槿花一日。






08


「だぁぁぁぁ!!やってられっかこの野郎!!」


ガッターンと派手に椅子を跳ね飛ばして火拳の旦那が叫んだ。


「頑張ってぇな旦那。そればっかしは手伝われへん。」


腐れパ…じゃなくてマルコの部屋から出て作業すること3時間経過。残るは縄張り見回りの報告書だけなのだが、


「もういいからお前テキトーにでっちあげろよ!!もう嫌だ!!こんな字ばっかちまちま書くのは俺の性に合わねんだよ!!」


羽ペンを放り投げ髪をグシャグシャに掻きむしりながら旦那はそう叫ぶ。


「いやー、そうはゆぅてもやで??ぶっちゃけ残りの書類は9割9分やったげたやん。」


旦那のベッドに腰掛けて、頬杖ついてやれやれ、と言えば、旦那は言葉に詰まったようで、苦虫を潰したような顔をして渋々椅子を直して座りペンを握り直した。


「はぁー、」

「はいはい、そんなため息ついたらあかんでー。他の書類出して来るさかい、頑張ってな。」


深々とため息をつく旦那にそう声をかけると、紙の束を持って部屋から出た。「おー。」とやる気の無い返事が後ろから聞こえた。

後ろ手に扉を閉め、マルコの部屋に向かうべく足を運び出す。火拳の旦那にはダメだと言ったはずのため息が小さく漏れた。幸い近くに人はおらず、誰にも聞かれはしなかったが。


「ほんま参ったで………、」


ボソッと一人呟き、頭を掻きむしると、頭を振ってまた歩き出した。



Ж




「ブハァァァァァァア。」


キトが出て行ったのを確認してから、思いっきり息を吐きながら机に突っ伏した。言っちゃ何だが途中から急に空気が気まずくなった。沈黙が続いた訳でも無く、会話は普通に続いていたのだが、何処か気まずかった。


「何なんだ??」


書類の上に頭を乗っけたまま扉の方を見た。作業も順調で良かったのに、一瞬、あいつの雰囲気がおかしかった気がした。何と言うか、やばくて冷や汗が出るようなそんな肝が冷えたような空気が溢れて、引っ込んだ。その一緒の違和感が居心地の悪さを生み出したようで。
確か、インクが切れて机を開けた瞬間だったと思い、引き出しを開けて見た。


「…………まさか、な。」


そこに納められたモノを見て、首を横に振る。有り得ない。それから引き出しを閉めた。



Ж




「マルコー!!」

「あぁ、キトかい。書類の出来はどうだい??」


勢い良くマルコの部屋の扉を開ければ、マルコが眼鏡をかけて何だか書類を眺めていた。


「上々や。ほれ、出来た分持って来たで。」


机に腰掛ける彼に近寄り紙の束を差し出す。


「そこに置いといてくれよい。」

「はいはーい。」


こっちを振り返ることなく、机の端を指すマルコ。指示通りに書類を置き、マルコに視線をやると彼は手配書に目を通しているようだった。


「手配書チェックしてるん??」

「あぁ、情報収集も大事だからねい。」


パラパラと流し見をしているマルコ。脇目もふらなかった作業がピタッと止まった。


「どないしたん??」


そう聞くと、再びパラパラとチェック作業が再開された。


「いや、なんでもないよい。」


と、流そうとするマルコ。


「その手配書、さっき火拳の旦那も持ってたんやけど。」


マルコが手を止めたところの手配書には見覚えがあった為、首を傾げた。すると、マルコは一つ、ため息をついて、手に持った手配書の束を置き、例の一枚だけ抜き取った。


「知ってるかよい、こいつ。」


そこには、長いブロンドの髪を靡かせた赤目のスタイルの良い女が、片目から頭から血を流し、バックには燃え上がる炎が写っていた。

そして、彼女の手は白い毛に覆われ、頭にはウサギの耳。


「知っとるで、"血染めの女神"やろ??"天竜人殺し"の。よぉ見たらべっぴんさんやのに、なんでそないなことしでかしたんか訳分からんし、その上、んなことしでかしたっちゅうんに手配書がALIVE ONLYになっとるからな、嫌でも噂なるわ。」

「そうだねい。実際会ったことはあるかい??」


手配書に目を落としたままのマルコ。


「いや、ないわ。その娘が一体何やゆぅのんな。」

「エースの奴がずっと探してんだよい。」

「ほぉ、また何で、」

「約束したらしいよい。『海に連れ出してやる。』ってねい。詳しくはあいつ一向に吐かねぇから俺も良くは知らないんだけどねぃ。」


そう言って、手配書チェックを再開したマルコに「ふぅん、」と生返事を返す。


「律儀なんやねぇ、旦那。」


そう言って机から離れ部屋を出ようとする。と、マルコがこっちを振り返った。


「俺はお前がそうなんじゃないかと思ったんだがねぃ。」


そう言って訝しげな視線を寄越す旦那を笑った。


「ハハッ、まさか。たまたま似たようなウサギの能力者っちゅうだけやろ??大体目の色ちゃいますやん。あないなけったいな赤目ちゃいまっせ。」


せやろ??と念を押すように言えば、それもそうかと納得したのか彼は再び机に向かった。


「悪かったねい、うたぐるようなことして。」

「いや、かまへんよ。ほな、また後で残り持って来るわ。」

「あぁ。」


そう言って部屋を出るとパタンと扉を閉め、さっさと歩き出した。






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