玩具

モノクロスカイ/3「玩具」

キー's Diary

今日の一人称はどうしようか、いつもは一人称なんか使わない。
いつもはメモみたいに使うのに、今日は自分の事を語りたい。
…そうだ、ボクにしておこう。容姿と相応しい…なら文体も少し変えておこう。


ボクは今日、空を見ていたの。
いつもいつも色とりどりで綺麗な空はボクを退屈させないから。
いつも見ていて楽しいから。
特に朝焼けと黄昏時は暖色が美しくて、思わず取りに行きたくなるんだ。
しかし、そんな願いは叶わないんだ。

それが今日だけ悲しかったんだ。
ちょっと寂しいから空を見ていたの。
そしたら…雲が明後日の方向に逃げていくんだ。
綺麗な雲が逃げていくんだ。
僕は思わず泣いてこう言ったよ。
「こんな日ぐらい真っ白い空がいいのに」と。
…情けない我侭。今でも怒られそうで怖い。

ボクは寮に帰った。
人形と玩具だらけの寝室で泣いたの、わんわんと。
どの人形も寂しいときはボクを癒してはくれないんだ。
気を紛らわせることが出来ても、癒してなんかくれないの。
かわいい人形も、ハデな玩具も、お土産のコケシも、
全部、遊んでくれても肝心なときは何もしてくれないの。


そんな人形の内の一つ、大きなくまの縫い包みで遊ぶ。
抱きついたり、動かしてみたり。
少し楽しくなってきたが、縫い包みは喋らないから、また寂しくなって。
僕はどうしていいかわからないんだ。
この縫い包みは捨てられた経験など…いや、やっぱやめとく。

でも、どうせ遊ぶならもっと肌触りのよいものがいい、な。
喋るものがいい…そうだ、タロを呼ぼう。
弱みにつけこむことに罪悪感などもう感じないから、理由をつけて呼んでしまおう。
そうだ、勉強を教えると言えばいいや。ボクは勉強だけは出来るから…
でも、他の人は呼びたくない。今は同じ捨て猫で負け犬がいいから。

どうして人間は学習なんて能力があるのだろう。
物を知れば知るほど悲しくなる。
学習なんてしても何の役にも立ちやしない。
テストの点がよくたって…これ以上言うのはタロに酷だからやめておこう。
でもこれは主張したい。どうせ奪うなら考える能力も奪って欲しかったよ。
知るということ・考えるということが残酷過ぎる刑罰だと誰かが言っていた。
そのとおりだと僕は思う。
ボクはいっそ感覚器官を全て切除して欲しかった。
死刑の方がどんなに良かったか…
でもボクにはその権利が無いから、
諦めて囚人生活を送り、こっそりと泣くしかないんだ。


そんなことを考えながら、タロに電話をした。
二つ返事で即答「OK」。タロが嬉しそうな分、悲しい。
何かを知るのは楽しいけど、でも、知るという行為は怖い。
なのに何故タロは勉強などしに来るのだろう。

ボクはそんなことを考えながら、また泣いた。
でも涙は拭かない。腫れるとばれるから。声は出さない、聴かれたら困るから。
ボクはタロが来る寸前まで泣いていたの。
物音に気を使いながら、ずっと泣いていたんだ。


そこから少し、記憶が曖昧で思い出せない…。
たしか…えーと。
思い出せるのは、タロが必死にボクを宥めていたこと、かな。
タロが必死にボクを抱きしめて、ずっと頭を撫でて、ずっと何か言ってて。
回りに文房具と本が散らかってて。
どうやらボクは錯乱して何かしでかしてしまったようだ。
タロの手が、真っ赤…ボクの服も少し赤い。

でも、タロが言っていた。

「大丈夫だよ、どうせ僕らは自由なんだ、
 でも、箱の中の捨て猫なんて、誰も拾わないから、ずっと一緒だよ。
 捨て猫だから躾られる必要は無いんだ。ね、だから、落ちついて。
 無理に外に出なくたって空は見えるから。ね?」

これだけ、覚えている。
ボクはがたがたと震えながらまた泣いていたんだ…

そこで見せたタロの笑顔が、怖かった。
優しくされることがもう怖くなってしまっていたんだ。
ボクは混乱してそのまま…また、記憶が無い。


気がついたら、朝。
タロが横で寝ていてくれた。
ボクはそのまま横で寝て、タロが起きるまで頭を撫でてみた。
やわらかくて、あたたかくて、いきをしている。
…タロが人形の代わりをしてくれないかなぁ……
そう思ったけど、ボクは言わないで、暫く撫でてみた。

「…おはよう」

タロが起きて、笑顔で言ってくれた。
おはよう、なんて聞くのはどのくらい振りだろう…。

「…よっといせ、と。」

ゆっくりと起きあがったタロはボクを持ち上げて、何故か浴室へつれていったんだ。

「ほらー、ね、昨日泣いたままだったじゃん?だから朝風呂。
 別に男の裸って嫌じゃないだろ?背中流すからさ。」

ちょっと恥ずかしい気もしたが、タロは何故か嫌いじゃないのでそうすることにしたよ。


背中を流してもらい、浴槽の中でタロが頭を洗うのを見ていた。
全身傷だらけのタロ…なのに一言も傷のことを言ったことが無い。
ボクなんて何か有ったらすぐ泣いてしまうのに。

「ねぇタロ、痛くない?」
「え?何が?…ぬヵ゙、いたたたたた」

目にあわが入って慌てて擦ってた。もっと痛かったらしくて慌ててお湯をかける。
それからまた笑顔で、

「何が?痛い所なんて無いよぅ♪」

そう言っていたが、涙目だし左手の甲がボロボロだ。

「…もしかして、キー、」
「何もしてないよ。傷をつけるのは…」

制止しておいて、肝心のことは言ってくれなかった。
だから、話を繋ぐためにボクは言った。

「もしかして、タロも勉強、きらい?」
「んー…得意じゃないけど、嫌いじゃないなぁ。怖いけど。」

その後タロが慌ててこう付け加えた。

「あー、怖いのは、えっと、んー…でも、僕はキーが好きだから!」

しどろもどろになって、肝心なことは言ってくれない。
好きだと言ってくれたが、ボクは申し訳無い気持ちしか持っていなかった。
縋りたいとも思ったけど、どうすればいいのかわからない…とりあえず、

「キーもすきだよ、タロがね!」

明るくこう答えておいた。




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