12翌朝、街を見渡す建物の上。足を投げ出して座るマコ。サンジに見張ってろ、目を離すな。と言われたからやって来た。その膝の上に座り、彼女を見上げると相変わらずタバコをくわえていて、ふわりとその香が漂う。
「サンジと同じ匂いだな。」
そう言うと、マコはきょとんとして俺を見る。
「鼻いいんだな、ぬいぐるみみたいなの。」
「だから、ぬいぐるみじゃなくてトナカイだ!!」
文句を言って、頬を膨らますと、「そうかそうか。」と軽い調子で小馬鹿にしたように謝りながら俺の頭をポンポンと撫でた。
「吸い出したきっかけがサンジだから。銘柄も一緒なんだ。」
ほら、とわざわざタバコの箱を取り出してマコは見せてくれた。その顔はどこか苦笑気味だった。
「そうなのか。」
「うん、サンジの真似した。」
そういう彼女の匂いを改めてスンスンと鼻を鳴らして嗅ぐと、「いい匂いじゃないだろうに、」とますます苦笑いした。
「そんなことないぞ。マコからなんか甘い匂いもするんだ。それにタバコの匂いは知った匂いだし、嫌な匂いじゃないぞ!!」
エッエッエッと笑う俺に、マコも少し笑った。こうして暫く話していると、時々彼女はどこからともなくオペラスコープを取り出して、街の向こうの海を見る。水平線に船の陰が無いか確認しているのだと、彼女は言っていた。
「甘い匂いねぇ、」
スコープを覗いたまま、マコが言う。
「おう。お菓子の匂いだ!!」
「フッ、お菓子か。それなら小屋にいっぱいあるからじゃないか??」
食べたきゃ食えばいい。と言われ飛び上がるようにして彼女が一応寝泊まりしているらしい簡素な小屋に駆け込むと、手作りのように見えるおやつがテーブルに積まれていた。その中のからマコの分も、と多めに抱えるように持ってパタパタと小屋から出て行くと、先程まで座っていた彼女が、スコープを覗いたまま立ち上がって呆然と海を眺めていた。
「なんか見えたのか??」
なんだか嫌な予感がして、彼女の足下に近寄りそう訪ねるも、返事は無く、数瞬の後に、彼女は乱雑にスコープを閉じると、俺の抱えるお菓子の上にそれを置き、くわえたタバコも地面に捨てて雑に踏みにじった。
「マコ??」
目深にポンチョのフードを被り、表情が見にくくなる。自分の声が不安な色をしていた。
「………、」
そんな俺の声に、彼女は何か言おうとしたのか少し口を開き、結局噤んだ。ギリリと良く聞こえる程、大きな歯ぎしりをしたその口元は、怒っているように見えた。それから、戸惑う俺を置いて、屋上から跳んだ。いや、飛び降りた。
Ж『大変だぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!』
マコと一緒にいるはずのチョッパーからそんな訳の分からない電話がかかってきた。
「何がだ。」
何かあったら連絡を寄越すようにと、子電電虫を渡しておいたのは正解だったかと思う半分何があったのかと、叫ぶだけのチョッパーに苛立つと同時に嫌な感じがした。
『サ、サンジ!!大変なんだ!!海見たらなんか怒って歯ぎしりが飛んでったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!』
「は??えーっとだな、とりあえず海の何を見たんだ。」
叫ぶ電電虫に踊る疑問符。とにかく、マコが海で何か、恐らく海賊船を何かを見て、チョッパーを置いて港に向かったと推測。歯ぎしりをしたということは、だ。もしかするのかも知れない。
『わ、わかんねぇ!!』
「オペラスコープ、あいつ置いてったんだろ??」
『あ、あぁそうか。って海賊船だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!』
チョッパーの叫び声がまた響く。やっぱりだ。
「よし、俺たちは港に向かうから、お前も電電虫とスコープを置いて港に来い。いいな??」
そう言って一方的に通話を切った。
Ж私は、海賊共を追い払う時にしか港に来ない。その方が分かり易くて街のみんなに都合がいいだろうと思うからだ。だから私が港に来たらなんかある、だから家に隠れろ。それが私が来てからのこの街の暗黙のルールだ。
急いだからか息が切れている。静まり帰った港で、私の荒い呼吸音と波の音が聞こえる。それと、早鐘を打つ、私の心音。さっきオペラスコープで覗いて見えた船が徐々に近づいて来るのが見えていた。あの夜、燃え上がる自分たちの船の横に居た、忌々しい船に違いなかった。無意識に手を強く握っていたことに気付く。握り過ぎて手が白かった。
肉眼ではっきりと捉えることが出来る位まで船が近づき、いよいよ喉元から血の気が引くようなひんやりとした感覚に襲われる。怯むな、びびるな、落ち着け、私。潮風に煽られて少しずれたフードを被り直す。ザザ、と船が進む音。ここまで来れば身体軽い私なら跳べる。自分に言い聞かせるように頷くと、ぐっと足に力を入れ、港の端を蹴った。
「ようし、着港準備だ!!碇を下ろせ!!」
そう、甲板の上で一人指示する男は、確か船長で合っている筈だ。
「船長!!1時の方角から何者かが跳んできます!!」
私に気付いた船員が男に叫ぶ。視線と銃口がこちらに向けられるが、構わず突っ込んだ。出来れば着港される前に片付けてしまいたかったからだ。
「狼狽えんな!!ただの餓鬼一匹じゃねぇか。さっさとぶち殺して着港しろ!!」
男がそう叫び、着港準備をしているのであろう連中は私から視線を外し、残りの人間が再度私に照準を合わせにかかる。
「遅い。」
その口が火を吹く前に甲板を一度蹴り、船長らしき男の向かって跳ぶ。男は思わず後ずさったが、そのまま詰め寄り側頭部に一発入れてやった。男は後ろに蹌踉けた。
「着港完了です!!」
碇を下ろす音がして、小さく舌打ちをした。ザッと300人だろうか、街で暴れさせる訳にはいかないのに。
「おい、何者だてめぇ、」
男は銃口をこちらに向け、唸るように言った。
「誰だと思う??」
はったりになればと、余裕そうな笑みを浮かべてみせた。男は怪訝な表情を浮かべ私を見つめる。目深に被ったフードのせいで、ろくに顔が見えないからだろう。それとも私はあの夜死んだものと思っていたのか。
「……………知らんな。まぁ、いい。貴様はここで死ぬからな。」
暫く私を無躾に見た男は、そう言い鼻で笑う。
「死なない。あんたをぶちのめす前には。」
男に向かってそう言えば、あからさまに嫌そうな顔をして、舌打ちをされた。
「誰に口聞いてやがる、ガキ。」
「あんたにだ。それと、ガキじゃない。」
せせら笑うように言い返す。ますます男は機嫌悪そうに顔をしかめ、1発発砲した。端から威嚇するためだったらしく、爪先のすぐ先に穴が空いた。それを合図に船員全てが再び銃口を私に向ける。
「調子乗んなよ、蜂の巣にされたいか。というか、なれ。」
言い捨てるように男が言う。流石にこの量は避けきる自信無いな、とどうしようか思案を巡らす間もなく、
「撃て。」
男の一言が大量の銃声に掻き消された。
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