槿花一日。






03


人気がやけに少ないな、と思った。昨日停泊してすぐに町に出た時はもっと賑わっていた。まさか町中定休日なんだろうか、と言いたくなるくらい、ひっそりとしていた。そんな中をオレは走っていた。白いポンチョを纏った、小さいけど大きな背中を探して。

少し息が切れて来た時、差し掛かった港町で一番大きな通り。通りを渡ろうとして、視界に入った2つの人影を認識して、オレは反射的に建物の影に隠れた。


「おら、さっきまでの威勢はどうした嬢ちゃん。」


一人は海賊らしき男。そしてもう一人。


「前言撤回するなら早い方がいいぜ嬢ちゃん。今なら今晩付き合って貰うくらいで勘弁してやらぁ。」


卑下た笑い声を上げる男の振り回す刀をかわし続ける白い人影。


「前言撤回するのは、」


小柄な白い影が刀を振り回す男の隙をついて、懐に飛び込む。


「あんただ。」


小柄な方が男の顎に一発入れると、男はよろける。その足元にはいつの間にかロープが落ちていて、男がよろけると同時に、まるで生きている蛇のように重力に逆らってその先端を擡げ、男の首を捕らえた。


「な!?」


白いポンチョを目一杯に翻し、彼女が左手を一気に引けば、男は首を引かれそのまま地面に後頭部から倒れ込んだ。ロープに首を絞められたことも重なって、男は泡を吹いて気絶。


「私は成人してんだ、嬢ちゃんじゃない。」


もう届かない不満を呟いた彼女がロープを引くのに振り抜いた左腕。何気ない動作にも関わらず、おれは目を見開いた。

てっきりW7の誰かのようなロープ使いかと思ってたが、違った。ポンチョから見えた彼女の左腕は、

肘から先がロープになっていた。

思わずくわえていたタバコが落ちる。そうこうしている間に今しがた沈められた男仲間らしい野郎共が船から港に降り立ち、次々彼女目指して駆け出す。それを見た彼女は人数が多いに関わらず慌てるでもなく、男の首に巻き付いたロープを更に引っ張って回収する。するとどうしたことか、ロープがぐるぐる捩れながら解けながら、一瞬一枚の布を象ると次の瞬間にまた布が捻れて、見た目は普通な腕に戻った。


「んだありゃ……。」


誰に言うでもないつぶやきが空に消え、流石に人数が多いから手を貸そうかと、踏み出そうとするも、その直前に踏み止まった。


「うっとーしい。雑魚共の癖に。」


マコは右腕を引き上半身を捩ると、勢いよく右腕を斜め下から振り上げた。


「アッヴィルッパーレ。」


聞き慣れない単語が彼女の口から紡がれて、次の瞬間今度は腕がでかい布へと広がった。


「「「「!!??」」」」


当然彼女へと向かっていた奴らも目が点になる。彼女の手から広がる布はその間に海賊達へ向かい、グルリと取り囲む。5、6人の男達が、完全に包まれてしまうと、マコは飛び上がり、その包みと港の間に着地すると、海賊達の船に向けて包みをぶん投げた。


「おいおい、レディのくせになんて腕力してやがる。」


軽く見積もっても300kgは越えるだろうに、と思わず口に出る。そうこうする間に投げられた包みが解け、包まれた男共は海賊船に投げ込まれた。投げられた奴らも残された奴らも唖然とする間に次々とぶちのめされる。


「さ、逃げ出すなら見逃すけど。」


残り数人というところでコキリと手の間接を鳴らした彼女に海賊達は支え合いながらよたよた逃げ出した。

腕がたつ人ではあったが、しばらく会わない間にますます逞しくなったらしい。どうやら彼女は俺に守られる気はさらさら無いようだと、苦笑いする。


「お、白ポンチョ。」


腕が顕在であることや、彼女に怪我がなかったことに嬉しい半分、いつのまにか能力者になっているようで、彼女の過ごした俺の知らない時を思い知り悲しくもなった時、ルフィがやって来る。


「やっぱつぇえなぁ、あいつ。」


何処かから今のを見ていたのだろうか、ルフィはまっすぐにマコを見ていた。


「やっぱあいつ仲間にしてぇなぁ。」


話題の彼女は海賊が去った港の何気なく吊してある鐘を3回鳴らす。すると、村の人達が次々家から出てくる。どうやら、海賊を追い払ったという合図だったらしい。


「一筋縄じゃ行かねぇぞ、あいつ。」

「だろうなぁ、頑固そうだ。」


礼でも言われているのか、住人に囲まれた彼女を見てルフィは笑いながら言った。

彼女を取り囲む村の住人がバラバラと解散し始めると、ルフィが早速マコの元へ向かおうとする。


「おい、ルフィ。仲間にすんのはいいが、惚れたり口説いたりすんなよ。」

「別にしねぇよ。」

「なら、いいが。あれぁ俺のだからな。」


恋愛なんかとは無縁であろう、我等が船長が彼女に話し掛けるのも気が気じゃない。そんな俺の心中なんか知らないルフィが、


「おーい白ポンチョ!!」


と声をかける。すると彼女はこちらを、というか俺を見て身体を強張らせた。それから、俺らから見て右手に向かって突如走り出したのだ。


「え、おい白ポンチョ!?」


驚くルフィを余所に俺は踵を返すと、2つ後ろの十字路へと向かう。


「おい、サンジ白ポンチョが、」

「わぁってるよ。絶対あいつは、この交差点に来る。」


ルフィが話し掛ける直前、あいつはこっちに向かって足を一歩踏み出していた。つまり、彼女の目的地は俺らが立っていたところの後ろにある。


「なんで分かんだ。」

「んー、愛かな。」


後は正確に言えば愛故の直感か。とりあえず思った通り、彼女はもう一本右の通りの交差点をこちらに曲がろうとして、止まった。


「マコ。」


立ち止まったマコに呼び掛けると、彼女は唇を噛み締めた。フードに隠れて見えないが、なんだか泣きそうな顔をしている気がした。



Ж




「マコ。」


たったその一言だった。それだけなのに、泣きそうになるのはなんでだ。会いたくなかった。会いたくなかったのに。


「――――――っ」


唇を噛み締めた。やっぱり麦藁の一味を徹底的に無視するべきだったか、と今更ながら思う。が、目の前の男のことだ。村の噂を聞き付けてどちらにせよ出会っていただろう。会いたかった。ずっと、ずっと会いたかった。でも、今は会いたくなかった。だって、私はこの男に会うと弱くなるから。


「マコ。」


愛しい声で私の名前を呼びながら男、サンジはジャリ、と音を立て一歩踏み出した。今すぐ逃げてしまいたいが、このまま留まって彼の腕の中に閉じ込められてしまえばいいんじゃないかと、思う自分もいた。

ダメだ、今………今ほだされちゃダメだ!!やっと、やっとの思いで、もう少しのところなんだから、


「――――っ!!」


そう自分に言い聞かせると、彼に背を向ける。


「マコ!!!!」


背中で叫ぶ声がする。今振り返ってしまえば、楽、なのかもしれない、しれないけど、それじゃあダメだ。

ダメなんだ、甘えるな私。

自分をそう叱咤すると駆け出した。


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