春の森林公園の恐怖 




「来週の日曜日、森林公園に行きませんか?」

付き合い始めてから頻繁にするようになった電話。先輩は釣った魚に餌はやらないタイプかと思っていたが、全くそんなことはなくまめに連絡をくれる。
年も大学も違うからそういう努力は必要だろうとのこと。先輩は留学の準備、私は慣れない大学生活で忙しい日々だが少しでもお互いに時間を作ろうとしている。

「……何で」

あ、懐かしい。付き合う前に遊びに行こうと誘うと、いつも何でって聞かれてたっけ。

「デートしたいだけです」

今は堂々とそう言う権利がある。ただそれだけのことを嬉しく思う。

「もう桜は散ったと思うぞ?」
「そうですねー。でもあそこは景色いいし、ただ散歩するだけでも楽しいじゃないですか」
「……」

渋る先輩。まぁ、理由は分かっているんだけど。
今は4月半ば。桜は散ってしまい、今は黄色が公園中を埋め尽くしているだろう。そう、先輩の嫌いなタンポポが。

「……先輩は私とデートするの嫌ですか?」
「嫌とは言ってない」
「じゃあ来週の日曜日、デートしてくれますよね?」

強引に押し切ってしまえ。
先輩自身が強引なわりに、逆に強く出られるのは弱いところがある。

「……分かったよ」
「わぁい!先輩大好きです」

ごめんね、先輩。
でも先輩の弱点あんまり知らないから、唯一知ってる弱点で可愛い先輩を見たいの。










「先輩」
「何だ」
「テンション低いです」
「うるさい。来てやっただけありがたいと思え」

恋人という対等な立場なのにこの上から目線。まぁ別に慣れたけど。
待ち合わせ場所に着くなり目に入ったのは、むすっとした異常にテンションの低い先輩。

「もう帰るか」
「ちょっ、待ってくださいよ!まだデート始まってもないですよ」
「じゃあ予定変更だ、植物園にでもいこう。あそこでも綺麗な景色は楽しめる」

どう足掻いてもタンポポとご対面したくない、と。
可愛いなぁ。

「あっち、行きましょう」
「お前、俺の言ったこと聞いて……!というか待て、引っ張るな!」

植物園に行こうなんて提案はもちろん却下。しっかりと腕を組んで引きずっていく先は――。

「わ、やっぱり綺麗ですねー」
「……」

綺麗に咲き誇るタンポポが先輩をお出迎え。先輩は今日一番の嫌な顔を見せる。

「お前、あれ近付けたら怒るぞ」
「あれって?」
「あれはあれだ……っておい!」

隙あり。早速先輩の言うあれ――綿毛を吹く。
途端に先輩は慌てて耳を塞ぐ。怯えたようなその仕草が可愛くて仕方ない。

「あはは!」
「お前何笑って……!バカ、止めろ!」

そんな状態で怒られたって怖くないもん。
調子に乗って吹いたせいで、私たちの周りを白い綿毛が舞い落ちる。

「お前……!俺もやり返すぞ、いいんだな!?」

別にいいですよ。迷信だと思ってるから。
ただでさえ機嫌の悪かった先輩はたいそうお怒りのようだ。私と同じように綿毛を手に取り反撃しようと試みる。
しかし吹いた拍子に自分の方に綿毛が飛ぶのを恐れているのだろうか。なかなか吹こうとしない。そのため右肩を耳につけてガードし左手に持った綿毛を恐る恐る持っているという、周りからすれば奇妙な光景。

「やり返さないんですか」
「……いい」

そっと綿毛を地面に戻す先輩。その仕草からもどれほど綿毛を恐れているかが分かって微笑ましい。

「どうして?仕返ししてもいいですよ?」
「お前の耳が聞こえなくなったら可哀想だ」

……え。

「………」
「何だよ、俺の優しさだろ」

本気だ。先輩は本気で言っている。
笑っちゃダメ。先輩絶対怒るから。ああでも。
――可愛い。

私のことを思ってくれているのは伝わる。先輩は本気で迷信を信じているから。
だけど真顔で「お前の耳が聞こえなくなったら可哀想」って……あ、ダメ、また笑いが込み上げてきた。
可愛くてしょうがない。

「……そうですね、綿毛が耳に入っちゃったら困りますよね」
「そうだ、分かったらさっさと移動するぞ」

懸命に笑いを抑えながらそう言うと足早に言ってしまう先輩。今日はいじめるのもこの辺にしておこう。思いがけず可愛い言葉も聞けたし。
先輩を追い掛けて隣に並ぶ。

「聖司先輩」
「何だ」
「また来年も来ましょうね!」
「絶対に嫌だ!」

いつも余裕な先輩だから、たまには可愛い先輩も見たいんです。
これから春は先輩とタンポポと一緒に過ごそうと決めた日だった。




end.




バンビ先輩バカにしすぎ!(笑)
というわけで古川さんからのリクエストでタンポポネタでした。いつものうだうだした雰囲気と違うものが書けたので良かったです。
すらすら楽しく書けました。リクエストありがとうございました!



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