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過去拍手、小ネタ置き場

::雲を掴む人 2(アラウディ)




「とにかく、アラウディ様にはもっと高貴な女性がお似合いなの。あなたなんか連れて歩いていたら、彼が恥をかくわ」


「自分のせいであの方の評価を下げたくないなら、大人しく身を引くことね」


「アラウディ様だって、あなたがあんまりしつこいから仕方なく恋人ごっこに付き合ってくださってるのよ? 申し訳ないとか思わないのかしら?」


「…………」



途中まで聞こえていた反論の声は、いつからかすっかり鳴りを潜めてしまっていた

そのことが女共に優勢だと思わせているのか、文句もいっそう刺々しいものになってきている


囲まれているせいで彼女の表情はわからないが、何やら俯いているようだ

そしてその雰囲気はどこからどう見ても芳しくない


次の瞬間に彼女が泣き出すのが早いか、それとも調子づいた女共の手が上がるのが早いか、これはいよいよ一触即発だ

そうなったらさすがに助けに行ってやらなければならないだろう


……が、それは同時にアラウディの失望も伴うことになってしまうわけで、さてどうしたものかと考えを巡らせた


すると、「何とか言いなさいよ」という月並みな台詞を最後に、女共の叱責が止む

静かになった世界に、また一気にセミの合唱が流れ込んできた


警戒しながら経緯を見守るオレ、相変わらず無表情で目を閉じているアラウディ

俯いたまま口を閉ざした彼女に、そんな彼女を見下すように勝ち誇った笑みを浮かべる女共


そんな様々な感情が入り乱れる頭上を、真っ白な綿雲が平等に流れていく

燦々と降り注ぐ日差しも変わらずに全員を照らす


そして、誰かの額に滲んでいた汗が頬を伝い、ポタリと地面に落ちたとき


それまで俯いていた彼女が、ゆっくりと顔を上げた


女の間から何とか見えたその横顔は、オレの予想に反して、怯えているどころか凛々しささえ感じるほど決然としていて。

思わず女共と一緒に目を丸くすると、彼女は真っ直ぐに目の前の3人を見据え、口を開いた



「……あなた方は、アラウディさんを何だと思っていらっしゃるんですか」


「え……」


「彼は、偶像でもお人形でもありません。ちゃんと自分の意志を持っている、立派な人です」



話し出した声は、今まで聞いたことがないくらいに真剣で、堅固な意志を宿しているようだった

アラウディもすっと目を開き、黙ってその声に耳を傾けている



「何が正しくて何が間違っているのか、自分がどうするべきなのか……アラウディさんはちゃんと自分で考えて決めていける人です。誰よりも強い意志を持っている人です。私やあなた方が勝手に「こうするべきだ」「ああするべきだ」なんて決め付けて口出しする必要はありません」


「なっ……!」



遠回しに「何様のつもりだ」と、意外にも毅然とした態度を見せる彼女に、思わず「おお、」と心の中で感嘆の声を上げる

だが一方で女共は一気に顔を真っ赤にした

否定しようのないアラウディの本質を盾にされて、それが余計に癪に障ったらしい


込み上げる羞恥がそのまま威圧感へと姿を変え、女共を取り巻く嫉心の空気に拍車をかける


……が、それでも言い返さないあたり、あいつらも心のどこかで薄々わかっていたことなのだろう

そしてそれをまた彼女も理解しているようで、その瞳は依然として女共を見つめ続けていた



「アラウディさんが自分たちの望む道を選ばなかったら、その判断は全部間違っていると仰るんですか? そんな理由でとやかく言うなんて、それは私ではなく彼に対する侮蔑です」


「な……何よ、あたしたちはアラウディ様のためを思って言っているの!」


「そっ、そうよ! あなたこそ何様のつもり!? わかったような口を利かないでちょうだい!」


「まさかあなた、本気で彼に愛されてるとでも思ってるわけ!?」



おーおー、そんな真っ赤になった顔で言われたって説得力ねぇっつーの

しかも「わかったような口」って、実際わかってるわけなんだが。


それにしても、あの普段大人しい彼女がこんなに思いがけない展開を見せるとは驚いた


そりゃあまぁ、アラウディが選んだ時点でただ従順なだけの女ではないとわかってはいたが、まさかこんなに肝の据わった奴だったとは知らなかった


すっかり目を奪われていたら、彼女は女共の言葉に一瞬だけ長い睫毛を伏せる

だがまたすぐに前を向き、すうっと息を吸い込んだ



「……確かに私は、彼に相応しくないかもしれません」


「ほ、ほら、自分でもわかってるんじゃない……!」


「ですが、1人の人間として、アラウディさんのことを心から尊敬しています。……だから私は、あなた方の仰ることより、私を選んでくれたアラウディさんを信じます」


「!」


「な……っ」


「もしご自分の言っていることが正しいという絶対の自信があるのなら、アラウディさんに私と別れるよう直談判してください」


「そ……、それは……っ」


「私はあなた方に何を言われようが、周りからどんな目で見られようが、アラウディさん本人から別れを告げられるまでは、何があっても絶対に彼に付いていきます」



きっぱりと言い切ったその瞳にも、その声音にも、彼女の揺るぎない決意が浮かんでいた

誰が何を言おうと折ることなどできない、しっかり芯の通った彼女の前で、ただ感情に任せて詰め寄っていただけの女共は為す術もなく立ち尽くす


赤かった顔から一変、それぞれが表情を歪めて悔しそうに唇を噛んでいたり、地面と睨み合っていた

もはや誰1人として彼女の顔を見ることさえできていない


……完全に勝負あったな


結末の見えてきた諍いにやれやれと溜め息を吐いて、さてあとは散らすだけだと中庭に踏み入ろうとする

だが一歩踏み出したのと同時に、キィ、と何かが開け広げられる音がした


見ると、2階の部屋、彼女たちの真上にある窓がいっぱいまで開かれている

そしてそこから顔を出したのは他でもない、このボンゴレのボスであるプリーモだ



「おまえたち」



窓枠に身を乗り出して自分たちを見下ろすボスを見て、女共は一気にサァッと青ざめた


ああ、そういえばあそこはプリーモの部屋だったな

今のやり取り、何もかも聞かれていたのだろう


……いや、プリーモだけじゃない


今は夏なのだ

どの部屋も窓を開け放しているのだから、当然この中庭に面した部屋にいる奴全員に今の会話は筒抜けだっただろう


実際、プリーモの他にも幾つかの窓から顔を出している奴らがちらほら見受けられる


おそらく女共はそれも全部わかった上で中庭を選んで、大人数の前で彼女に大恥をかかせてやろうという算段だったに違いない


それがどうだろう

すっかり形勢逆転して、反対に言い負かされたなんて痴態を自ら晒したとなれば、その羞恥と焦りは計り知れないだろう


そしてそんな女共に、プリーモはいつもと変わらない、しかし今この場では恐ろしくも見える穏やかな笑顔で続けた



「威勢がいいのは結構だが、次からはもう少し場所を考えるか、声量を落とすことだ」


「あ……っ、あの、あたしたち……」


「とりあえず、そこの3人はあとで俺の部屋まで来るように」


「「「!」」」


「それから、おまえはもうすぐ会議だろう? 遅れないようにな」


「はっ、はい……!」



3人が青ざめる一方で、我に返ってこの状況を理解したらしい彼女は耳まで真っ赤になってこくこくと頷いた


それから3人はお互いに支え合うように逃げていき、彼女も「お騒がせして申し訳ありませんでした!」と紅潮しきった顔で必死に頭を下げ、庭から走り去っていった


彼女がアラウディのことを好いているというのは周知なわけだから、窓から見物していた奴らも特に野次を飛ばすこともなく、各々がやれやれと苦笑いを浮かべて部屋の中へ戻っていく


今までのごたごたが嘘のように再びセミたちの独壇場と化した中庭には、ふわりと夏らしい温風が吹き込んだ



「……なかなかやるじゃねぇか、あいつ」



にやりと口角を上げながら振り返り、まだ同じ姿勢のままでじっとしているアラウディを見た

さぞ嬉しそうな顔をしているのだろうと思っていたが、それはやっぱり涼やかな無表情のままだ


期待外れというか、少しくらい褒めてやったっていいだろうにと何とも複雑な気持ちでアラウディを見つめると、そこで彼はふぅっと息を吐いた



「……あれは僕が選んだ女だ。あのくらい言えて当然だろう」


「は……あっ、おい!」



組んでいた腕を解き壁から離れたアラウディは、何食わぬ顔でさっさと踵を返した

呼び止めてもこいつがそんなものに応じるはずもなく、この暑さだというのに汗さえ滲んでいない白シャツが遠ざかっていくのを、ただ茫然と見送る



「(……当然、ねぇ)」



はぁ、と溜め息をついてから、本来の目的を果たそうと、セミが鳴き喚く中庭へ今度こそ歩み出た

適当な木陰にドサリと腰を下ろし、胸ポケットから煙草を取り出す



「私はアラウディさんを信じます」


「あれは僕が選んだ女だ」




ああ、前言撤回だ


「彼女を試している」なんて、とんでもない思い違いだったようだ


思えばあいつらは恋情より先にお互いへの信頼値がカンストしていたのだ

今更彼女の覚悟を確認する必要などなかったな


言うなればアラウディは、最初からこうなることがわかっていた


――――彼女のことを、最初からちゃんと信じていたのだ



「G」



頭上から名前を呼ばれた

マッチを擦ろうとしていた手を止めて見上げれば、同じ窓からプリーモがオレを見下ろしている


額の汗を拭いながら「何だよ」と視線で問い掛けると、プリーモはオレンジ色の瞳を細めて、相変わらずのんびりと笑った



「中庭は禁煙だぞ」



ぴし、と向けられた指を目で追うと、それはオレの口に咥えられた煙草を指している

数回プリーモと煙草を交互に見てから、はー……と肩を下ろした



「……1本くらい見逃せよ。今の十数分でとんでもなく疲れてんだぞ、こっちは」


「それは心中お察しするが、決まりは決まりだ」



悪いな、と言い残し、プリーモが窓から消えた

仕方なく煙草をケースに戻し、枕代わりに頭の後ろで腕を組んで、木に体重を預ける


時折吹いてくる風は生温かく、蝉の声は変わらずに騒音レベルのまま、とことんオレの昼寝の邪魔をする



そんな状況だというのに、オレの唇は大きな欠伸を噛み殺した後で、自然と弧を描いてしまっていた





あいつとこいつの恋愛事情
(ん? おお、アラウディ! なんだか究極にご機嫌だな!)
(何かいいことでもあったのでござるか?)
(……別に)




―*―*―*―
長くなりすぎて没になった拍手候補。

2015.06.12 (Fri) │ ほのぼの
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