2 ――実験の結果はこのとおりだ。 魔女の家を出るまで、サラは自分自身を普通の人間となにも変わらないものと信じていた。ところが、嫁入りした先では異端として、サラは村を追い出されてしまった。帰るべき場所を手に入れて、受け入れてくれる家族を手に入れて、ただ守りたいだけだった。知識の限りを尽くして、今度こそ、失わないように。この幸福を、何者かに奪われてしまわないように。自分が異端だなんて知らずに。 サラが魔女だと聞いた少年ディの反応は、ある意味で正しかった。魔女。怪しげな魔術を使い、人を人とも思わない。世間の認識はそんなものだ。 「もしかして……薬の材料にするつもりで」 吸血鬼の少年は、上掛けを引き寄せた。そんな薄手の布切れにすがりたくなるほど、他に頼れるものがないのだろう。サラが初めて魔女の家に来たときもそうだった。まだ物心ついたばかりで右も左も解らなかったが、家族と引き離された寄る辺なさ、心細さは、はっきりと覚えている。いつまでも怯えて泣いていたサラは、知らない言葉でがなりたてられ、頬をひっ叩かれ、張り倒された。魔女の中の魔女であった母は、恐ろしかった。それでも、逃げ場のないサラにとって唯一の居場所だった。きっと、この少年にも行き場はないのだろう。帰れるなら、こんなところで行き倒れたりしないはずだ。 サラは、ふうっと息をつく。 「たしかに、吸血鬼は薬の材料になるよ」 ディの息を詰める音が聞こえた気がした。 「でも、安心しなよ、宿代で命まで取らないから」 少しでも安心させたくて、サラは微笑んでみせた。必要があってもせいぜい、髪の毛や牙、少量の血液で足りるだろう。今のところサラには、内臓や骨肉を材料にするようなおおげさな薬は作れない。作る気もしない。 「材料にしないほうが良いよ。病気なんだ。きっと、僕は出来損ないだから」 反論の声は震えていた。薬になるなんて、言わなければ良かったかもしれない。 「突然、人間の言葉が理解できるようになった。そしたら、だんだん吸血できなくなってった。おかしいよね。これじゃまるで本当に……」 人間になっていくみたいだ、と解ってはいるようだが、口にはしない。認めたくないらしい。 「きっと、そのうち治るわよ。私も協力してあげる……」 治るという言葉の意味が、吸血鬼に戻ることだと、サラは言いながら気づいた。 「本当に……?」 「ええ、大丈夫よ」 それでも、帰りたいというその気持ちを知っていたから、帰る方法を見つけてやりたいと思ってしまった。今は、とりあえず慰めてやることしかできなかった。 ましてや、寂しいからずっとここにいてほしいなんて、言えるわけがなかった。 「それじゃあ、おやすみなさい」 サラは静かに部屋を後にした。 [しおりを挟む] |