槿花一日。






10


『今度会えたら、一緒にオールブルーに行こう。連れてくから、立派な海賊になって帰ってくるから。待ってて。』


そう言って笑った顔はずっと忘れない、忘れられない。別れて暫くして来た、マコの手配書が何よりの便りだと、金額が更新される度に一人祝い酒を飲んでいた。

すぐ会える。

そんな何処にも根拠がない確信があった。まさか、自分が海賊になって後を追うなんてことは、思ってもいなかったが。


「なぁ、不思議ポンチョー、」

「………。」

「なぁったらなーぁー、」


にしても、だ。ルフィがしつけぇのはいつものことだが、マコがここまで拒むのはなんでだろうか。


「おい、しつけぇぞクソゴム。」

「お、サンジからも言ってくれよ!!仲間になろうって!!」


俺に気付き振り向いたクソゴムとは反対に、胡座に頬杖という非常によろしくない態度で出来る限りルフィをスルーしているであろうちっさい背中は機嫌が悪いと言わんばかり。


「あー、言ったろ。一筋縄じゃいかねぇって。」


ニッと笑うと、ルフィはぶーたれる。


「なぁ、なんでダメなんだよ。」

「………、」


マコはタバコを一本くわえ、ライターを取り出した。


「今、この島を離れる訳にはいかない。」


マコらしいっちゃ、らしい、くすんだ銀のライター。


「来るかどうかわからない、船を待ってる。」


微かな音を立て、火を点したタバコの紫煙が潮風に吹かれて流れて来る。


「じゃあ、俺も待つ。」


そう言ったルフィをマコはちらりと横目で見て、


「…………いい、待たなくて。」

「なんでだ??」

「………だって、あんたには関係無い。」


俺は口を挟まず後ろから見るだけだったけど、少し、動揺したのが伺えた。


「無いこたねぇよ。なぁ、サンジ。」

「あぁ。」


振り返ったルフィに一言だけ返す。


「俺達友達じゃねぇか。なっ!!」


にしし、と笑ったルフィと反対に俯くマコ。こいつは知って言ってるのだろうか、マコが、無意識に寂しがってることを。


「まぁ、俺は友達じゃねぇけどな。」

「え??」

「あー、細かいこたぁ気にすんな、ルフィ。」

「ん、わかった。」


俺がぼやいた言葉に一々反応するルフィをごまかして、マコを見下ろす。


「とにかく俺はお前の友達だからな!!おめぇがなんか待ってんなら俺も待つんだ。」


そう言い切って、へらへら笑うルフィに、口元が少し緩んだように見えた。


「ハァ…………もう、勝手にして。」


徐にマコは立ち上がり、ポンチョのフードを取った。


「んでから、これは私の独り言。」


タバコを手に取り、大きく息を吸って、吐いた。


「私は、"誇り"を取り戻さなきゃいけないんだ。」


そう言って座ったままのルフィを見下ろして、


「ジョリーロジャーという名前の、"誇り"を。」


ルフィは黙ってマコを見てただ聞いていた。


「船が襲われた日、私はキャプテンに早々に船から脱出させられた。」


タバコが再びくわえられ、両手で、拳が握られる。


「なんとか船に戻ろうとしたけど戻れなくって、船が沈むのをただ、見てた。」


その手の平からは血が滲み出るほど強く握られ震えていた。思わず両腕をマコの腰に回し、後ろから抱き寄せると、拳は解かれ代わりに俺のスーツの袖が握られる。


「船が沈む間際だ、積み荷を持った奴らが、あいつらが、まだ燃え残ってた、ジョリーロジャーを、わざわざちぎって持って行ったのが見えた。後から調べたら、そいつらは負かした海賊団の海賊旗を貰って行くらしいんだ。皆、船に乗ってた奴らはさ、目の前で沈んじゃったけどさ、まだ、生きてる私が、さ、取り返さな、きゃ、って、思………………っ!!」


ぽたりと、俺の腕に雫が1滴落ちる。ルフィは立ち上がり、マコの頭をぐしゃっと掴んだんだが撫でたんだかわかんないような撫で方をして、


「大丈夫だ、ぜってぇ取り返せる。」


そう言うと「飯食ってくる。」と、屋上から飛び降りてった。ぽたりとまた雫。堪えたように泣く、マコを抱きしめ直そうと腕を緩めると、向こうから首にしがみつくように抱き着いて来て、少し屈んだまま、背中を優しく撫でてやった。


「サ゛ン、ジ………、」

「ん??どうした??」

「ここ……来、てからさ……寝ても、覚め、ても…誰も居、なくてっ、皆、夢ん……………中で、何回も死んでっ、てさ、ずっとさ、ずっ、とさ、わ、たしさ……寂しく、てさ、ずっと、会いたか…………っ!!!!」


泣き顔の唇に思わずキスをすれば、余計に涙がこぼれる。堪らず、痛いかもしれないくらいに無茶苦茶に胸の中に押し込めた。


「居るから。俺、此処にさ居るから。」


耳元で、そう言えば、フツリとタガが外れたようにマコは泣き叫んだ。



Ж




「いーのよ、どうせあいつ言い出したら聞かないもの。」


泣いたのだろうか、少し腫れぼったい目をした彼女、マコちゃんは申し訳なさそうな顔をして私達の前に再び現れた。


「でも、ごめん……なさい。迷惑を、」


ルフィが、彼女のことが決着するまで出港しないと決めたのを、申し訳なく感じたのだと言う。


「迷惑なんかじゃないわよ。ねぇ。」

「ナミの言う通りよ。」


ロビンが私に同意して、しょんぼりした頭を撫でた。聞けば全員に言って回って、最後に私達の所に来たんだとか。


「それに他の人もそう言ったでしょう??」


ロビンの言葉に頷いたその顔は心なしか嬉しそうだ。


「………ありがと。」


ニコリと笑って、機嫌良くキッチンに向かったその顔を見て、フフ、と私とロビンは微笑んだ。


「ノラ猫に懐かれるってこんな感じかしら。」

「サンジくんを骨抜きにするだけあるわね。」


ダイニングのテーブルから、カウンターの椅子に膝立ちになり、サンジくんに手伝うことがないかと聞いて回る様子に少し微笑ましいものがあった。


「ああいう妹がいたら良いわね。」


と、ロビンに笑えば、


「あら、年齢的にはナミが一番若いわよ??」


と笑い返してくる。20歳ですって。とクスクスと笑うロビンと彼女を見比べた。


「あー、じゃあもうすぐつまみ食い好きなガキ3人来るから足止めしといてくれ。」

「了解。」


ピョイ、と椅子から跳び下りてパタパタ走る様子からしても「きっと同じ歳か下だと思ってたのに、意外だわ、」と言えば、「フフ、怒られるわよ。」とロビン。サンジくんはレディ2人が微笑みあってる……。とかぼやいて鼻の下を伸ばしていた。


「メーーーーーシーーーーー!!」


そうこうしてる内に、叫び声と共に扉が開き、文字通り飛んできたルフィを、話題の彼女は片手で止めて見せた。


「お??」


突き出していた拳を捕まれ、ルフィがキョトンとする間に、マコちゃんはルフィをダイニングから蹴り出した。




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