翌日、ジャーファルはいつものようにアルバを起こしに行くが、彼は昨日のことを気にしているのか何処かぎこちない。
仕事のことや天気の事など、とりとめのないことをぽつりぽつりと話しかけるが会話は続かなかった。

昨日はあからさまに不機嫌な態度をとってしまったかなとジャーファルも少し反省はしている。
だが昨日、アルバに関係ないと言われたとき何故か急に虚無感に襲われた。
その空虚の理由が分からないまま、虚しさを隠すように冷たい態度をとってしまったのだ。

その日、アルバがやっと自分から声を発したのは夕食後、食堂から彼の自室に向かう途中だった。

「…あの、ジャーファル…」
「はい」
「き、のうはごめん…」
「…何がです」
「心配してくれてたのに、嫌な、言い方して…」

立ち止まって俯いたアルバの表情は分からないけれど、細い肩が何かに怯えるように小さく震えていた。

「…もう怒ってませんよ」

安心させるように出来るだけ優しく言うと、アルバは弾かれたように顔を上げた。
不安気に揺れる双眼と視線が絡む。

「…怒ってないの?」
「ええ」
「…蹴ら、ないの?」
「………は?」

言葉の意味が汲み取れなくて微かに眉を潜める。

「何故、蹴るんです?」
「っ悪いこと、したから…」

再び俯いてしまったアルバの肩はやはり震えている。

「アルバ?」

名前を呼ぶと肩がビクリと大きく跳ねる。

「泣いてるんですか…?」

無意識に手を伸ばして触れた頬は濡れていた。

「…っう」

ほろほろと溢れる涙を指先で拭ってやる。

「ごめ、ごめんなさい、ごめん…っ」

大粒の涙を溢しながら、か細い声で謝罪を繰り返すアルバに居た堪れなくなって優しく抱き寄せた。

「大丈夫ですよ、怒ってません」

幼子をあやすように背中を撫でさすって優しい拍子で叩くと、アルバもジャーファルの官服を握って縋るような仕草を見せた。



どのくらいそうしていたのか、暫くしてアルバがやっと落ち着いていたようでしゃくりあげる声が止んだ。

「…アルバ、部屋行きましょうか?」
「………」

俯いたままこくりと頷いたのを確認して、ジャーファルはアルバの手を取って歩き出す。
アルバは終始無言だったが、繋いだ手は強く握り返された。
部屋の戸を開けてアルバをベッドに座らせる。

「また朝起こしに来ます。おやすみ」

アルバの柔らかい髪を撫でると掠れた声で、おやすみなさい、と小さく聞こえた。


ーーーーーーーーーー


何故泣いてしまったのかは分からない。
何にそんなに必死に謝っていたのかも分からない。

ただ彼に抱き締められたあの瞬間に、どうしようもなく安堵したのだ。
大丈夫と紡ぐ優しい声に、背を撫でてくれる手に、それまで感じていた彼に突き放されるかもという不安がふっと和らいでまた涙が出た。

ジャーファルに暴力を振るわれると思っていたわけじゃない。
ただ今までのアルバにとって謝罪と痛みは常に共にあるもので、涙と人の温もりは決して共存しないものだったのだ。

誰かに触れられていることで安心感を得るのは初めての体験で、ごく自然に彼に縋った。
頭の中に残っている彼の声に安堵している自分がいて戸惑うが、嫌な感情ではなかった。

(ジャーファル…)





ー大丈夫ですよ





アルバは初めて感じる暖かい感情に身を任せて瞼を閉じた。





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