「可愛いっ……!」
目をキラキラさせるという表現はまさしくこういう時に使うのだろう。あざみは目の前の様々な種類の犬や猫を前に目を輝かせて喜んでいた。
あざみと動物園に来るのは初めてではない。そしてその度足を運ぶのがここ「わんにゃんランド」……それにしてもこのふざけた名前はどうにかならないんだろうか。
あざみはここが気に入っている。直接触れ合えるというのが嬉しいのだろうか。まぁ見ているだけよりかは楽しいのは認める。
大して好きでもない動物園も、お前が喜ぶから何度でも来てやろうと思えるんだ。
「あ、ほら、聖司さん抱っこ〜って言ってますよ」
あざみの言葉に視線を下に向ければ、茶色い毛並みの一匹の子犬が俺の足元に擦り寄っていた。望み通り抱き上げてやれば千切れんばかりに振られる尻尾。
「……分かった」
「何がですか?」
「お前犬に似てるんだ。バカな犬」
「えっ……なんか今堂々とバカにされましたよね、私」
前々からここに来ると何かを思い出すと思っていたが、目の前にいるあざみだとは盲点だった。構ってもらうことに全力を注ぐ様子は甘えたい時のあざみみたいだし、構ってやった時に尻尾を振るのは嬉しそうな笑顔とかぶる。どんなに冷たくしても、構ってやればそれを忘れたように懐く姿。
うん、やっぱりあざみはバカな犬だ。
「そんなことはない。バカな犬は可愛い」
「そんな可愛いは嬉しくないです〜」
唇を尖らせるのは拗ねた時の癖。もっと怒らせると膝を抱えて全身で拗ねるから厄介だ。今日は癒されるものに囲まれているせいか、すぐに忘れたようだけど。
「私が犬なら、聖司さんは猫みたいですね」
「……そうか?」
俺とあざみの間をうろちょろしていた真っ白な子猫を抱き上げると優しい手つきで撫でながら言葉を続ける。
「警戒心強いとことか犬みたいに愛情表現素直じゃないとことか。そのくせ一旦心許すと甘えん坊で」
「……」
何だ。さっきの仕返しか。
あいつから見た俺ってそんななのか?
「――愛しいって思います」
目は俺じゃなく胸元の猫を見ているし、今は猫の話をしている。分かってはいるが、あいつがあまりに優しい顔をして笑うから。
不器用な俺に向けられた言葉なんじゃないかと思ってしまった。優しくしたくても出来ない俺。そんなところも愛しいってあいつに言われた気がした。
「連れて帰りたいくらい可愛かったー。特にあの猫」
風呂に入った後、泊まるために持ってきていた無駄にもこもこしたルームウェアに身を包んだあざみは未だうっとりとした表情をしていた。それも仕方ないかもしれない。すっかり心を許したあの白い子猫が帰るまであざみを離そうとはしなかった。帰る時もあざみを呼んで鳴き続け、正直俺まで後ろ髪を引かれる思いだった。
「飼えばいいじゃないか」
そんなに犬や猫が好きなら飼えば良いと思う。こいつの家はペット禁止のマンションなんかじゃなく一軒家なんだから不可能ではないはずだ。
「お母さんがアレルギー持っててダメなんですよ。だから結婚したら絶対飼いたいと思ってます」
「ふぅん。犬?猫?」
「今日のあの子見てたら猫飼いたくなりました。だから猫!」
「……犬にしとけよ。犬の方が可愛い」
「え〜!あ、じゃあ両方飼うっていう選択肢は?」
「嫌だって言っても聞かないんだろ?」
「えへへ」
流れるような心地よい会話。波長が合うのかあざみとの会話はテンポよく進んで好きだ。
「……!」
「……!」
途切れる会話。多分同じタイミングで、同じことに気付いた。気付いてしまった。
あいつは「結婚したら」と言った。そして俺は当たり前のようにその未来に俺がいるかのような返答をして、あざみもまたそうで。
つまり、結婚するのが前提であるかのように話していたのだ。二人とも無意識に。
ああもう、気付かなければ良かった。
「っ……そろそろ寝るか!」
「そ、そうですね、はい!」
きっと互いの顔は赤く染まっているだろう。何事もなかったふりが下手な二人だと思いながらベッドに入る。
途端擦り寄ってくるあざみの姿。そういうところが犬みたいだって言ってるんだ。
「聖司さん」
「ん?」
「私は聖司さんと結婚して聖司さんみたいな可愛い猫を飼いたいです」
はにかんだように笑いながらこちらを見ていたが、自分の言った言葉に恥ずかしくなったのか逃げるように「おやすみなさい」と口にして背中を向けるあざみ。
直球な言葉に言われた俺まで恥ずかしくなる。
「――犬も飼う」
細い腰に腕を回し後ろから抱きしめる。このもこもこ気持ちいいな。
「バカな犬?」
「うん。お前みたいな」
「もう!……好きな人に真っ直ぐなだけですよ」
僅かに顔を後ろに向けながらそう微笑む。この顔は、あれだ。キスして欲しい。
望み通り唇を合わせれば勢いよく振られる尻尾が見えた気がした。
end.
古川さんリクエストの動物園デートな二人でした!
先輩は犬の直球な構って構って〜が可愛くて仕方ないはず。なんだかんだ言いながら可愛がる様子がバンビを愛でてるみたいだなぁと(´∀`)
リクエストありがとうございました!