朝からどんよりしていた雲が厚くなり、昼過ぎには雨が降り始めた。
運転手に今日は用事があるのて迎えに行けない、雨が降るので傘を持って行くようにと押し付けられた傘を片手に思わず溜息が出る。
降り始めた頃より勢いが増した雨音が、昇降口に響く。この中を歩いて帰ることを思うと憂鬱になる。
しかし、いつまでもここにいた所で雨が止むとは思えない。
覚悟を決めて靴を履き替えたところて、見覚えのある後ろ姿。
ーーああ、会えた。
一学年下の彼女と校内で顔を合わす機会はそう多い訳ではない。
だから。
「あざみ」
振り返って俺の名前を嬉しそうに呼ぶあいつに会えた時、いつからか嬉しいと思うようになっていた。認めたくはないけれど。
「帰らないのか」
「傘忘れちゃって」
傘無しで帰れるような雨足ではないから、途方に暮れていたという訳か。
「……今日、歩きだから」
そう言いながら傘を開く。
歩き出そうとするが返事もなく着いてくる気配もない彼女を見ると、困った表情をしていた。
「帰らないのか?」
「え、入れて行ってくれるんですか?」
「そう言ってるだろ」
一緒に帰ろうと誘う手間が省けたとさえ思った。
「でも聖司先輩、遠回りになっちゃいますよ」
遠慮する彼女は、一向に傘に入る気配はない。
「別にいい」
「でも……」
「傘持ってないお前をこのまま置いて帰ったら、俺がただの嫌な奴じゃないか」
「そんなことは……」
「あるんだ!いいから早く帰るぞ」
話していても埒が明かない。
強引に手を引き傘の中に入れ、歩き始めた。
「ありがとうございます」
そう見上げるあざみの思いがけない顔の近さに驚く。ひとつの傘に2人が濡れないように入ろうとすると、こんなに距離が近くなるのか。
「聖司先輩濡れちゃってます。もっとこっち来て下さい」
さり気なく距離を取ったつもりが、目ざとく咎められる。
「いいよ」
「駄目です!これ聖司先輩の傘ですもん」
生真面目な所がある彼女が、傘をググッとこちらに押しやる。
このまま2人とも濡れても仕方ない。
「分かったよ」
当たらないように気を付けた所で、どうしても腕や肩が触れてしまう。
その度意識してしまう自分が恥ずかしい。
「……おい」
「はい?」
「何か話せよ」
いつもは頼まれなくても、取り留めもない事を話す彼女が妙に静かなのも、気恥ずかしさを増長させる原因だと思う。
「そうですねー……」
そう言ったきり、また口を噤む。
その様子が普段の彼女らしくなく、どうしたのか尋ねようとした時。
「こんな近くで聖司先輩といるんで、ドキドキしちゃいます」
とんでもない爆弾が落とされた。
こいつは馬鹿なのか?そんな事、よく口に出せるな。
くそ。頬に熱を持つ。
「傘忘れるのもいいものですね」
同じように頬を染めたあざみが、照れながらそう告げる。
「俺は遠回りだけどな」
「ご、ごめんなさい!」
その空気が何となくこそばゆく、そうは言ってみるものの。
多分彼女より、俺の方がこの帰り道を喜んでいるのだと思った。
end.