし、鍵を開ける。中から酒瓶を数点取り出して同じく据え置きの机に並べる。そして最後に瓶が割れないように隠し棚の奥に入れていた布を引っ張り出すとどうしようかとそのぼろ布を眺めた後、不要かと判断し、引きちぎって窓から捨ててしまった。


「なんだ、おめぇかよい。」

「おっひょい!?」


窓を閉めると同時に背後でしたマルコの声に我ながらすっとんきょうな声をあげながら振り替える。


「なんだい、『おっひょい』ってのは。」

「不意討ち、ダメ、絶対!!」


眠そうな目で部屋の扉付近に佇むマルコに毛を逆立てながら言う。


「夜に誰も居ないはずの船に明かりが点いてりゃ警戒さて近づくに決まってるだろい。」

「せやけどな!?気配隠しとらんかったし!!分かるやん!!」

「おめぇびびりだからねぃ。」

「こんのドSパインが!!」


言うまでもないがいい打撃音がしたことだけお伝えしておこう。たんこぶ出来た。絶対だ。ドS、じゃなかった、マルコはちらりと机の上に並んだ酒瓶を見るとニヤリといやな笑みを浮かべた。


「こりゃあ明日、いや今日からの晩酌が楽しみだねい。」

「やらんからな!!絶対やらんからな!!」


「キシャー!!」と良くあるといってもいいであろう威嚇をしたが、マルコは面白がってケラケラ笑って去っていった。ほんまにあの南国フルーツいつかぎゃふんと言わせたい。


「何か言ったかい??」

「いいや何も!!」


思った途端に現れた彼に向かって大きく首を振った。こいつ絶対読心術持ってやがる確実に。




Ж





ふと思い出してしまったのだ。あの、キトの半獣化した腕を見て。


「あー、クソッ!!」


寝転がっていたベッドを思いっきり殴り付けた。


「んなはずねぇだろ。」


彼女も能力を使ったときあんな腕をしていた気がする。とは言えそんなまじまじと見た訳ではないし、何年か前の話で完全にうろ覚えなんだが。でも彼女が俺の目の前に立った時のことはしっかり覚えている。綺麗な金髪も、俺のことを射抜いた赤い目も、お世辞にも立派とは言えない格好だったにも関わらず感じさせられた凛とした佇まいを。


「だから、」


いくら似ていたってキトは彼女ではないのだ。いや、似てなんかいない。あいつは彼女よりへにゃへにゃしてるし、彼女よりビビりだし、彼女は刀なんて使わない。


「だから比べんなよ俺。」


何だか情けなくなって手で顔を覆った。





















































記憶の美化は時に恐ろしく、か。









>>NEXT






Mail
お名前


メッセージ