槿花一日。








「食う気になったか??」

「いらないってば。」

「ここに置いとくから、」

「………っだから!!」


コトリと目の前に置かれた皿。でも、私は食べない。食べれない。知ってるの。あなたが手付かずのまま冷え切ったそれを、後でこっそり平らげるのを。


「一口でもいいから。」

「くどいわ。」


ここの家にやって来てまだ数日。親戚中をたらい回しにされた挙げ句私が押し込まれたのは遠い遠い親戚のゼフ叔父さんがやっている小さなレストラン。

そして目の前に居る金髪の男はサンジというらしい。ゼフ叔父さんの養子だとかで、叔父さんと一緒にレストランで厨房に立ちながらも専門学校にも通ってるらしい。


「それじゃ、後で皿取りに来るから。」


優しそうに笑う彼が、扉を閉めて部屋から出ていく。おいしそうなリゾットが湯気を立てたまま目の前に鎮座する。


でも、食べれない。
………食べれないのよ。


1時間程したら彼が皿を取りに来るんだ。そして、冷えたこれを、食べるんだ。わかってるだろうに。なんで、毎日持って来るんだろう。なんで、私なんかに構うのだろう。



Ж




高校生にも関わらず、中学生に見えるような小さな彼女。スラリとした身体は単にやせ細っているだけだと気付いたのは彼女が来て2日目のこと。

拒食症らしいと、クソジジイは言い、俺らの料理どころか、どんなに促しても口にするのは水くらい。それさえも吐き出してしまうことすらある。


「入るよ。」


扉を開けた先の部屋はまだ8時過ぎだというのに明かりが落とされていて、1時間程前に置いた皿は、そのまま少しも動いた形跡はなくそこに置いてあった。


「寝ちゃった??」


ベッドの上に見える布団に丸まっている彼女に問い掛けるも返事はなく、皿を手に取ると、静かに扉を閉めた。


「おやすみ。」


一言残して。そのままリビングに戻れば、クソジジイが居て、


「今日も食わなかったか。」

「あぁ、」


テーブルに座るとリゾットを口に運ぶ。


「食欲そそるようにスパイシーな薫り付けしてみたんだがなぁ。」


冷めたところで味落ちしないそれを飲み込みながらぼやく。


「せめて、水以外のもんも飲んでくれりゃあいいんだがな。」


それならまだましなのにな、といえば、


「まだ、部屋に入れて、喋って、水飲んでくれるだけマシだろう。」


と、クソジジイが困ったようにため息をつきながら後頭部を掻く。


彼女が来て、一日目は声を聞くどころか、目が合うことすらなく、せっかく用意した歓迎パーティーの料理を主役抜きで食べる嵌めになり、二日目からは、部屋から出てこなくて、水を飲んでくれたのですら、五日目のことだ。で、今日で十日目。


『いらないってば!!ほっといてよ!!私は死にたいの!!』


彼女がそう泣き叫んだのは六日目だったろうか。何が彼女をそうしたのか、何が彼女を狂わせたのか、わからないけど、ただ、彼女の笑顔が見たくて、ずっと口を付けてすら貰えない料理を毎日作り続ける。

毎日、毎日。
君が食べてくれるまで、
君が、食べてくれてからも
多分ずっと。



Ж




苦しい、悲しい。

今までの人々は私を邪魔物扱いしかしなくて、で、私は自分を邪魔物だと思ってた。何番目だろうか、私が居候したある家で、酷い食べ物しか、そうまるで家畜のような物しか与えられず、その頃はまだ空腹という感覚が在ったにも関わらず、それを殺す他なくて、次の家ではそれすら貰えず、そんなところばかりで、いよいよ空腹感が死滅した時にここに来た。

叔父さんも、サンジも、いい人だ。わかってる。わかってるけど、彼らから与えられる温かい感情を素直に受け取り、欲しいと、望むには、私の心は歪み過ぎた。

今日もまた、私が食べなかったそれ、あなたが食べるのね。サンジが部屋を出た後、こっそり起き出して、リビングを覗けば、叔父さんと彼が居て、何やら話していた。サンジは、さっきまで私の元にあったその料理を食べていた。その光景から目を逸らすようにその場から離れようとした時、不意にリビングの扉が開く。


「そんなとこで様子伺ってねぇで入ったらどうだ。」

「ゼフ叔父さん…、」


思わず後ずさってしまったにも関わらず、叔父さんは嫌な顔ひとつせずに私をリビングに引っ張りこんだ。


「あれ、寝たんじゃなかったんだ。」


テーブルに座ってたサンジがこっちを振り向いて微笑む。こういう時どうしたらいいのだったっけか。ただ黙って立ち尽くす私を見て、叔父さんは私の腕を引きサンジの向かいに座らせた。


「丁度そのチビナスとくだらねぇ話してたとこだ。寝れなくて暇なら混ざってけ。」

「チビナスって言うんじゃねぇつってんだろクソジジイ。」


叔父さんはサンジの横に座りサンジは逆に立ち上がり空になった皿を片付けに流しに向かう。その様子を眺めていれば


「なんだ、チビナスの食ってたやつ食いたかったのか??」


と聞かれ、首を振る。


「………な、んで。」


詰まりがちに言葉を紡ぎ出せば皿を洗い終えたサンジも目の前に座る。


「なんで、私食べないのに、いつも、」


一番言いたかった言葉を


「なんで、いつも、わざわざ私が食べなかった余りを、」


ゆっくり紡いでみる。


「なんで………。」

「なんで、って」

「当たり前だろ。」


しどろもどろな問いに2人は言う。


「お前は家族なんだろ??家族に飯作ってやって何が悪い。」

「それに俺達ゃシェフだぜ??」

「お前は半人前だけどな。」

「んだとクソジジイ?!」


"家族"というワードに目をしばたかせ、いきなり喧嘩を始めた二人に目をぱちくりさせ、言い争う2人の顔を交互に見る。

「まぁ、ようするに俺らが好きで勝手にやってるだけだ。変な気を使って遠慮するんじゃねぇよ。」


ひとしきり言い争った後、叔父さんがそう言って私の頭をポンポンと撫でた。


「…………。」

「俺らとしちゃあ食ってくれる方がいいんだがな。」


そう言ってタバコを蒸し始めたサンジも叔父さんもなぜだか笑っていた。


「あ、そうだ。」


戸惑う私を余所にサンジが立ち上がり冷蔵庫に向かう。戻って来た彼の手には小さなお皿。


「…………??」

「お客様の食事の後にサービスで出そうかと思って試しに作ってみたんだ。よかったら試食してくれねぇか。」


ラップを取ったその皿の中には小さい丸いチョコレート。ニコニコしながら皿を目の前に置くサンジ。そんな彼についに苛々が募り、


「………だから!!」


ほぼ反射的に椅子を蹴り飛ばしながら立ち上がり、机を両手で、力一杯たたき付けていた。そのあまりにもでかい音に、我にかえった時にはやらかした感じに静まり返り、叔父さんもサンジも、ただ黙って私を見るだけだった。


「食べたくないって言ってるじゃない…。」


無性に泣きたくなって俯いて絞り出した声はあまりに小さく、いたたまれない感じが溢れ出し、その場を逃れようと、廊下に向かおうとする、けど、サンジが私の腕を掴みを引き止めた。


「ごめんね。」


違う。謝らせたい訳じゃない。どうして、どうして上手くいかないんだろう。振り返った先に居たサンジは寂しそうに笑う。違う、そんな顔させたくないのに。頭なんか撫でないでよ。泣きたくなるじゃない。

ぐるぐるぐるぐる、自分がどうしたいのかわからないまま、時間が過ぎていく。口を開くもなんて言ったらいいかわからない。ただ、泣きそうな顔のまま、サンジを見つめていた。


「ちが……。」


何が違うのかもわからないのに、とりあえず何か話さなければと思った矢先、何かが口の中に入った。


「!?」

「うん、ごめんね。」


それがチョコレートだとわかり、びっくりして目を見開き、反射的に吐き出そうとした私の口をサンジの手が塞いだ。


「でも、クソ旨ぇだろ??」


口の中で甘い甘いそれが溶けていって、久しぶりのそれが余計に美味しいと思った。口を押さえられて息が出来ずに、まんまとそれを飲み込んだのを見てサンジが悪戯っぽく笑う。


「食えただろ??」

「無理矢理食わされたの間違いよ。」


キッと睨みつければ、


「無理矢理にでも一口食べさせればお腹減るんじゃないかと思って。」


と、へらへら笑う。同時に私のお腹が鳴る。


「ほらね、」


なんだか全部サンジの思い通りになった気がして、恥ずかしいのも重なって、


「あんたなんか大嫌い!!」


気が付けば叫んでいて、ショックを受けたらしい、サンジが目の前でわかりやすく激しく凹んで、ゼフ叔父さんが笑う。


「嫌わないで下さいよ、プリンセス。」


私を見てそう言ったサンジをしかとすれば、今度は膝を折りがっくりとうなだれる。


「…ご飯。なんか作って。」


ぽつりと言えば、サンジが直ぐさま立ち上がり


「喜んでプリンセ「いいかな、ゼフ叔父さん。」


またうなだれる。


「残念だったなチビナス。」


立ち上がった叔父さんがサンジに向かってにやりと笑う。


「畜生なんだってんだよ嫌みったらしく言いやがってクソジジィ!!」


それにつっかかるサンジが、なんだか駄々こねる子供に見えて、つい笑う。そしたら叔父さんとサンジが目をしばたかせてこっちを見た。


「しかめっつらより笑った方がいいじゃねぇか。」

「やっぱレディは笑顔が一番だな。」

「そうかな??」


首を傾げると叔父さんが私の頭をわしゃわしゃ撫でる。ボサボサになった髪を撫で付けながら


「叔父さん頭撫でんの好きね。」

「嫌か??」

「あやされてる子供みたいだからヤダ。」

「ガキだろ。」

「むぅ。」

「だって俺にしてみりゃこのチビナスもガキだからな。お前もガキ同然だ。」


と、サンジを指す叔父さん


「ガキ扱いすんじゃねぇ!!直に二十歳だぞ俺ぁ。」

「二十歳だからなんだ。俺の何分の1だと思って。」

「てめえと比べんなクソジジイ!!」

「幼い兄弟の喧嘩に聞こえるのは私だけかしら。」


そんな二人の喧嘩に水を差せば、それぞれに顔を見合わせ笑う。


「私、この家に来れてよかった。」












(「おい、ジジイ今から歓迎会しようぜ。」)
(「奇遇だな俺も今思った。」)
(「いきなりそんな食べないわよ!?」)







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