05何だか途中で珍客があったものの宴も終わりに近づきある奴は部屋に戻り、別の奴は既に潰れて甲板で大の字になりと未だに甲板で飲んでる人間がまばらになってきた。当然俺はしぶとく飲んでる組な訳だが、
「おめぇさんもなかなか酒強いんだねぃ。」
「んー??せやなぁ、弱くはないわな。加減して飲んでるちゅうのもあるけど。」
ふと視界に入った目立つ装いの新入りに声をかけると、ケラケラ笑いながらジョッキを煽った。顔色一つ変えずになかなかしぶとく飲んでいる。隣でこいつと一緒に飲んでたはずのエースはとっくに大の字になって夢の中のようだ。
「せや、マルコ。まだ自分の部屋何処か知らんのや。教えて貰ていいか??」
空になったジョッキを傍らに置き、思い出したようにキトと親父に呼ばれた新入りは言う。そう言われてみれば何だかバタバタしてろくに案内する時間もなかったことを思い出す。
「そうだねい、んじゃあ案内ついでにこいつ連れてくかねい。」
と俺自身も残った酒を飲み干し、転がってるエースを拾い上げると肩に担ぎ上げた。
「ん、なんや火拳の旦那の近所かいな。」
そのまま歩き出した俺の後を追いながら一連の流れを見て察したらしいキトが言う。
「近所つーか隣だよい。」
「マジか。」
そう一言だけ返された言葉は驚いたからなのか、また別の意味なのか表情からは読めなかった。追及する気も特になかったので気にせず足を進め広い甲板を抜け船室に入る。
「女子用の部屋の数が少なくて今ちょっと空きがねぇんだよい。悪いけど空いてた倉庫を暫定的にお前の部屋つーことで、まぁ、エースの世話頼むし横でいいかと思ってねい。」
「あー、船乗った瞬間から世話係になんの決定事項やったんか。」
「そういう事だねい。」
沢山の個室があるため入り組んだ、しかし俺にとっては勝手知ったる通路を歩く俺の後ろから「えらい用意周到やんか。」とため息混じりにそう呆れるようなそぶりのキトがついて来る。
「当たり前だろい。誰が仕切ってると思って。」
「んーマルコ隊長??」
けらけらと冗談めかして笑う彼女に、やれやれと言わんばかりに軽くため息をついた。振り返らずとも気の抜けるようなへらへらした顔をしているのだろうことは想像に難くない。
「ほんと、気が抜ける奴だよい。」
思ったことをそのまま呟くと
「えーなんや褒め言葉か??」
案の定の顔をして嬉しそうにこっちを覗き込んできたので、エースを担いでいるのと反対の手でしっしっと追い払った。
「違ぇよい。どう取ったら褒め言葉になんだい。」
「なんやーちゃうんかいなー。」
追い払われ後ろに引っ込みながらキトがブーイングする。こいつはいい大人のはずなんだが褒められなかったからといってブーイングするのは如何なものなのか。
「お前の相手してるとガキのお守りしてる気分だねい。」
と苦笑いを浮かべる。
「うっわ、失敬にも程があるわ。」
暗に馬鹿にされたことは伝わったのか更にブーイングされた。こんな調子でやいやい言っている内に、目的の場所へとたどり着いた。
「場所は分かったかい??」
お前の部屋はそっちだと扉を指差しながら確認を取る。
「全然。喋りに気ぃ取られて忘れとったわ。」
笑いながら「やってもーた」とつぶやく全く反省の色が見えないキトに
「はぁーあ何言ってんだよい。とりあえず明日の朝は腹減ったらエース叩き起こして食堂の場所聞くんだねい。」
とわざとらしくため息をつきながらエースの部屋の扉を開けた。
「うーわ、火拳の旦那より早起きせなあかんやん。」
へらへらしていた顔から一変。げっそりと嫌そうな顔を見せるキトを一瞥してからエースの部屋に一歩踏み込む。
「あー、それは問題無いよい。こいつ起こさなきゃ起きないからねい。」
「マジか。よかったー。」
大袈裟に安堵のため息をつくキトを鼻で笑って、エースをベッドに放り投げる。
「うわ、投げられたんに起きへんのか。相当やな。」
「起こすのは至難の技だからねい。」
その様子を見て驚いた様子の彼女にそう言ってニヤリと笑えば、口が面倒臭いやら嫌やらと言わんばかりに歪んだ。表情筋の忙しい奴だ。
「ま、頑張れよい。エース係。」
「………あい。」
ポンと肩を叩けばうなだれた頭から返事が返って来る。
「じゃ、おやすみ。」
「ん、おやすみ。」
そういって自室に向かおうと挨拶してから一歩踏み出すと、最後にはまたヘラリと笑って返事をしてから、彼女は自らに宛がわれた部屋の中に消えた。
Ж参った。これは参った。
「よりによって隣か……。」
マルコと別れて部屋に入って扉を閉めた瞬間、そう言って右手で額を押さえるとズルズルとその場に座り込んだ。かろうじて小さな丸い窓から月の光が入って、部屋は薄明るかった。
「……まぁ、うだうだゆーてもしゃあないんやけどさ、」
窓の向こうに目をやりながらぼそぼそと独り言のように呟く。一息ついてからゆるゆると立ち上がり、扉のすぐ脇に有るランプに火を燈した。倉庫だったという小さな部屋には、昨日も使ったベッドや、鏡台、箪笥等がそのまま運び込まれていた。
「短時間でよくもまあこないに、」
決して軽くも小さくもない家具が自分が気付かない間にここに担ぎ込まれたのだから驚きだ。軽くコートとストールを叩きながら一歩踏み出すと重いブーツが足音を立てる。
「でも、隠し扉はあいつら知らんやろからなぁ、」
ベッドに半ば飛び込むように勢いよく腰掛けるとスプリングがギシギシと悲鳴を上げた。目新しい壁や天井の前に並ぶ慣れ親しんだ家具に違和感を感じる。隠し扉の秘蔵の酒等はきっとまだあの船に置き去りだろうなぁ、とだけぼんやりと考える。
雑にブーツを脱いで放り投げるとベッドから足を投げだしたまま、後ろに倒れ込む。眠いような眠くないような寝たいような寝たくないような、フワフワとした感覚に襲われる。
「………………、」
とりあえず寝る支度だけはするか、と寝転がったまま無理やり靴下を脱いでから起き上がり裸足のまま鏡台へと向かう。少し床が埃っぽいから明日掃除するかな、等と思いながらストールを解くと椅子に引っ掻けクローゼットにコートを押し込んだ。視界に入った鏡台を見て肌の手入れをしないといけないけれども面倒臭いなぁ、なんて思ってる間に夜はどんどん更けていく。
Ж『何なんそんなん聞いてへんでマルコ!!』
あん時確かにそう言った。サッチも、ハルタも、名前で、でも俺は始終、火拳の旦那のままだった。なんでだ。腹立つ。
「――――――!!」
何か聞こえる。あぁもう誰だごちゃごちゃうるせえな。俺は腹が立ってるんだ。それに何つってるか分かんねぇよ馬鹿野郎。
「――――――か!!」
だから、何だって、
「旦那起きてんか!!」
「あ??」
パチリ、と目を開けば赤いメッシュの入った金髪。
「あー、やっと起きた!!かれこれ10分は呼び続けたでぇ。早よ朝飯食い行こうや旦那。キトちゃん餓死しちゃう。」
盛大に腹の虫を鳴らしながら、バフバフとせわしなくベッドを叩いてそう言うキト。
「んなもん勝手に行きゃいーのに。」
妙に高いそのテンションについていけず寝起きのぼんやりした頭を無理やり起こしてあくびをしながらそっけなく言う。
「場所が分からん。」
ドヤっと言わんばかりに言い切ったこいつは、そういや新入りだったな、と頭を掻きながら立ち上がる。ブーツを履きっぱなしのところを見ると昨日は甲板で落ちたらしい。そういや俺も最初はこのくそ広い船で迷子になりまくったなと少し昔を思い出す。
「でもなんでまた俺に。」
無理に起こされたためか何だかだるい身体を引きずるようにだらだらと部屋から出る。
「マルコが、エースを起こして場所を教えて貰えちゅーからさ。」
キトの返事に『畜生あの南国鳥俺に遅起きさせねぇ気だな。』と言いかけたが口に出したら直ぐさま本人が出て来そうな気がして言うのをやめた。代わりにため息が出た。
「……こっちだ。」
「おん。」
寝癖で跳ね具合が5割増しな髪を手櫛で撫で付けながら、食堂に向かう。伸びたり欠伸したりしながら歩く俺に
「低血圧なん??」
と、少し後ろをついてくるキトが笑いながら言う。
「んー、あー、そうなんじゃねぇの??血圧とか気にしてねぇから分かんねぇ、つーか知らねぇ。」
まだまだ出てくる欠伸を噛み殺しながら返す。その様子を見て何がおかしいのかキトはまた笑う。無意識なのかいつの間にか兎の耳が頭上に現れていて揺れている。
「ハハっ、まぁ、普通気にせんよなぁ、若いし。」
「そう言うお前は時々年寄り臭いよな。」
「えぇ!?マジか??嫌やわー、まだピッチピチの20代やのにー。」
キトが振り返ると同時に驚いたのかびくっと兎の耳が伸びてそれからへこたれた。頬に手をあててしょげるその仕草がまたおばさん臭いと言ったら怒るだろうか。
「大体よぉ、眼帯してる上に顔半分髪で隠れてっから年齢不詳だぞ、ぱっと見。」
少し振り返ってそう言えば、また耳がピッと立った。口はぽかんと開いてて、
「そうかー、年齢不詳なんか…盲点やったわぁ。」
素で思いつかなかったらしい。うちのクルーにも突飛な格好の奴が居るとはいえ恰好の突拍子の無さは上位に食い込むと思うのは俺だけなんだろうか自分の感性を疑いたくなった。
「クルーとかには何とも言われなかったんかよ。」
「ん、あぁ。あいつら『キャプテンカッコイイっす!!』か『キャプテン素敵っす!!』しか言わへんさかい。」
そう言いながら眉根を下げて仕方ないだろうと言うような笑みを浮かべた。ずっとヘラヘラしてんのかと思えば、案外コロコロ表情変わるもんなんだな等と思いながら、
「ふーん、好かれてんだなお前。」
と半ば適当に相槌を打ち前を向く。
「好かれとんのか、単なる憧憬なんかは知らんけど、ま、嫌われちゃおらんやろ。なぁ??」
不意に、キトが振り返ると後ろになんだかぞろぞろとついて来ていたようでちょっと驚いて後ずさった。
「なんや、気付かんかったんかいな。ずーっと後ろおったんに。」
「え″、」
ずっとってストーカーじゃねぇかよ。と、顔が引き攣る。見覚えのない顔ばかりなので恐らく、今話題となっていた、キトの船に乗っていたクルーなのだろうが、
「いやー、キャプテン遅いんで二日酔いかなぁと心配になって。」
「俺は迷子なんじゃないかと。」
「つーかキャプテン酷いっすよ!!」
「そうっすよ!!キャプテンのこと嫌いな訳ないじゃないですか!!」
「俺らキャプテン大好きっすよ!!」
「何処までもついて来っすキャプテン!!」
口々に次々と奴らは言って目を輝かせてキトを見る。
「はぁー。あんたらなぁ……、」
キトは何処か呆れた風に腰に手を宛て大きなため息をついた。
「とりあえずキャプテンはやめい。」
「えぇ!?なんでっすか!!キャプテンはキャプテンじゃないっすか!!」
キトの一言に全員残らず口をあんぐりと開く。
「なんでも何も、」
俺がクエスチョンマークを浮かべながら口を開くと、キトがその先は言うなと言うように制してきた。
「堪忍してんかぁ。こいつら海賊のことイマイチよぅ分かっとらんのや。不快やったらごめんやで。」
分かってない??なおのことハテナが踊る俺を余所に、
「ええか、あんたら。今までキャプテンて呼べゆーとったけど、もうな、うちキャプテンちゃうんや。なんやバタバタしとって、ハッキリ宣言する暇なかったさかいなんやしっくり来んかったかもやけどなぁ、ウサギ海賊団はな、解散して白ひげ海賊団に吸収されたんや。せやから、今あんたらのキャプテン、船長はおやじや。OK??」
丁寧に、元クルーに言い聞かせるようにキトは説明する。そういえば確かに騒いでる内にうやむやになっちまってるから、イマイチぴんと来てねぇ奴らも居るのか。と、成り行きを見守る。
「せやから今うちはあんたらと変わらんただの戦闘員の立場や。だからキャプテンなんかゆーたらあかんし、せっかくおやじに名前貰たさかい、名前で呼んでくれへんか??」
最後に、ニコっと笑って、キトがそう言うと、全員揃いも揃って嬉しいようなむず痒いような顔をした。
「キト、さん。」
誰だか一人がそう呟いたのを聞いて、キトは満足げにニィっと笑った。
「OK。ほな食堂行こかー。時間取って悪かったな、旦那。」
「おう。」
何だか疑問に思うとこもあれど、とにもかくにもキトはこう見えて面倒見のいい奴のようだ、と頭に留めた。
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毎度のように
話の終わり方が分からん病に
かかるのだが
どうしたらいいだろう…(笑)