こんなペディキュアはいかが? 





一緒に住み始めてから気付いたことがたくさんある。
意外に寝起きが悪いこと。
雷が怖いこと。

不器用だということ。

「あっ!」

換気のために開けられた窓から、生温い風が室内に届けられる。
隣に座るあざみは足の爪にペディキュアを施していた。その必死な形相は何かと戦っているかのようだった。あ!という声が響き渡るのは一体何度目だろう。

「何回やり直す気だ」

音楽雑誌に落としていた視線をあざみに向けながら、嫌味とも取れる疑問を投げ掛ける。除光液を浸したコットンでマニキュアを拭うあざみは拗ねた表情で溜息をついた。

「気を付けててもはみ出しちゃうんだもん」
「もう諦めろ。不器用なお前には向いてないってことだろ」
「やだー!せめて夏の間だけでも、塗っていたいです」

何回挑戦してもうまく塗れないなら諦めれば良いと思うが、裸足でいることが多い夏場だけでも可愛くしていたいというのがあざみの主張。何でもサンダルから覗く爪に何も塗っていないのは寂しく見えるんだそうだ。男の俺には全く分からない世界だな。

「爪傷むぞ」
「……知ってます」

塗っては落として、と繰り返すことがよくないことは俺でもわかる。窓を開けていてもマニキュアや除光液の独特な匂いが充満しているくらいの時間はたっている。

「何でこんな不器用なんだろ……」

分かりきったことを指摘されたあざみは怒るかと思えば落ち込んでしまった。
不器用なのは自分が一番良く分かっているのだろう。
夏が来る度ペディキュアと格闘するあざみを想像すると、本人には悪いが微笑ましくて可愛い。

「仕方ないな」
「え」
「貸せ。塗ってやる」

雑誌をテーブルに置き、あざみが手にしていた赤いマニキュアを取る。真っ赤なそれは少し背伸びをしているようだった。

「せ、聖司さん……!いいですよ、そんな」
「ああもう、暴れるな」

あいつの足が目の前にくるように跪く。バタバタ暴れるあざみの足首を掴むと、ピタリと動きが止まった。
最初からおとなしくしていればいいんだ。大体お前がペディキュアに夢中になってるから、せっかくの休みなのに何も出来ない。
……口にすればただ構ってもらえなくて拗ねている子どものようなので、黙って塗ってやることにする。

爪に色をのせていく。真っ白な画用紙に色を塗る感覚に似ていると思った。当たり前だがペディキュアをしてやるのは初めてだ。むらにならないように、はみ出さないようにと気を付けることばかりで口を動かす余裕がない。
女って足だけじゃなくて爪も小さいんだな。当たり前か。手で覆えるほど細い足首。何年一緒にいても、まだふとした瞬間に感じる「女」に慣れない。

「……えっち」
「はぁ!?」

片足を塗り終え、もう一方の足に手を伸ばした時に呟かれた言葉に焦る。思考を読まれたのか?
あざみの顔を見れば僅かに頬を赤く染め、唇を尖らせ睨むようにこちらを見ていた。

「体勢とか聖司さんの伏し目がちの表情とか……とにかくえっちなんです!」

大体聖司さんは色気があってずるい、とぶつぶつ呟くあざみに返す言葉が見つからなくて誤魔化すように再び作業を始める。
あいつの言うことが分からないわけではない。アンクレットが揺れる細い足首を見ているとおかしな気分になる。
塗り終わり並んだ10本の赤い爪。あざみの白い肌によく映える。
吸い寄せられるように、その白いふっくらとした足の甲に唇を寄せた。

「っ……!」

途端に息をのみ、足を引っ込めようとするあざみ。そうはさせない。舌でチロチロ舐めるとあざみの喉から細い声が漏れる。

「せ、聖司さ、……!」
「暴れるとよれるぞ」

綺麗に塗られた赤い爪を意識したのか、動きを止めるあざみ。口元を手の甲で隠しながら、こちらを見るその瞳には確かに欲情の色が浮かんでいた。
直接性的なことをしているわけではないけれど、興奮している。お互いに。

「聖司さぁん……」

甘えた弱々しい声で名前を呼ぶ。濡れた瞳があざみの気持ちを物語っていた。

「どうして欲しい?」
「うぅ……意地悪」

甲に寄せていた唇を足首、ふくらはぎへと移していけば、あざみは参ったというように「ベッド、連れてって下さい」と余裕のない声で言った。
望み通りの言葉を聞いて満足な俺はあざみを抱き上げた。額に口付ければくすぐったそうに笑う顔が目の前にあった。俺だって余裕なんてない。

赤い爪が寝室へと消えた。





end.





設楽が足フェチみたいなお話になってしまいました。
ずっと書きたかったペディキュアネタです(´ω`)

設楽の甘い話が読みたいと言って下さったmimuraさんに捧げます!





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