どうすれば、貴方の隣にいる自信を持つことが出来ますか?
「あざみ」
聞き慣れた愛しい人の声が私の名前を呼ぶ。すぐ後ろに感じる彼の気配。しかし私はしゃがみこんだまま振り返ることが出来なかった。
「どうした?そろそろ準備しないと……」
そう。あと数時間もすれば私と彼の結婚式が始まる。着替えたり、いろいろ忙しいはずの花嫁がこんなところにいることがそもそもおかしいのだ。式場の外は緑が溢れていた。
「……あざみ?」
返事をしない、振り返らない。そんな私を訝しむ声で彼が再び名前を呼んだ。
出来ないの。今聖司さんの顔見たら泣いちゃいそうで。
「おい」
「っ、や……!」
肩に手をかけられ、無理やり引っ張られた。私と目が合った途端、赤みがかった瞳が丸くなった。居たたまれなくなって、私は俯くしかなかった。だから見られたくなかった。
「……なんて顔してるんだ、お前」
プロポーズされた時は本当に嬉しかった。高校生の時からずっと大好きだった人。何年一緒にいても、その気持ちが褪せることはなく、また彼も同じ気持ちでいてくれたのだ。そんな幸せなことはない。
式の準備も大変ではあったが、2人で決めることが楽しかった。しかし同時に小さな不安が積み重なっていった。
「結婚、嫌になったか?」
思いがけない言葉に息を飲む。反射的に首をブンブンと横に振った。そんなわけない。
「じゃあ何で、そんな泣きそうな顔してるんだ」
聖司さんは私の真っ直ぐなところが好きと言ってくれるけれど、本当に真っ直ぐなのは彼の方だと思う。些細なことでもいつも気に掛けてくれる。向き合ってくれる。困った顔したり怒りながらも、いつもいつも。
涙が出そうになり、慌てて唇を噛み締めた。私の目線で見ること、考えることを理解しようとしてくれる聖司さん。私も向き合わなくてはと漸く一言を口にした。
「自信、がなくて……」
大好きな人のお嫁さんになること。女の子なら必ず憧れることで。
隣に立てることを誇らしく思う。だけど同時に不安になる。そんな大事な位置に私がいていいのか。
結婚は2人だけの問題じゃない。その言葉の意味を、私はよく分かっていなかったのだ。
聖司さんと結婚することは設楽家を背負うこと。私にそれが出来るのか。
突き付けられた現実はあまりにも重かった。
「……もっと相応しいやつがいる、とか言うんじゃないだろうな?」
思考を読まれたようで思わず肩が跳ねた。私みたいな普通の家庭の子より、他にもっと相応しい人はいる。そう思っていたのは事実だ。
「いないよ、そんなやつ。断言する」
だけど、その“聖司さんに相応しい人”に彼の隣にいる権利を渡したくもなくて。何て自分勝手。
「俺はお前がいいんだって何回言わせる気だ」
ずっと憧れていた人だから、好きだと言ってもらえても私は簡単に自信がなくなる。そんな私に彼はいつも俺が選んだんだと聖司さんの隣にいる私を肯定してくれる。
「だっ、て……私、何も持ってないです」
立派な家柄でもないし、未だに音楽の知識もないし特別秀でたものは何もない。
私は彼にたくさんのものをもらっているのに、私からは一体何が出来ただろうか。考えれば情けなくなるほどで。
「お前は俺が好きなんだろ?」
「え……あ、はい!」
「俺もお前が好きだ。……その気持ちだけだ」
真っ直ぐな瞳。そうだ。何より大事なのは相手を想う気持ちなのに。
余計なことばかり考えて勝手にぐるぐる悩むのは、昔から私の悪い癖。
そんな私に根気よく傍にいていいと教えてくれる彼に、私は何度救われただろう。
「行こう?」
優しい笑顔で手を差し伸べてくれる。私が隣に追い付くのを待っていてくれるんだ。きっと聖司さんは、私に自分で選んで欲しいんだ。一緒に生きていくことを。
ああ、私はこの人には一生適わない。私がまた自信をなくしても、きっと彼がひっぱりあげてくれる。
私の自慢の、旦那さま。
泣き笑いのまま、貴方の隣に並ぶ一歩を踏み出した。
end.
リクエスト頂いた結婚式のお話でした!直前で終わってしまいすみません。ただのウジウジバンビのお話でし、た……。
リクエストありがとうございました!