「晴れて良かったね!」
空を見上げてニコニコと笑うあざみちゃんは、両親に手を引かれて嬉しそうに歩く子どものように無邪気だ。そしてここはそんな子どもが集まる遊園地。
開園してからそれほど時間は経っていないにも関わらず、カップルや家族連れなど大勢の人で賑わっている。そしてあちこちから聞こえる叫び声。
目立つジェットコースターが嫌でも目に入る。ありえねぇ。
「……あざみちゃんさ、俺とで良かったの?」
口をついたのは情けない弱音。俺、知ってんだ。あざみちゃん本当は絶叫系好きなこと。なのに俺と一緒じゃいつも乗れないから。友達と行った方がいいんじゃないかとか、絶叫系乗れない彼氏とかどうよとかいろんな考えが頭の中を駆け巡る。
「何言ってるのー。旬平くんとじゃなきゃ意味ないもん」
情けない俺の不安を吹き飛ばすように笑うと、繋いだ手を引っ張って歩きだす彼女。ああ、適わねぇな。
こんな小さい女の子なのに、中身はすげぇ大きい。
「コーヒーカップ乗ろっ!」
俺も彼女も遊園地は好きなので、よく遊びに来る。絶叫系以外は制覇した。中でもコーヒーカップはあざみちゃんのお気に入り。
フリーパスを提示してカップに乗り込むと、すぐに回転し始め周りの人は中央のハンドルでより回転力をアップさせている。もちろん目の前のあざみちゃんも。
「あざみちゃん回すねー」
「あはは、ぐるぐるするー!」
心の底から楽しんでいる笑顔。隣にいる子どももそんな顔をして笑っていて、それが微笑ましかった。
「あざみちゃん、ちょっと回しすぎじゃ……」
「え、なーにー?」
すっかりハイテンションな彼女は何も耳に入らないらしい。調子に乗って回しすぎてる気がするけど……楽しそうだからいっか。
とことん付き合おうと俺もハンドルに手をかけると、キャアと嬉しそうな悲鳴が上がった。
「はー。楽しかった」
ゆるやかに乗り物が止まるとともに流れるアナウンス。出口に向かう人の流れにのろうと立ち上がるが、あざみちゃんはうずくまったまま動かない。
「あざみちゃん?」
「……気持ち悪い……」
か細い声が聞こえ、顔を覗き込むと血の気が失せていた。立ち上がろうとするあざみちゃんを押さえ、抱き上げたのは反射的だった。
こんな具合悪そうなあざみちゃん、放っておけるわけない。
「、旬平くん、恥ずかし……!」
「そんなこと言ってる場合じゃないっしょ!」
彼女から上がった非難の声をはねのけ、近くにあるベンチに向かう。好奇の目に晒されるが今はそんなこと気にしてる場合じゃない。
女の子みたいに柔らかさがなくて申し訳ないけど、枕は俺の膝で我慢してもらうことにして彼女を横たえる。じっとしていたら寒いだろうから、着ていた上着を彼女にかけて。
「大丈夫?」
「……ん、ちょっとこのまま休めれば大丈夫」
「そっか」
道ゆく人の目が気になるのか、腕で顔を隠しながら答えるあざみちゃんの具合は未だ悪そうに見える。
こんなになるまで気付けないなんて。楽しそうだからいいや、と自分まで一緒になってどうする。こんな時、年上の大人の男ならもっと冷静に対処出来たのかな。あざみちゃんがこんな思いすることなかったのかな。
「……ごめん、ね」
突然の謝罪に驚いて太ももに頭をのせる彼女を見ると、唇を噛みしめていた。目は相変わらず腕で隠されているため表情は分からないが、これはもしかして。
「え、何が……てか泣いてる?」
「だ、だって旬平くん怒ってる……」
「や、全然怒ってねぇし?」
「怒ってるー!」
完全に泣き出してしまった。駄々っ子のようだ。
「自分で回しといて勝手に気持ち悪くなって迷惑かけるなんて、本当最悪……」
「年上なのに子どもっぽくて……きっと旬平くん、そのうち嫌になっちゃう」
しゃくり上げるあざみちゃんを抱きしめてやることが出来ないのが悔しい。
ああ、バカだなぁ。嫌になるなんて、そんなことあるわけないのに。
――なんて、愛しいんだろう。
「あざみちゃん。俺はあざみちゃんの無邪気なとこ、すげぇ好きだよ」
顔を隠す腕を退けさせ、しっかり目を見る。涙に濡れた瞳は不安気に揺れていた。
「謝るのは俺の方。ちゃんと止めてやれなくて、ごめん」
「旬平くんは悪くないよっ……!」
予想通りの答え。相手のことなら、そんなわけないって言い切れるのに自分のことになると途端に不安になるのが俺たちの悪い癖。
年上だから、年下だからって思いはなかなか消えないけど、無い物ねだりしたって仕方ない。
彼女の体にかけていた上着を顔までかぶせ、俺もその中に入る。そしてその柔らかい唇に触れるだけの口付けを。
すぐに離れたけど周りからは何してたからバレバレだろうな。
「次は何乗る?」
真っ赤になっていたあざみちゃんは、やがて照れ笑いを浮かべながら一言。
「もう1回、コーヒーカップ」
「懲りてねぇなぁ、アンタ」
「今度は気を付けるもん」
やっと戻った笑顔に安心する。やっぱりあざみちゃんは笑ってるのが一番だ。
元気になったら遊園地デート再開。
まずはお望み通り、再びコーヒーカップへ。
end.
この話を設楽先輩で書こうとすると、確実に先輩の方が具合悪くなると思います(笑)