設楽が報われない片想いの話です。
「紺野先輩と付き合うことになったんです」
はにかみながらあいつにそう告げられたのはいつだっただろう。事実だなんて認めたくなくて、考えないようにしていた。
目に見えて2人とも幸せそうなオーラを出すようになった。俺の気持ちになんて気付いていない2人は平気で人の気持ちを踏みにじるようなことをするんだ。
「……はぁ」
車を待つ誰もいない放課後の教室で静かに溜息を吐く。駄目だ。一度考え出すと止まらない。
何で、紺野なんだ。何で俺じゃないんだ。
「あれ、設楽先輩」
「――」
突然あいつの声で名前を呼ばれ息が止まりそうになった。
何でこいつが3年の教室に……。
「んっと……紺野先輩まだみたいですね」
あいつの口から出た紺野という単語に頭が急速に冷えていくのが分かった。
大方帰る約束をしていたが紺野が遅いので迎えに来たというところだろう。
「生徒会の用事だろ」
紺野といえばこいつと生徒会くらいしか思い浮かばない。馬鹿みたいにこいつのことを大事にしてるんだ。
「そうみたいですね」
「……」
「……」
「……何でここにいるんだよ」
「鞄あるみたいだから、ここで待たせてもらおうかなって」
この場を去ろうとしないあいつに声を掛けると、紺野の席に視線をやった後そう答えた。
「設楽先輩は車待ってるんですか?」
「ああ」
「じゃあお話して一緒に待ってましょ!」
無邪気な笑顔で俺の前の席のイスにこちら側を向いて座る彼女。こいつの顔を久しぶりに近くで見た気がする。同時に俺の中のこいつを思う気持ちはまったく衰えていなかったことを再確認し嫌気がさす。
「俺は話すことなんかない」
「あ、ひどーい。最近2人でゆっくり話してないから、私はいっぱいありますよ」
無邪気は無神経と紙一重だな。こいつは俺の気持ちを知らないから仕方ないと言えばそれまでだが。
話す時間がなくなった?当然だろう。お前は紺野のものなんだ。
「そういえば先輩、聞いてくださいよー。紺野先輩ってばこの前……」
口を開けば紺野の話題ばかり。紺野も同じ。何なんだ、お前らは。俺のこと何だと思ってるんだ。
ああ、苛つく。
こいつを手に入れた紺野も。
幸せそうに目の前で笑っているのに、俺のものにはならないこいつも。
好きだと言えない自分も。
全部ムカつく。
「……お前、紺野とはもうキスしたのか?」
「え、えぇ!?いえ、そんなのまだ……っていきなり何聞くんですか先輩!」
真っ赤になって狼狽える様子とそんなのまだという言葉から察するにしてないんだろうな。紺野、大事にしてるもんなこいつのこと。
「……早くキス、したいんですけどね。本当は」
秘密ですよと人差し指を鼻に当ててはにかむ姿に、自分の中の何かが崩れるのが分かった。
「設楽先輩?」
立ち上がってあいつの前に行くと不思議そうに俺を見上げる。そんなこいつには気付かないふりをしてその細い腕を引っ張り自分の腕の中に収める。
お前の匂いがすぐ間近でしてたまらなく愛しくなった。
「設楽先輩!?」
驚いて抵抗するが所詮女の力。離してなんかやるものか。ずっとこうして抱きしめたかった。
「先輩やだっ……!も、……紺野先輩……」
泣きそうな声で紺野を縋るお前。お前の中に俺はどうしたって入れないのか。
「お前の初めてのキス、俺が奪ったら紺野どう思うかな?」
そう告げれば彼女の顔が絶望に染まる。その時だけはお前の瞳はしっかりと俺を捕えていた。なんて皮肉なんだろう。
「せ、先輩はそんなこと、しませんよね……?」
恋人でもない男に抱きしめられている状態で、まだ俺を信じるのか。
こんな馬鹿なお前が、こんなに愛しいだなんて。
強まる抵抗を押さえつけながら乱暴に唇を合わせる。
俺もお前も初めてのキスがこんな寂しいものになるなんて、誰が予想しただろう。
「っ……!」
頬を打つ乾いた音が静かな教室内に響く。瞳いっぱいに涙を溜めたお前がこちらを睨んでいた。
「なん、で……」
消えてしまいそうな震える細い声。一言そう言うと踵を返してこの場から走り去っていった。
きっともう会えない。
いつかの夕陽に照らされたお前の顔は笑っていたのに。
もうお前の笑顔が向けられることはないんだな。
「何で、って……」
もっと優しくしたかったんだ。素直になって優しくすればお前は紺野じゃなくて俺を選んだか?
気持ちも何も伝えないまま失恋を迎えて、そんなの納得いかなかった。
なのに最後まで言えなかった。
伝えたかったんだ。ちゃんと言葉で、本当は。
「……好きだからに決まってるだろ」
もう一生届くことのない秘密の告白。
end.
リクエストがこない限りもう書くことがないだろう片想いもの(笑)自分で書いておきながら無神経なバンビにイライラしました(´д`)
ももさんからのリクエストで紺野×バンビ←設楽でした。バカップルしか書けない私にはこれが限界でした´`笑
リクエストありがとうございました!