桜が見頃になった春先。私は先日晴れて恋人同士になった旬平くんとの約束のため、繁華街に赴いていた。
あの卒業式の日以来、彼には会っていない。いつもしているデートも、特別な意味を持つようで、何だか緊張してしまう。
待ち合わせ場所に着くが、そこにまだ彼の姿はなかった。どんな顔をすればいいのか分からない。やけに前髪が気になってみたり、落ち着かない。私はいつも旬平くんの前で、どんな顔をしていたっけ?
「あざみちゃん」
名前を呼ばれ振り向くと、そこにはどこか照れた彼の姿。きっと、旬平くんも私と同じなんだ。
「……何か、久しぶり?」
「う、うん。そう……だね」
ぎこちない会話。お互い意識しすぎなんだよね。わかってはいるんだけど……。
「今日は、さ」
「うん?」
「オススメのカフェがあるから、そこ行かない?」
流行に敏感な旬平くんは、素敵なカフェや雑貨屋さんを見付けては教えてくれる。そういったものを知る度に自分の世界が広がる気がする。
「うん、行きたい!」
「決まり。行こっ」
そう言って差し出される手。自分の手を重ねると静かに握り、歩きだす。
手を繋ぐなんて付き合う前からしてるのに、心臓の高鳴りが止まない。
平気に笑っていられた過去の自分に戻りたい。せっかく一緒にいるのに、どこかぎこちない空気のせいで心から楽しめないでいた。
たどり着いたカフェは、車では来られないような小さなところだった。木の素材を大事に全体がまとめられている店内は、温もりが感じられた。
メニューなどの細かいところまで気配りを感じる。そんなお店だった。
「素敵なところだね」
「でしょ?絶対あざみちゃんも気に入ると思った」
注文を終え、彼にそう話し掛けると得意気な笑みが返ってきて微笑ましくなる。
徐々に緊張も解けてきた頃、注文した飲み物が運ばれてきた。旬平くんのオススメで、カプチーノを選んだ。
「……あ」
コトリとカップが置かれ、ホッとするカプチーノの香りが鼻腔をくすぐる。
カプチーノといえば、泡に描かれるものがお店それぞれで違って楽しみだったりする。わくわくした気持ちで覗き込むとそこにあったのは――。
「あざみちゃん。……なんてね」
そう。子鹿の絵。私のあだ名である、バンビが描かれていたのだ。
「前来た時たまたまカプチーノ頼んだら、これが出てきてさ。絶対アンタに見せたいと思ったんだ」
不意に、泣きたくなった。
旬平くんの真っ直ぐな気持ちが嬉しくて。私のいないところでも、私を想ってくれる彼が愛しくて。
初めての彼氏が旬平くんで良かった。そう思った。
「……ありがと」
先程まで緊張していたのが嘘みたいに自然に笑えた。
旬平くんはそれを見て、長いため息をついた後、困ったように笑った。
「やっと笑ってくれた」
「え?」
「今日のアンタ、挙動不審だった」
それを指摘されると、何も言えない。いつもの自分と違うことくらい、自分自身よく分かっていた。
「ま、俺も人のこと言えねぇんだけど」
そう悪戯に歯を見せる彼も、私と同じく先程までの緊張はどこかに吹き飛んだようだ。
「もう友達じゃないからさ、全く今まで通りってわけにはいかないと思うんだ」
どこか真剣な表情で話し始めた彼に耳を傾ける。
恋人になっただけで触れ合うことにも意味が出てくる。この先嫉妬や束縛、喧嘩もあるだろう。
「でも、今まで通りのことも多いんじゃないかなーって俺は思う。友達の延長線上に恋人ってものがあればいいっていうか……」
一緒にいて楽しいと思う気持ちや相手を大事に思う気持ちは変わらない。
彼の言う通り、今までと一緒のことも多いのだ。
彼氏彼女の言葉に構えすぎていたみたい。
「あー、ごめん。うまく言えないや」
静かに首を振る。ちゃんと伝わってるから大丈夫。
込み上げる愛しさを伝えたい衝動のまま、彼の名前を呼んだ。
「旬平くん」
「ん?」
「大好き!」
テーブルについた肘がガタンと落ちる音とともに、赤くなった顔でこちらを見つめる旬平くんを、私ともう一人のバンビが見ていた。
end.
長谷川さんのリクエストで
カフェで初々しいやりとりをする2人でした。
初々しいというか挙動不審なだけの2人ですみません´`
でもとても楽しんで書かせて頂きました^^
素敵なリクエストをありがとうございました!