ドルチェッシモ
(甘く、柔らかに)


あのとき一緒に花火を見てなかったら、梅ちゃんとオレは話さないままだったかもしれない。

『髪、はねてる。』

だけどオレは、ハネたオレの横髪に、背伸びをしながら触れる梅ちゃんを、本当はすぐに抱きしめたかった。


***


梅ちゃんが屋上に来たことにオレは本当に驚いていた。とりあえず持っていたチュッパチャップスを梅ちゃんにあげて会話をつくる。

緊張しているオレに比べたら梅ちゃんはよく笑っていると思う。

オレがブルーベリーを好きなことを知っていたことにも驚いた。そして、うれしかった。梅ちゃんがオレのことを少しでも知っててくれていたことが、うれしい。

だけどこれ以上ふたりきりでいるともたない。梅ちゃんが笑うと、かわいくて抱きしめたくなる。でも、それをしたら梅ちゃんのことを傷つけるかもしれない。
だから授業を理由に立ち上がったのに、梅ちゃんは立ち上がらない。

「梅ちゃん?」

どうした?と聞くように見ると、梅ちゃんもオレを見上げた。

目が合った。梅ちゃんが、何か言いたそうな表情をしている。風になびく柔らかそうな髪に触れたくなって、オレは少しだけ視線をそらした。

落ち着かない。
いつもの梅ちゃんとは、少しちがう気がする。

「あ、あのさっ」
「…ん??」

オレは今、ちゃんと気持ちを隠せているかな。
梅ちゃんに初めて真っ直ぐ見られたような気がする。それだけで、好きな気持ちが、飛び跳ねてうれしがるんだよ。


「空って、…呼んでもいい?」


ーー 一瞬、息の仕方を忘れた。

初めて梅ちゃんの口からこぼれた、オレの名前。
うわ……すげー…全然、知らない名前みたいだ…。

なんていうか、…うん。


「好きな子に呼ばれると、てれんね……」


………あれ、今、オレの声聞こえた?え?もしかして口に出してた?

梅ちゃんを見ると、とてつもなく真っ赤になっていた。

オレ、何さりげなく盛大に告白してんだよ、ありえねー、何やってんだよ、バカだろ。頭おかしいだろ。どうしたら今言うことになるんだよ、呼び捨てされただけで!

「お…岡野先輩、わたしのこと、好きなんですか…」
「え、や、あーえっと、えー…」

これ、言うべき?誤魔化すべき?
オレとしては、もっと梅ちゃんと仲良くなって、心をゆるしてもらえるまでは言わないつもりだったんだけど。

「わたしのこと、好きですか…?」

…なんでそんなに、見たこともない顔をして、聞くんだよ。
オレだって、本当は誤魔化したくない。タイミングも、大した言葉もなく言ってしまったけど、オレの気持ちなんだ。

「梅ちゃんが、…好き、だ。」

っ、やばい。
好きな子に言う好きって言葉が、どれだけ大きくて、大切で、愛しい言葉なのかって、言ってからわかるんだ。オレ、こんなに自分が梅ちゃんを想ってたなんて知らなかった。


稚嘉も、クリリンも、キーチも、あんなおちゃらけた奴が好きな子の前では、こんな風になるのだれうか。こんな、いっぱいいっぱいに。

あー、まじで、告白すんのっててれんのな。
こういうオレが知らなかった気持ちを、みんなは知ってたんだ。


「好きな人からの告白って、涙がでるほどうれしいものなんですねっ!わたし、知りませんでした!」


うつむいてる梅ちゃんをしゃがみこんで覗くと、本当に、ボタボタと涙をこぼしてみた。
その涙がきれいで、頬を伝うそれに思わず触れた。

こんなに近いたのは、あの花火の日が最初で最後だったオレたち。だけど今はそれ以上の近い距離にいて、梅ちゃんの緊張がオレにも伝わるくらいだった。

こぼれる涙をオレの指先がもらう。

しばらくして梅ちゃんが、か細い声で「岡野先輩」と呼んだ。

「どうした?」
「あの、…わたしも、好きです。優しくてちょっと不器用で、楽しいことが好きな岡野先輩がとても好きです、初恋です」
「………」

な、な……なんだよ、このかわいすぎる生き物は!

「梅ちゃん」

やっと、抱きしめられる。
伸ばした腕に梅ちゃんをとじこめる。細くて、あたたかい。これが、梅ちゃん。

「岡野先輩……」

梅ちゃんの腕を背中に感じた。

「空って、呼ばねーの?」
「あ、つい癖で」
「呼んでよ。梅ちゃんが名前で呼んでくれるとオレ、うれしい。」
「…じゃあ、梅って呼んで」

小さくて、柔らかい波の癖がついた髪をしていて、少し頑固で、だけど弱くて、だけど、自分で自分を守れる、そんな女の子。


「梅、オレと付き合って。」


ポロッと言ってしまった失敗の告白が、梅…と結びつけてくれるなんてな。

「よろしくお願いします、空」
「うん、じゃあもう少しここに……」
「わたし稚嘉に報告しに行ってくる!」

え、立ち上がんの早!

もう屋上のドアの前にいる梅。向かう先は、オレの親友。……なんか、負けた気分だ…。

ま、いいけど。


「梅!今日一緒に帰ろーよ」
「っ、帰る!授業終わったら連絡する!」
「うん、じゃあ行ってらっしゃい。」
「あとでね、空!」


オレの親友によろしく、オレの小さな彼女。


* * * *

拍手ありがとうございました!
本編ラスト後のふたりでした。

ここからふたりのお付き合いはスタートしていくわけです。…あまり語れることがない……。挑戦したことも空の目線にしてみたことくらいだし。

次回もストストの予定です。
たぶん、男組の中学生のころの話にします(予定)




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