まごころ
「お帰りなさい」

 天幕に入ると同時に、聞き慣れた愛しく思っている人の声が鼓膜を撫でた。
 こういう時には何と返すのだったのだろうかと、最近仲間達から教わったことをウォーリア オブ ライトは思い返す。

「ただいま、フリオニール」

 そうだ、この言葉だ。
 ウォーリア オブ ライトの返事を聞いて、フリオニールは微笑んだ。
 最近、話し方や言葉遣いが堅苦しいと仲間から指摘を受けた。そして、色々教えて貰っているのだが、まだ使い馴れていないいないせいか咄嗟に出ないのだ。仲間達に近付くために早く馴れねばと思う。

 どうやらフリオニールは、先程まで火の番をしていた私を待っていてくれたらしい。汚れのないナイフが彼の傍らに置かれ、手入れする時に使う道具が僅かにその近くに並べられていた。

「寝ないで待っていてくれたのか?」
「あ、ああ。貴方に渡したいものがあって」
「私に?」

 それなら別にわざわざ起きていなくても、渡す機会はあったはずだ。合流した時でも、食事の時でも。
 そう言えば、フリオニールは少し困った顔になる。

「みんなに見られるのが恥ずかしかったんだ」
「何故だ?」
「いや、気にしないでくれ。こっちの話だ」

 真っ赤な顔で、フリオニールはそう言った。何を恥ずかしがっているのかは解らないが、林檎のようなその頬が可愛いらしいと思う。
 フリオニールは自分の背後から、準備していたであろう物を出し、ウォーリア オブ ライトに差し出した。

「はい、これ」

 それは手の平に乗る程度の小さな箱だった。

「開けても?」
「うん」

 本人の了承を得て、小箱を開ける。
 その中には、様々な色の綺麗な小石が繋げられた腕輪があった。形状からして、腕輪というより数珠に近いかもしれない。
 手製なのだろう、石の形や大きさは不揃いだが、どの石も丁寧に磨かれている。
 小石はランプの暖かい光に照らされて、きらきらと輝いていた。

「これは…」
「…やっぱり、いらないか?」

 ウォーリア オブ ライトがまじまじとその腕輪を見ていると、不安そうな声が横から聞こえた。
 その声にフリオニールの方を見れば、自信なさげに眉尻を下げたフリオニールがいる。

「いや」

 ウォーリア オブ ライトは緩く首を降る。

「私は嬉しい。有り難く受け取ろう」

 そう言えばフリオニールはパッと顔を明るくして、嬉しそうに笑った。
 こういう素直なところが好きだなと思う。彼に己の想いを告げる気はないのに、心底嬉しそうに笑う彼を見ると口が滑りそうになる。

 ウォーリア オブ ライトは長い間、フリオニールへの恋慕を隠し通していた。
 気付いているのだ。己の言葉は真っ直ぐな彼を迷わせる切っ掛けになるだろうと。
 彼は戦士として私を尊敬し、熱い視線で見つめているのであって、そこに特別な感情はないのだ。彼は誰にでも優しいし、懐が広い。だから、勘違いしてはいけない。
 もし、私が想いを告げたら、心優しい彼のことだ。私に何て返せば良いのか思い悩むだろうし、気を遣って今みたいに気安く話してはくれなくなるかもしれない。それは私の本意ではないし、戦いにも支障がでる。だから、私は告げるべきではないのだ。

「それ、お守りなんだ。昔、村の人達が作ってたの何となく思い出してさ。狩りや旅に行く人を守ってくれるらしい。貴方にぴったりだろ?」

 フリオニールはそう言って朗らかに笑う。

「貴方はいつも真っ先に敵に飛び込むから」

 笑っているのか、困っているのか複雑な顔をフリオニールはしている。
 私は何と声をを掛けたら良いのか解らずに、腕輪を身に着けそっと光に翳す。

「私は、君に要らぬ心配を掛けているようだ」
「あっ、別に貴方の力を疑っている訳じゃないぞ!これは俺の質というか…」
「知っている」

 顔がにやけてしまいそうだと思った。彼は私の身を案じてこれを作ってくれたのだ。これを喜ばなくて何を喜ぶ。
 もし、今ここに彼を弟のように可愛がるライトニングがいれば、私の顔を気持ち悪いと言って殴っていたかもしれない。

「しかし嬉しいのだが、普段は着けられないかもしれない」

 腕には小手を装着しているし、何より戦いで壊れてしまうかもしれない。残念だとそう言えば、フリオニールは全く気にしていない様だった。

「知ってるから別に気にしなくても良いさ。その、装備を解いた時に、気付いた時に着けてくれれば良いから」
「そうか、ならばそうしよう」

 その晩はそこで会話を切り、眠りに就いた。
 ランプを消した暗闇の中でも仄かに光る小石を、私は寝床の中で撫でた。隣で眠る想い人を撫でるように。


 フリオニールから腕輪を貰った晩から何日か経過した。
 あの晩からウォーリア オブ ライトには装備を解いた後に腕輪を着けることと、眠る前に腕輪の石に触れることが日課になった。
 彼と天幕を共にしたフリオニール以外の仲間達はそんなウォーリア オブ ライトを見て人知れず微笑んだり、気をもんだりしているのに当人は気付いていない。

「まさかフリオニール君が本当に渡すとは思わなかったなー」
「ツノカブトさ毎日のように眺めてるよな、あの腕輪。そんなに大事なら早く言っちゃえば良のに」

 昨夜、同じ天幕だったヴァンが呆れたように言う。ラグナはその様子に目を瞬く。

「あれ、気付いてたの?」
「そりゃあ、気付くよ。俺だって子供じゃないんだ」

 頬を膨らませたヴァンをラグナは笑う。

「いやいや、17だろ?まだまだ子供だと思うぜ?」

 ラグナは口ではそう言うが、脳裏に過ぎった同じ17歳の寡黙な青年を思い出し、あいつよりは彼は大人なのかもしれないなと思い直す。
 ラグナとヴァンが手合わせの合間にそう話していると、そこに居合わせたバッツとセシルが会話に加わる。

「そういえばフリオニール、寝る間も惜しんで作ってたよね」
「そうそう、俺が手伝おうか、なんて言ったら、自分の手で最後まで作りたいからって言われちゃったぜ」

 数ヶ月前のフリオニールを思い出すようにセシルが言えば、バッツも苦笑い混じりにその時の様子を言う。

「野暮なことを言ったね、バッツ」
「本当だよ。俺はてっきり自分用に作ってるのかと思ったんだよ。フリオニールって色々着けてるしさ」
「あぁ、あれは、元の世界の仲間から貰った物だと思うって言ってたよ」
「そっかー」
「いい加減くっつけば良いのに、あの二人」

 ヴァンが先程言っていたことを再び口にすれば、既婚者の二人は笑う。

「本当だよなー、ヴァンの言う通りだ。…人間、いつ別れるか解らないしな」

 ラグナは遠くを見つめるような目で自身の指輪を見る。

「今夜は僕が天幕が一緒だし、後押しでもしてみようか」
「お、それは良いな!」

 セシルの提案にバッツは同意する。全く正反対のように見える二十歳の二人だが、似ているところが多々あるようだ。


 月が皎皎と輝いている。その輝きを見つめ、そういえば、今夜の天幕はセシルとだったなと、近くの泉で水浴を終えたウォーリア オブ ライトは思い出す。
 天幕に入ると、セシルは敷かれた毛布の上に座って本を読んでいた。

「お帰り、ウォーリア」
「ああ、ただいま」

 半身のみの装備を解き、念のため持って行った剣を枕元に据える。そして、いつものようにフリオニールから貰った腕輪を身につけた。
 その瞬間、セシルは本を閉じ、顔を上げて首を傾げた。

「それ、フリオニールからだよね?」

 確認のようにセシルはライトの手首に着けられた腕輪を見て言う。

「ああ、そうだが」
「じゃあ、その腕輪の意味を知ってる?」

 あの夜、フリオニールが言っていた村の風習のことだろうかと思い、彼から聞いたことをそのまま答えた。
 するとセシルは腕を組んで、ちょっと違うと言う。

「僕がフリオニールから聞いたのはね…、狩りや仕事で村を離れる旦那や恋人に送る風習が昔あったんだって」

 セシルの言葉に耳を疑う。

「つまり、それは」
「鋭い貴方なら分かるよね」

 勘違いしても、良いのだろうか。
 私が逡巡していると、セシルは畳み掛けるようにこう言った。

「フリオニールがそれを上げた日を覚えているかい?
その日は、僕達の国では大切な人…想い人や恋人だね、そういう人にプレゼントをする日なんだよ。自分の気持ちを伝えるためにね」

 セシルは暖かい視線で私を見ている。
 それを聞いて、私は明日、彼に告白をしに行こうと決めた。


12,02,14


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