槿花一日。






07


「もうほんまに、ハルタ大好きやわ。」


俺の目の前にやって来たキトの第一声がそれだった。


「それじゃ、僕行くねー。」

「ほんまおおきにー!!!!」


二人して両手をブンブン振って、ハルタは去って行った。いつの間にか、ハルタとも仲良くなったようだ。


「それで、や。火拳の旦那、マルコがな呼んどるねん。マルコの部屋まで来いゆぅて。」

「あ??なんだってんだ。」


別に、誰と仲良くなろうがこいつの勝手ではあるのだが。一線引かれてる気がするのは気のせいだろうか、


「さぁ、とにかく連れて来いってパシらされてん。かわいそうやろ。」


とは言っても、こいつがそんな頭の切れる奴に見えやしないのだが、


「あぁ、はいはいカワイソウカワイソウ。」

「うわ、棒読みとか酷いわ。」

「いいから行くぞ。」


なんだか無性に引っ掛かるモノがあるのだ。
ぶーたれるキトに、軽くため息をついて背を向けると歩き出した。


「あ、ちょお待ってや旦那ぁ。」


きっと入って間もないから、信用しきれないのだろう。部下なんだから信用してやらねぇとなぁ。そう結論付けることにした。



Ж




「遅いじゃねぇかい。」

「無茶言いなや!!」


やっと部屋に戻って来た新入りにそう言えば、全力のブーイング。言い付け通りエースを連れて来ることには成功したようだ。尤も、連れて来たのかついて来たのかと言えば後者だろうが。


「使えない奴だねぃ。」

「クッソいつか覚えとれや、腐れパイン。」

「ブッ、腐れパインっておまっ、」


ガンゴンと、いい音がして2人が床に沈んだのは言うまでもない。


「ってぇな。で??何の用だ。」


頭を摩るエースが立ち上がり、尋ねてきた。


「あぁ、溜まってる書類をいい加減に出せよい馬鹿野郎。ってのと追加の書類だよい。」

「ゲッ、」


机の上に積んであった束を差し出せば顔が引き攣るエース。


「因みに、先々週から出してないうちの縄張りの見回りの結果報告の書類、5つが今日中。先月の怪我人の人数と症状のまとめのリストもだねい。今動けない奴は居なかったかい??経費報告に至っちゃ何ヶ月分溜まってんだいこれが一番急ぎかねい。お前んとこの奴らの懐が冷え込んじまって仕方ないからねい。それから、何か2番隊での問題は発生したりしてないかのチェック入れてまとめる。備品のチェックもだねい。後新入りの役割分担も至急やれよい。先月の2番隊活動報告も来てないねい。2番隊の部屋割も変更の有無を報告。………………こんなもんかねい。」


一息にそう言い切ると、エースの表情が無くなっていき、その後、頭がショートした。頭から煙が上がる。額に手を当て盛大なため息をついた。


「ったく、もう一度言うから叩き込「いや、大丈夫や。」


割り込んだのはキト。


「とりあえず出さなあかん書類は10+経費報告やな。最優先は経費報告。そっから見回り報告5つ。新入りの役割分担は優先度はその次くらいやね。備品点検、部屋割、何やトラブってないか、は後回しでOKやな??」


指折り確認しながらスラスラとそう言ったキトにエースも俺も唖然とした。正直な話、あの一気に言った台詞を一発で理解されるとは思ってなかったのだ。


「キト、お前、天才か??天才なんだな??」

「んなこたあらへんよ。一応一端の船長やっとったさかいこのくらいなんとかなるわ。」


おばちゃんがするように、掌をひらひら上下に動かしてカラコロとキトが笑った。


「おかしいねい。同じ元船長のはずなのにスキルに大分差があるねぃ。」

「うっせぇよ腐れパイン!!俺は頭脳労働が苦手なんだよ!!」


ゴンともう一発拳固が降った。


「とにかく、キト。」

「なんや。」


その様子を笑いながら見ていたキトを振り返る。


「きっちりエースに書類出させろい。」

「へいへい。」


ヘラヘラと軽い調子でキトが返事する。


「んでから俺の仕事手伝えよい。」

「へいへ………ってなんでや。全力でなんでや。嫌やようさん仕事なんざしたないわ。」


また口を尖らせてぶーたれるキト。


「冗談だよい。」

「本気で言われたかて困るわ。」

「割と本気だけどねい。エースに愛想尽かしたら俺んとこ来いよい。」


そう言うと、エースが若干不満げな顔をしたが、キトはそんなエースの表情なんか知らずに


「いやん、キトちゃんモテて困っちゃう。」


なんてふざけてぶりっ子する。余りの似合わなさに俺は呆れ、エースはわざわざ聞こえるように大きく鼻で笑った。


「ちょお、鼻で笑わんといてぇな火拳の旦那。キトちゃん拗ねるで。」


当然その笑いが聞こえたキトがエースを振り返りまた口を尖らせる。


「勝手に拗ねてろ。」


エースが面倒だと言わんばかりに雑に返すので、キトは更に膨れっ面になり、


「うわ酷っ、旦那酷っ書類手伝ったらへんからな!!」


と、叫ぶと瞬時に


「スイマセンデシタ。」


エースが90度のお辞儀をしたもんで思わず噴き出した。


「な、マルコてめ!!笑うな!!」


笑われたのが恥ずかしかったのかエースが赤い顔で噛み付くように叫ぶもんだから余計におかしく思えた。


「ククッ、笑わねぇからさっさとやりに行けよい。」

「笑ってんじゃねぇか!!」

「まぁまぁ、旦那。面白みの無い人間よりある方がえぇやないの。」

「ぐ、それはそうだけどよ。」


複雑そうな顔のエースにキトはへらへらと笑みを浮かべ宥めるように言い、俺から書類を受け取り「ほら、行くでぇ。」と、さっさと部屋から押し出した。


「ほな、マルコ。また後で。」


ヒラヒラと手が見えない程の長さの袖を振って、キトは扉を閉め出て行った。


「………………。」


その扉を暫し眺め、顎に手を宛がいつつも机に向かい直した。


「予想外に賢いねぃ。」


へらへらとした顔が標準装備なヘタレだと思っていた。てっきり頭脳労働も苦手そうだと踏んでいたのだが、


「いや。賢過ぎる、かねい。」


もうキトは家族なのだから疑ってはいけないのだが、少し胡散臭さを感じる。


「考え過ぎかねい。」


とりあえず今は置いておいて、自分の仕事をするか。と羽ペンを再び手に取った。






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