槿花一日。








珍しく、この俺が用があるというにも関わらず現れない羊頭を探して、奴の部屋までやって来た。我が物顔でノックもせずに扉を開け放つも中は無人で、もしかしたらモリア様のところにでも行っているのだろうかと、一つ息をついた。この城に来てから使っているこの部屋には何度も訪れているが、改めて見回しても殺風景な部屋だと思う。幼い頃は度々遊びに来ていたが、その頃からまるで変わらないようにも思える。『必要なものは全てモリア様より頂いておりますので。』と言って自分のものはさして買っていなかった気がする。欲のない奴だと、欲しいものがないなんて変な奴だと思った記憶がある。
どうせなら、奴がこの部屋に戻って来るまで居座ってやろうかなどという考えが過り、ツカツカと部屋の奥にあるきっちり整えられたベッドの脇まで行くと体を翻し、敢えて勢いよくベッドに座った。体が反転するのに合わせてスカートが翻り、ぼふんという音とともにベッドにお尻が沈み込んだ。俺の動きに合わせるように、背後からついて来ていたゴーストが俺の周りをクルリと滑るように回った。
グッと伸びをして、力を抜くとパタリと腕が体の両脇に墜落した。ふと視界の端に宝石箱が映って自然と首をそちらに向けた。ベッドの脇の枕横にあるサイドボードの上に鎮座している大した大きさも無い古ぼけたそれは前に来た時もあっただろうか?そして、奴はこの中にしまいこむようなものを持っているのだろうか?そんな興味に駆られて、衝動のままに宝石箱を開く。鍵穴があるから開かないのではないかという一抹の不安を裏切る様にあっさりと開いたそれの中には、宝石箱に相応しい、宝石や指輪、懐中時計と一緒に、押し花のしおりや、くたびれたマスコット、ただの石などが詰め込まれていた。なんでまたこんなものを大事にしまってあるのかと、一通り中身を出し切った後に首を傾げてみる。しかしそんなもの当の本人に聞かないと分かるはずもなく、致し方ないと中身を片付けようとした。すると宝石箱の底板と側面の間から何か布の端っこのようなものが不自然に飛び出していることに気が付いた。
金の縁取りのしてある紫の、その布を少し引っ張ってみるとどうやらリボンのようだ。もしかして、この宝石箱は二重底になっていて、底板の更に下に何か入ってるのだろうか。そんなことを思いつき徐に宝石箱をひっくり返してみるが板は簡単には外れてくれないらしい。どこかに鍵穴でもないかと、箱自体をよく観察しようと持ち上げた瞬間、

「おや、ここにいらっしゃいましたかお嬢様。」

と、すっかり宝石箱に夢中で忘れかけていた、この部屋の主が戻ってきた。すっと音もなく入って来た執事服を着た水色の綿毛の羊の頭に、驚いたあまり思わず宝石箱を取り落とすところだった。

「き、急に入って来るな……ってここはラチェレの部屋だったな…。」

いつものように思わず怒りそうになって、寸でのところでその怒りはあまりに理不尽であることに思い至った。むしろ勝手に部屋を漁って怒られるべくはこちらに違いない。

「何か御用メェですか?…と、随分懐かしいものをご覧になっておいでですね。」

しかし、そのようなこと口にせず俺がここにいるということは、と気を利かせてくれたラチェレが俺の手元を見て言葉を発する。どうにもラチェレ本人にも懐かしいもの、つまり久しく見ていなかったものらしい。それに気が付いたのか、ラチェレは俺のすぐそばまでやってくると、宝石箱から出された品々を見て、
これは、旦那様に仕え始めてしばらくしたころに頂いた懐中時計
これは、無人になった海賊船の掃除をした際に発見してそのまま旦那様がくださった宝石
とそれぞれに対するエピソードを語り始める。そしてその語りは先ほどの宝石箱には似つかわしくないがらくたへと移る。

「こちらのお花はお嬢様がこの島で咲いていたものだと言ってくださったものを押し花にして栞にしたものでございます。」

それから、こちらは裁縫をお教えした際に初めてお嬢様が自力で作り上げられたマスコット
これは綺麗だからお前にやる、と初めてお嬢様が私メェにくださった石
と、ガラクタだと思っていたものはなんと全部幼い自分がラチェレにあげたものだったということが判明して顔から火が出そうだった。最近はそういえば何もくださらなくなりましたね。昔は…とラチェレが言い出していたので今度、もっと可愛いマスコットでもあげようと決意した。
一頻りラチェレに宝石箱の中身を解説してもらったところで、

「ところでこれは何だ?」

と先ほどのリボンの端のようなものを指した。するとラチェレは「おや、いつから挟まっていたのでしょうか。」と言いながら自身の執事服のポッケから鍵束を取り出して、その内の一つを宝石箱の底にさした。カチリ、と鍵の開く小さな音がして底板が跳ね上がる。

「面白いものではございませんよ。」

と言ってラチェレが見せてくれた底板の更に下にあったものは、

「勲章、か?」

小さな勲章だった。何かの紋章を象った銀に、先ほどの金縁の紫のリボンが2本くっついているだけのシンプルなもの。きっと多く出されたそんなに凄い勲章ではないのだろうと良く分からない俺でもわかる代物だった。

「えぇ、昔お仕えしていた方から頂いた初めての勲章でございます。最後の勲章でもありましたが。」

そう言ってラチェレはその小さな勲章を底板の下に、今度はリボンを挟まないようにきっちりとしまい込むと底板を閉めた。

「大したものではございませんが、銀で出来ておりますので、モリア様やお嬢様に何かあった時に役に立つやもと思いまして。」

そう言いながら、勲章をしまった底板の上に先ほどまで沢山語っていた彼の宝物たちを置いていく。まるで勲章を底に底に押し沈めるようだった。嫌な思いででもあるのだろうか、それとも何か未練があるのだろうか。きっと聞いても答えてくれないのだろう。いつもその羊頭の着ぐるみを取ってくれないように。何となくそんな気がしてラチェレが勲章を沈めるのをじっと見ていた。

ぱたり。

宝石箱自体の蓋も閉められて、元あった場所に置き直したラチェレはこちらを振り向くと

「お茶にでもいたしましょうか。」

といつもと変わらぬ調子で提案してきた。

「甘い菓子もつけろよ。」

何となく面白くない気分にはなったが、それでもラチェレの淹れるお茶と付け合わせのお菓子は美味しいのだ。

「勿論にございます。お嬢様の御用メェとあらば。」

そういって恭しく礼をして見せる羊頭に、また積もったもやもやした気持ちを今日も紅茶に溶かして飲み下すのであった。





Mail
お名前


メッセージ