「まだ気にしてるのかよ」
「だってー……」
手元にある紙とにらめっこする私に、先輩の呆れた声が降ってくる。その紙には先月行われた身体測定の結果が書かれている。
今日はお互い午前中しか講義がなかったので、こうして彼の家にいるのだが、この紙のせいでどうにも明るい気分になれそうにない。
「たかが2キロ増えただけだろ」
「たかが、じゃないです!2キロも、です!」
そう。結果に書かれていたのは、高校時代に比べて2キロも増えたという残酷な事実。
思いあたる節がないわけではない。高校時代に入っていた部活を辞めてからは運動をする機会がめっきり減った。吹奏楽部とはいえ筋トレなど運動部並みにハードだったので、今との生活の差は激しい。
運動サークルに入れば良いと先輩は簡単に言う。しかし、もうすぐ先輩は留学してしまうのだ。
サークルに入れば先輩が帰ってきた時にすぐ会えなくなるかもしれない。それに待ってるだけじゃなく、私から会いに行ったりもしたい。それにはお金が必要だ。だからアルバイトだってしたいし……先輩はそういう乙女心を分かってない!
「何で俺を睨むんだよ」
「ご、ごめんなさい」
つい未練がましい目で見てしまったようだ。サークルに入らないのは私が決めたことなのに。いけない。
「別に2キロくらい、誰も気付かないって」
「そうかな〜……」
「ああ、もう!いつまでもうじうじするな!」
「な……先輩は細いから私の気持ちなんか分かんないんですよ!」
あ。
言い過ぎたと気付いても後の祭り。
「ご、ごめんなさい……」「……」
怒鳴り散らしてもこない。ああ、よっぽど怒ったのだろう。
先輩は確かに細い。だけど男の人に細いは褒め言葉ではないようで「細くて悪かったな」と気にしていた。私はそれを知っていたのに。考え無しに動くなとよく言われるが、それは口もそうみたいだ。
「……聖司先輩。本当にごめんなさい」
怒ってる先輩に近づくのは怖い。手を上げられるとか、そういう心配をしているわけではないけれど……何というか雰囲気がいつもと違って。
いつもは口では乱暴なことを言いつつ、目やオーラは優しいのだ。
でも今回は私が悪い。勇気を出さなきゃ。
先輩の正面に立ち、遠慮がちに袖を摘んで謝罪の言葉を口にする。
「……2キロ太っちゃって。先輩に嫌われたら嫌だなーって……それが一番心配だったんです」
恥ずかしいけれど、一番の本音。抱きしめられた時などに幻滅されたくない。
好きな人には一番可愛い自分でいたい。
「……そんなことでお前を嫌いになると思ったのか?」
口を開いてくれた。
顔を上げてそっと先輩の様子を窺うと、怒っていると思っていた彼は呆れたように笑っていた。
「だ、だってその……あの……え、エッチの時とか……」
多分、私の顔は今真っ赤だろう。でもただでさえそういう行為の時はお腹出てないかなとか気になるのに、体重が増えたという事実があれば尚更だ。
「はは!」
わ、笑われた。こんなに恥ずかしい思いをして、勇気を出して言ったのに……!
「な、何で笑うんですか……」
「いや、お前は今でも十分細いだろ」
先輩が近づいてきたと思えば膝裏に手をかけられ、抱き上げられた。
所謂、お姫様抱っこ。
「ちょ、先輩やだ……!」
「俺は細いけど、お前を抱き上げることくらい出来る」
その言葉を聞いたらおとなしくするしかない。だって先のは私の失言だし。
でもさすがにこのままは恥ずかしすぎる……!
「でもそんなにお前が気になるんなら、確かめるか」
「……え?」
言うが早く私はそのままベッドルームへと連れて行かれる。
………。
!!
「せ、先輩違っ……!そういう意味じゃ」
「もう黙れ」
そう言われ熱く口付けられればもう駄目。
せめて元の体重に戻るまで待って欲しかった、という言葉は心の中に閉まっておくことにした。
end.
攻め攻めな先輩が好きです。
でも実際お姫様抱っことか出来るんでしょうか(笑)細いですもんねー。