槿花一日。






14


ロビンちゃんに急に甲板から下りろと言われ、言われた通り下りたはいい。なんで状況を確認せずに下りてしまったのか、下りた瞬間に後悔した。

派手な爆発音と上がる火柱。それを見て肝が冷えた。マコが居ないのだ。


「ロビンちゃん!!マコは!?」


無言で船を指し示すロビンちゃん。俺は慌てて駆け出すと甲板に飛び乗った。鼻につく焦げ臭い空気に顔をしかめ辺りを見渡した。船長らしい、彼女が対峙していた男は黒焦げの床の上に倒れて動かなかった。生きてるかどうかなんて興味も無く、ただあの小さな姿を探す。


「まさか、」


火柱にまかれて、消し炭になったとか。

嫌な想像が浮かんで、胃の辺りが気持ち悪くなる。まさか、まさか、でも、もしそうなら、――――――――足が止まった。急に頭が真っ白になる。だって、甲板の上に居るはずなのに、何処にも居ない。


「マコ、」


自分でびっくりするくらい、微かな声しか出なかった。


「呼んだ??」


ふ、と影が頭上を通過して、俺の背後に着地した。振り返った先にはあちこち焦げて、しかも血に汚れたお世辞にも白いとは言い難いポンチョを纏った姿。煤が付いているらしくあちこちを叩いているのに構うことなく抱きしめようとして避けられた。


「……………。」

「………、降りとけ。」


不満を顔に出すと、マコはちらっと帆に視線をやって、そう言った。視線の先には微かに火が付いた帆。下手したら船が燃えるかもしれない。


「ちょ、マコは、」


再び視線を戻すとその場に彼女はジッと動かない、船長であるらしき男を見つめていた。


「マコ??」

「まだ、くたばっちゃいないだろうからさ、」


ゆっくりと足音を響かせるように、一歩一歩進むマコ。焦げ跡が残る床を、男の間近まで行くと、男はのろのろと起き上がった。


「やっぱり。不意打ちの次はタヌキ寝入り??せこい奴。」


淡々とマコが言う。


「せこいのはどっちだ!!仲間がやられたかと思ったらすぐ乗り換えて別の手下引き連れて仇討ちか??しかも噂のルーキー従えやがって!!」


喚く男に、マコはゆっくりと首を傾げた。


「手下??乗り換えた??心外。」

「じゃなかったらなんだっていうんだ!!」

「ん、友達??らしいよ。」


笑ってみせたマコに男の顔が引き攣る。


「友達だと??ガキじゃあるまいし、」

「まぁ、わかんないかな。」


そんな座り込んだままの男を見下ろして、


「圧縮<コンプリーメレ>。」


と、マコがつぶやく。見る間に右手の手首から先が膨れ上がって球体になっていく。


「な、なんだ、その腕、」

「縄<カナポ>。」


再び呟かれた言葉。次は、腕がよじれて縄状になり、さっきの手首が変形した球体が重力に従いゴトリ、と固い音を立て転がった。


「なんで、お前、布の癖に、」

「………………………圧縮した布はね、固いんだ。」


焦りを顔に浮かべ後ずさる男。マコは球体が先に着いたロープを振り回し勢いをつけ始める。さながらチェーンハンマーだ。


「あんたもう、黙っていいよ。」


フォン、と空気が唸る。


「ま、待て待ってくれ!!謝る!!謝るしジョリーロジャーは返す!!それから、あんたに忠誠を誓おう!!部下共々あんたの配下に、」

「いーや、いらん。」


どんどん加速していく。


「あんたみたいな、利害の一本定規な奴、配下にもいらない。」


それから、一歩踏み込んで、


「槌打<マッツァピッキオ>。」


球体が男に叩き込まれ、男ごとマストに当たるとマストがミシリと悲鳴を上げた。当然男は気を失う。


「よし、」


マコが気が済んだのか、そう言って頷く。これで船から降りるのかと思いきや、突然駆け出した。船室に駆け込んで行く。


「ちょ、マコ!?」


叫んで、迷わず後を追って駆け出した。



Ж




バン!!と荒々しく扉を開き、船内の扉という扉を開けて回る。ない、ない、何処にもない。いよいよ焦げ臭くなってきた。帆に付いた火が船にも引火したんだ。ますます急がないと。

立ち込めてきた煙から逃れるように屈み、次の扉を開けると、一面真っ黒だった。


「ジョリーロジャー。」


様々な旗が床に天井に壁に、一面に目茶苦茶に張り付けられていた。何枚あるかもわからない。けど、きっと私の誇りもここにあるはずだ。荒い呼吸をしながら、一枚一枚確認していく。多過ぎて、どれを見たのかすらわからなくなりそうだ。


「何処、何処っ!?」


煙が充満してくる。天井が霞む。早くしないと、と気ばかり焦る。目も霞むし、息が苦しい。でも、ここまで来て諦める訳にはいかないんだ。


「何処に、」


カクン、と足から力が抜けて膝をつく。手をついて、床を見るけど、やっぱり無くて、ついに腕の力も抜けて突っ伏した。パチパチと木燃える音がするのを遠くで聞いた。身体が、動かない。まぶたが、とじ、る―――――――――――――――――――。














「大丈夫かっ!?」


声がして揺さ振られて意識が浮上した。パチリと開いた目の先には金髪と渦巻き眉毛。と、


「あった、」


その頭の向こうに慣れ親しんだマーク。


「何がだ。」


心配させたのだろう、不安げな顔したサンジが言った。


「向こうに、」


力が入らない腕に力を込めて指を指す。


「ジョリーロジャー。」


サンジは直ぐさま振り返って私が指した辺りを見回す。と、何か見つけたように突然止まると、飛び上がり、やすやすと天井に張り付けられたそれを取った。


「これだったな、」


開いて見せてくれたそれに頷く。火はすぐそばまで迫っていた。頷く私にサンジは満足そうな顔をして、それから私に手にしたそれを渡した。


「ちゃんと、持ってろよ??」


そう言うと私を抱え上げ、部屋の壁を蹴破り、海へ飛び込んだ。



Ж




「"レイン=テンポ"!!!!」


局地的な雨が燃え上がった船の火を鎮静化していく。きっと、街の家屋に燃え移りでもしたら、彼女は悲しむと思ったからだ。

この様子じゃ船内にも火が回っているのじゃないだろうか、といってもサンジくんが行ったのだ、きっと大丈夫だろう。と思い私達は船の前で待っていた。


「――っブハッ!!」

「―――っケホ、」


船尾の方、2つの噎せる声がして、振り返ると海から上がって来るサンジくんとマコちゃん。能力者だから力が入らないのか、引き上げられたきり、仰向けでぐったりとする彼女はしっかりと握りしめていた黒い布を空に向けて掲げた。


「ゲホ、…………勝った。」


まだ咳込みながらも彼女は一言、言ってニ、と笑った。


「おう!!」


ルフィが笑い返して、彼女に近寄ると掲げられた手にコツンと拳をぶつけた。


「あり、がとね。」


笑顔のまま、そう言い終わった途端、糸の切れたマリオネットのように、掲げられた腕から急に力が抜けたようにパタリと、彼女の周りの水溜まりの中へ落ちていった。パシャ、と小さな水音。閉じられた瞼。


「……おい、……マコ!?」


血相を変えるサンジくん。そこで初めて、横たわる彼女の周りの地面を濡らすの海水に血が混じっているのに気がついた。


「マコ!?」


青い顔した彼女がその叫びに応答することはなかった。





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