シナモン 第一話 人妻の夢は芳しく


合作ブログより転載。ハンスさんとマシュー・ホプキンスさんは8蜜さんのキャラクターです。

「ハテノ街では、現世のスパイスと砂糖、味の素は高く取引される」
の設定で近々第二話を書きます。


ハンスはくたくたになって家まで帰ってきた。

カチャリ。「ただいま。」

誰もいない我が家に、むなしくその音は響く……はずだった。


「おかえりー。今、卵がゆ作ってるよ、ハンス

ハンスは驚き、リズム天国のSEのような声を出して後ずさりした。
そこにいるのは、冥府公務員という名の死神、東だった。

「驚かなくてもいいじゃんかー。殺しに来たんじゃないって。現世に来たついでに看病しに来たんだって。」
「だ、誰だ。」
「ああ、僕か。東と申します。冥府と現世をさまよう霊の橋渡しをしています。
 でも今日は休日なので、知人に頼まれてハンスさんの看病をしに来ました。たしか、マシュー・ホプキンスさん?」

まさか兄が死神とお知り合いだなんてという驚きより、
黒いウェーブの髪を結ったセクシーなうなじと、花柄のワンピースという「人妻です!!!!」と言わんばかりの格好をした若い女性がいるのだ。
しかも、そのくらいの年の女性に振られた直後に。驚くのも無理はない。
(実はこの格好は、東が仕事抜きで現世で遊ぶ時の格好の一つなのだ。)

「ごはんにする?お風呂にする?それとも読経?」
「その、卵粥とかいうの食べます……。」

何故、読経がメニューに入っているかわからなかったが、ハンスは食事を選んだ。
東はハンスが上着を脱ぐのを手伝い、手早くハンガーにかける。
どうして人妻もどきがいるのか、とハンスは疲れてよく回らない頭で考えたが、どう考えてもマシューの仕業だった。
(まーちゃんは女の子を触っていないとしぼんで死んでしまうのかな?)と一瞬考えたが、よくわからないので考えなかったことにした。

「今日はビールだめなんだっけ。おいしいお水用意してありますよ。」

ロック・アイスが入ったコップを、東はマシューの目の前に置く。
カラン、と涼しい音がコップから響いた。そこに、東が天然水を注ぐ。
まるでスナックにいるかのような光景がそこにはあった。

「お粥、持ってきますね。」

くるりと後ろを向く東。ワンピースから覗く暗いトーンのストッキングがセクシーだ。
本当は死神というよりサキュバスかなんかじゃないか、とハンスは疑った。

「なんですか。トイレットペーパーでも挟まってる?」

東のその一言で、「ああ、この人ただの不思議な人だ」と戻ってきたハンスであった。


ハンスは困惑した表情で、少し冷めたお風呂に浸かっていた。
人を誘うようなそぶりをする、自称なんとか公務員のヒガシとやらが、お粥を一人用の土鍋からレンゲで食べさせてきたのだ。
味は申し分ないし、お風呂からはヒノキの香りがしてくるし、不審者にしては親切だ、と思い始めた。
もしかしたら、性的な意味ではなく、物理的な意味で食べられてしまうのではないか。そうとも考えた。
でも、そんなことはどうでもいい。疲れているのだ。なれない酒で体調を崩しているし。

部屋に戻ると、「おかえり。お湯加減どうだった?」と東が嬉しそうに言う。

「ごめんね、僕はあなたに慰められたいわけじゃないんだ。そろそろ一人にして。」

ハンスはそういうと、東は笑った。

「慰めに来た?そんなわけないじゃないか!僕は取引をしに来たんだ。」

取引?魂でも食べるのか?のどまでその言葉が出かかったが、ハンスは耐えた。

「なんでも好きな夢が見られるゼリービーンズがある。
 つよーく念じてそのまま眠れば、6時間だけ、その願いが夢になる。好きな人と愛し合ってもいいし、空を好きなだけ飛んでもいい。ただし、お代は高いよ?」
「どれくらい?ただのゼリービーンズに大金は出せないよ?」

疑うハンスに、キラキラの笑顔の東。

「聞いて驚くなよ?
 あ じ の ● と ひ と び ん、だ。」

ハンスはさらに耳を疑った。味●素?それくらい今は世界のどこにでも売っているじゃないか。
やっぱり僕はバカにされている、とハンスは思ったが、疲れているので怒れなかった。

「そこにある●の素は、とびきり純度が高くて、粒子も細かい。
 僕の住んでいる場所では高値で取引される。麻薬よりも高価なんだ。
 なあいいだろ?とびきりのお菓子と交換なのだから。」
「え、本気で味●素でいいの?」
「そこのハッ●ーターンもくれたら3粒に増やすよ!」
「じゃあ、いいや。ください。」
「交渉成立!!!!」


しばらくして、玄関の扉の前で東はタバコを点けた。デリ●ルと勘違いされないかちょっとひやひやしている。

部屋の中では、ハンスは祈りながらゼリービーンズを一粒食べていた。

(イファさんと遊園地イファさんと遊園地イファさんと遊園地……!)

アルコール入りの、チェリー味のゼリービーンズは、濃厚な甘さと香りを口いっぱいに広げ、溶けていった。
と、同時に、ハンスは眠ってしまった。


「…………ハンス……、ハンス!」

ハンスが顔を上げると、それは数日前に来た遊園地だった。

「ハンス、どうしたの?疲れた?」

イファさんだ。イファさんがハンスの顔を心配そうにのぞき込んでいる。

「ううん、疲れてない。ちょっとくらっとしたのかも。イファさん、何に乗りたい?」
「メリーゴーラウンド。それと、一緒にポップコーン食べない?」

ハンスは舞い上がって、イファさんの手を引いてメリーゴーラウンドに向かった。


「今日は楽しかったね。」
「すごく楽しかったよ。あんたみたいな子がいて、私は幸せ者だよ。」
「それでね、イファさん、これから一緒に……。」

言いかけて、イファさんが目を閉じて顎を少し上げた。
ハンスは思い切って軽く唇を重ね、予約していたア●バサダーホテルまで手を組んで歩いた。


と、不意に喉が渇いたな、と思って横を向くと、そこにあるのはいつもの目覚まし時計と、
グッドラック!と東のメッセージが書かれたゼリービーンズの入った箱だった。

「やってしまった……。」

ハンスは落胆した。イファさんを抱く直前で、夢が覚めてしまった。
でも、一緒に遊園地を楽しめて、キスはできた。上出来じゃないか。でも……
それ以上を期待した自分が恨めしくなるハンスだった。

2016-12-08(23:27)


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