「聖司先輩、こっちです!」
お互いのクラスの持ち番が終わる頃、人ごみをかきわけてあざみのクラスに行くと、俺が探すより先に手を振るあいつに声をかけられた。
「わざわざ迎えにきてもらっちゃって、すみません」
「別にいい。もう抜けれるんだな?」
「はい!」
返事を聞いた後、あざみの手を取り歩き出す。とりあえず、人が少ないところに行きたい。まぁ、無理かもしれないが。
文化祭一緒に回ってくれませんかと誘いの電話を受けたのが昨日。何でわざわざ電話でと疑問に思ったが、あいつの声が普段遊びに誘う時のような明るいものではなく、どこか緊張していたので何も言わずに了承した。
「あざみ」
「はい?」
「何で昨日あんなに緊張してたんだ?」
外なら広いし校内よりは人も少ないだろうと踏んで中庭に向かう途中に、昨日から疑問に思っていたことを尋ねた。
隣に並ぶお前は照れたように笑いながら口を開いた。
「先輩、人気あるからもう先約があるかなーと思ったら緊張しちゃって」
「……そんなに俺と回りたかったのか?」
「えっ!………………はい」
あっさり認めるなよ。
からかうつもりで言った言葉なのに俺までつられて照れるだろ。
「ふぅん……。まぁ、お前がそこまで言うなら今日はずっと一緒にいてやる」
3年の俺にとっては最後の文化祭。去年はこいつともそこまで仲が良いわけではなく、挨拶を交わすくらいで終わったので今年は一緒に回れたらいいと思っていた。他の男と回られたくもないし。
全部こいつには言わないけど。
「どこ行きたいんだ?」
「んっと……全部!」
「……」
「大丈夫、時間はまだあるし回れますよ。まずは1年生から行きましょう!」
選べずに全部と言う小学生みたいな答えに呆れる俺に構わず、あざみは俺の手を引いて再び人口密度の高い校舎へ足を踏み入れた。
様々な展示を回るのは思いの外楽しかった。高校生のレベルなんてしれていると馬鹿にしていた自分が甘かったと認めるくらいには。
ああ、でもそんな風に素直に思えるのはお前と一緒だからかな。お前が笑うから俺も楽しい。
「じゃあ次、は……」
中途半端なところで途切れた言葉。一体何なのだろうとあいつと同じ方向に顔を向けるとそこにあったのはお化け屋敷。
恐怖体験があなたをお待ちしてます、この恐怖にあなたは耐えられますか?といったありきたりな宣伝文句が並ぶ看板。
お化け屋敷というものにあまり惹かれない俺はそういう過剰な煽り文句は逆効果だと思う。大体秋になってお化け屋敷って。
「……先輩?ここは止めませんか?」
「何で」
「え、っと……疲れちゃったなーっと」
「これ入ったら休憩するか。どうせここで最後だろ」
俺はお化け屋敷には興味ない。しかし怖がるこいつには興味がある。
遊園地のお化け屋敷に入った時も怯えてたっけ。必死なあいつの顔は今思い出しても面白い。
理由をつけて拒もうとするあざみを引きずるように中に入った。全部回ると言ったのはこいつなんだ。文句は言わせない。
「……あざみ」
「……」
「手、痛い」
明るい空間から暗い空間に足を踏み入れたため、目が慣れない。中はいかにもといった音楽が流れ、生暖かい風まで吹きなかなか凝った作りだった。
ある程度目が慣れてから歩きだしたが、繋がれた手の力は強まるばかり。
「ご、ごめんなさい!」
「別にいいけど」
慌てて離そうとする手を握りしめた。どうせ離したところで今度は裾を握るに決まってるんだ。前もそうだった。
「先輩……」
「何だ」
「引き返しません?」
「他のやつに迷惑だろ」
「だってー……」
お前の顔はもう半泣き。本当は今から引き返したって入り口に近い位置なので、たいした問題ではない。
しかし怖がるお前を見るいい機会をみすみす逃すわけがない。有無を言わさず順路を進む。
お化け役の奴に驚かされる度に叫び声を上げるあざみ。こんなに反応が良ければお化け役もやりがいがあるだろう。
「先輩……あの角、絶対何かありますよ……」
震える指で示された先には、いかにも何かありますといった怪しげな曲がり角。驚かす側としても角はいろいろやりやすいだろうしな。
「分かりやすいな」
「先輩先に行って様子見て下さいよー」
俺の後ろに隠れるあざみを見ていると悪戯心が芽生えた。可愛いお前が悪い。
「お前が先に行け」
繋いでいた手を引っ張り前に押しやり、駄目押しに手を離す。自然にあいつ一人で怪しい角に足を踏み入れる形となった。
「っ……!きゃああー!」
途端、聞こえたのは耳をつんざくような叫び声。それとかすかにお化け役の男の驚かす声も聞こえた。
「聖っ……!やあっ、怖……!」
ぶつかるように胸元に飛び込んできたあざみは泣いていた。すぐ傍にあるお前の体温や匂いで頭がおかしくなりそうだ。
「あざみ、落ち着け」
「いや、いやっ……!」
聞き分けのない幼子のように俺の胸元に顔を埋めたまま首を振る。余程怖かったのだろう、動揺している。
「大丈夫だから」
抱きしめたくても、恋人でもない俺にそんな資格はない。なだめるように背中を叩くことが精一杯。
好きな女が腕の中にいるのに抱きしめることも出来ないなんて、どんな嫌がらせだ。
苛めてやろうと軽い気持ちでしたことが倍の威力を持って返された気がする。
「……先輩のバカ」
「だから悪かったって」
「怖かった、恥ずかしかった!」
大騒ぎしたせいで結局教室内の電気がつけられ、周りから心配されてしまった。
気付かなかったが催していたのは隣のクラスだったらしく、見知った顔もちらほらといた。どう考えたって抱き合っているようにしか見えない状況。
絶対勘違いされた。ああ、明日から鬱陶しく冷かされる光景が簡単に目に浮かぶ。
恥ずかしいのは俺も同じだ。
教室から出た後もあいつはぷりぷり怒っていた。拗ねているともいえる。
高校生にもなってお化け屋敷で取り乱したことが恥ずかしいのだろう。
「いい加減機嫌直せよ」
「先輩全然反省してない!」
「謝っただろ」
他にどうしろっていうんだ。
せっかく一緒に回ってるのに怒ってたら楽しくないだろ。
「……ジュース」
「ジュース?」
「喉乾いちゃいました。ジュース飲みたい、です」
俺の顔色を窺うようにちらりと寄越された視線。我儘をいかに言い慣れていないかが分かる。今回のことは俺が悪いのだからもっと我儘を言う権利もあるのに。
きっと本当はもうそんなにも怒っていない。ただ引くタイミングを逃しただけだろう。
「買ってきてやる。それで機嫌直せよ?」
「はい!」
返事と共に咲いた笑顔でもう機嫌は直ったと言ったようなものだった。あざみの単純なところが可愛いと思う。本人に言ったことはないし言うつもりもないが。
飲み物を扱う屋台はどこも混雑していた。今日は天気もいいし、時間的にも一息つきたくなる時間なので仕方ない。諦めて並ぶことにした。
2人分の飲み物を手にし、あいつを待たせていた場所に戻る。俺の目に入ってきたあざみは一人ではなかった。
何だ、あいつは。
うちの制服を着ているので生徒だろう。あざみの表情からして友達というわけでもなさそうだ。所謂ナンパか。
外だけじゃなく、何で校内でもナンパされるんだよあいつは。
溜息を吐き助け船を出してやろうと足を踏み出した瞬間、その男があいつの肩を抱いた。信じられない。
お前はあいつの何なんだ。
「勝手に触るな」
男の手を払いのけ、そいつとあざみの間に立つ。自然にあざみを守る形で。
「聖司先輩っ……」
あまりに露骨に安心した様子を見せるあざみに頼られている気がして嬉しくなる。反対に男はプライドを傷つけられたといった表情を浮かべ食ってかかってきた。
「な、んだよ……触るのにお前の許可がいるのかよ!?」
「そうだな。まぁ許可なんて出さないけど」
こいつに触る男なんて俺だけで十分だ。
「……」
「行くぞ」
「あ、先輩っ」
肯定されるとは思わなかったのか面食らった表情で黙ってしまった男を置いて、あざみの手を引いてその場を去った。
「何で校内でもナンパされるんだお前は」
「わ、私のせいですか?」
「いつもみたいにぼけーっとしてたんだろ」
「ひ、ひどっ……!してないですよー!」
ムカつく。肩を抱いた姿が目に焼き付いて離れない。
感情のままにあいつを責めていたらむっとし始めたのが分かった。
ああ、言いすぎたか。また喧嘩になったら意味がない。
「……心配させるなって言ってるんだ」
「!……はい」
ほら、やっぱり単純だ。
俺の言葉ひとつで簡単に笑う。
「飲み物買いに行くぞ」
「え、先輩さっき買いに行ったはずじゃ……」
「お前のせいで落とした」
せっかく並んで買ったのにお前がナンパなんかされるから焦って落としちゃっただろ。今度は一緒に行く。最初からそうすれば良かった。
「……何で笑うんだ」
「いえ、嬉しいなーって」
「俺は余計な手間が増えて嬉しくない」
なんて、吐いた溜息はただのポーズ。
「先輩のおかげで今年の文化祭はすごく楽しかったです」
今日一番の笑顔を見せるお前。自惚れじゃなく、俺と一緒の時間を楽しんでくれたのだと思う。
「先輩は最後の文化祭だけど……楽しかったですか?」
聞くまでもない。回る人間が違うだけでこんなにも違って見えることに驚いた。
学生最後の文化祭に相応しい出来だ。
「まぁ、悪くはなかった」
end.
少女漫画\(^O^)/
夢見がちだけど楽しかった…。
いちこさんからのリクエストで文化祭デートなお話でした。付き合ってない2人&先輩視点のお話を書く楽しさが今回で少し分かりました^^付き合ってなくても結局バカップル(´∀`)笑
リクエストありがとうございました!