(絶望)

チラリ。チラリ、チラリ。何度となく本の隙間から顔を覗かせる。本を捲る以外、文字をなぞる瞳以外微動だにしない彼はかれこれここに15分はいる。そしてそんな彼を見ている私はここにかれこれ20分はいる。


「……」


静かにながれるこの空間にあるのは風でカーテンが靡く音とページを捲る度に擦れる紙の音。たまに校庭で遊ぶ生徒たちの声に隣のクラスの担任の絶望的な叫び声。ほら、また今聞こえた。何に絶望したのかなんて私はこれっぽっちも興味は無い。ただ、この声がすると彼が本から目を離して教室のある上を見上げるのだ。その動作が綺麗で、むしろ本を捲る動作てかそこにいるだけで、凄く綺麗なのだ。それを見たいが為だけに、私は読めもしない本を手に取り、ページを捲ることもせずにチラリチラリと彼を眺めているのだ。


『もう嫌だー!絶望だらけの世界に絶望したーっ!』


またそんな声が聞こえた。毎日、毎日よくもそんな絶望が出来るものだ。と、思いながらまた彼を見る。きっと今度は上を見たいまま微笑んでいると思いながら。


「……」


しかしそれは違った。彼は上を見ておらず、ましてや本を見ているわけでもなかった。横を、こちらを、私の方を見ているではないか。突然のことすぎて逸らすことも出来ずに彼と合ったままの瞳。あ、綺麗な瞳。


「また、聞こえたね」
「…へ?」
「先生の絶望。今日はいつもに以上だったね」


突然何を言うのかと思えば、先生のことか。そうだね、また何に絶望したのかな。興味はないけど。なんて簡単に話が出来れば苦労しないのに。口が渇いて上手い具合に喋れない。


「そっ、そうだね…っ!」


やっと出た言葉がそれだけ。最悪だ。ニコニコと笑ったままの彼の顔を見ることが出来ずに、適当に開いていた本で顔を隠した。嗚呼、ヤバい。顔が熱い。凄くドクンドクンって、心臓の音が聞こえる。煩い。彼に、聞こえてないだろうか。校庭の男子たち、もっと騒げ。先生、もう1回絶望して。


「毎日、いるよね。本好きなの?」
「ぅ、あ…えっと、その…まあ…」


好きなのは本じゃない。本なんて読まない。つらつらと並ぶ文字の羅列はただ眠気を誘うのもでしかないの。いつの間にか、私の目の前に座る彼。嫌…いや本当に嫌なわけじゃないけど。


「その本、僕がオススメしたやつなんだ」
「あ、ぅ…はい…」


知ってる。掲示板で見たから。だから、手に取って、でも結局読んでいない。どうしよう、もう今すぐ逃げ出したい。
ナイスタイミングとばかりに鳴り響いチャイム。


「あっわた、し…次移動教室、だから…!」


逃げるように席を立った私は逃げるようにその場から離れた。ああ嫌だ嫌だ自分が嫌だ。折角話し掛けてくれたのに、話出来たのに。


「また明日ね、秋野さん!」


図書室を出る時に聞こえた彼の声。完全に振り返った時にはもう扉は閉まった後で、廊下で1人立ち止まっている私はさぞ阿呆の子に見えただろう。
閉まる前に微かに見えた彼。笑いながら手を振って、ああもう、あんなの、落ちないわけがない。




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