可愛いと言って! 




「絶対こっちです!」
「いや、こっちだ」

映画館のロビーでパンフレットを片手に互いの観たい映画を主張する俺たちは、周りから見れば微笑ましいカップルの喧嘩に見えるだろう。しかし当の本人は真剣そのもの。

「恋愛ものならこの前観ただろ」
「だって観たいんだもん。それに聖司さんのやつ、怖いやつじゃないですか」

だから嫌とそっぽを向くあいつはまるで子ども。
恋愛ものが嫌いなわけではない。あざみが観たいなら付き合ってやってもいいとは思うが、さすがに連続となるとげんなりする。

「とにかく、俺は譲らない」
「私も譲りません!」

訪れる沈黙。ああもう、誰だよ今日映画館に行こうって言ったの。
俺だけど!まさかまた恋愛ものを観たがるとは……。しかも前観たものと似たり寄ったりな内容。あざみに言わせれば全然違うそうだが。

「じゃんけん、ですね」

折れない俺に痺れを切らしたのか、そんな提案を持ちかけられる。お互い折れる気ないなら仕方ないか。

「じゃんけん……」











「楽しみですねー!」

ニコニコしてるこいつの様子から分かるように結果はあさみの勝ち。勝った途端手のひらを返したように機嫌が良くなった。本当、子どもだな。
しかし改めてパンフレットに目を通しても、やはり興味が湧かない。寝てしまおうか。

「聖司さん寝ちゃダメですよ」

俺の思考を見透かしたように忠告を寄越すあざみ。付き合うしかないようだと腹を括った。










エンドロールが終わると同時に館内の照明が付き、一気に明るさと喧騒に包まれる。出入口は人で賑わい皆口々に感想を口にする。
そんな光景を見ながら隣のあざみに視線を移すと今回も泣いていた。涙もろいくせに泣けると評判の映画ばかりを選ぶから不思議だ。

「目、真っ赤だぞ」
「だって感動しちゃって……」

涙に濡れた睫毛に伏せられた瞳。こいつの泣き顔を見るのは大抵俺が泣かしてしまった時だから罪悪感でそれどころじゃないが……たまにはいいな、泣き顔も。
あざみの顔を見ていると妙な気持ちになりそうだったので、手を取り映画館を後にした。

「聖司さんはどこにも行かないでくださいね」
「またすぐパリに戻る」
「そうじゃなくてー!私から離れないでくださいねってことです」

まだ時間はあるので俺の家に向かうことにした帰り道、あざみは突拍子もないことを口にする。先程観た映画の中の主役2人は想い合っているのに離ればなれになってしまった。その影響を受けたのだろう。単純な発想だ。
握った手に力を込めてやれば安心したように笑う。頼まれたって離してやるもんか。

「聖司さん」
「何?」
「私のこと、可愛いって思ってくれてます?」

いきなり想像もしていなかったことを聞かれ、吹き出しそうになった。
そういえばさっきの映画に出てた男はやけにヒロインの女を可愛いと褒め称えてた。影響されすぎだろ、こいつ。

「……あの映画みたいに可愛い可愛い連呼しろってことか?」
「そうじゃないです。ただ、思ってくれてたら嬉しいなって」
「……」

返事に困る。可愛いと思ってるに決まってる。そんなことも分からないのか?
人通りが少ないとはいえ、こんな帰り道で可愛いなんて言えるか?言えるわけないだろ。考えて分かるだろ。

「もういい、です。困らせてごめんなさい」

見るからに不満そうなあざみ。俯いてしまったせいで表情は見えないが、先程まで期待に満ちて握られていた手の力が比べ物にならないほど弱い。
そしてその不機嫌は俺の家についても変わらなかった。

「……」
「いい加減機嫌直せ」
「別に怒ってないもん」

一体どこが。唇を尖らせ膝を抱えてソファーの端に座る彼女の姿は全身で拗ねていると言っても良いくらいだ。
それでも同じソファーに座っているところが構って欲しい子どものようだ。

「あんな道の真ん中で言えないことくらい分かれよ」
「じゃあ今言ってください」
「……」

言えと言われて言うのは気恥ずかしい。元からそんなことを気軽に言えるタイプじゃない。言葉に詰まる俺を見て落胆の息を吐いた。

「やっぱり言ってくれないじゃないですか」
「……あざみ」
「私、可愛くないかもしれないけど、聖司さんに似合う人になりたくて頑張ってるんです。お化粧とか服とか……」

次第に震え出す声。
ああ、もう。

「一言、欲しいだけで……」
「あざみ。こっち向け」
「……いや」

泣き顔を隠すように膝に顔を埋めて首を横に振る彼女。その細い腕を掴んでこちらを向かせると、そのまま引き寄せて自分足の上に彼女を乗せる。
先程のように濡れた瞳を見開き、驚いた表情のあざみと目が合った。

「っ、聖司さ……」
「可愛いよ。俺のために頑張るお前も、こんなことで泣くお前も、全部可愛い」

目を見ながら伝える。もうそんなことで不安にならなくてもいいように。いつだって可愛いと思ってる。
驚きすぎて涙が引っ込んだみたいだ。そうかと思えば次第に赤く染まっていく頬。照れ隠しに俺の首に腕を回し抱きついてくる。

「ごめんなさい」
「全くだ。影響されるならあんな映画観るな」
「……でもずっと言って欲しいなって思ってました」
「そんなに俺は愛情表現足りてないか?」

控えめに言われた言葉に少し自信がなくなる。確かに言葉ではあまり伝えていないが、その分他で補っていたつもりだ。伝わってなかったのか?
あいつはそんな俺の言葉を受け、抱きついていた腕を離し慌てて首を振った。

「違います、十分です。でも、たまには言葉が欲しくなるんです」

女って面倒だな。好きでもなく可愛いと思わない相手と付き合うわけないのに。

「……今日は聖司さんに、いっぱい可愛いって言ってもらえて、嬉しかった」

はにかむお前の顔を見ていると、それを見られただけでも面倒なのも悪くないと思ってしまう。俺も重症だな。

「――可愛い」
「っ……!」
「お前可愛い」
「せ、聖、司さ……!も、もう十分です!」

耳元に唇を寄せて囁けば顔は林檎のように真っ赤。焦ったお前が可愛くてもっといじめたくなる。

「何で?言って欲しかったんだろ、飽きるほど言ってやるよ」

ただし、続きはベッドの上でな。





END.


綾さんからのリクエストで映画館デートなお話でした。……映画館デートほとんど関係ない。
膝抱っこが書きかっただけです、すみません!先輩に可愛いと言わせるのはやっぱり難しかったです´`
リクエストありがとうございました!



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