ブラック
ブラック
ホリック
(わたしの愛、きみのお遊戯)
愛遊(あゆ)の頬から滲み出る赤いものを指で掬いながら、なんて綺麗なんだろうと思った。
「痛い……?」
「へいきだよ、みちるちゃん」
天使のような表情で微笑む愛遊を見て、心臓がゾクゾクした。よかった。くちびるからそうこぼしながら、ふと、もしも愛遊が痛いと頷いていたらわたしの手は止まっただろうかと考えた。
愛遊の血で赤く染まった自分の指を舐めて、生々しい味を舌の上に転がす。美味しい。いつも家で出る一流コックの料理よりも、外食の際に口にするレストランのご馳走よりも、ずっと。
苦いのに、時々物凄く甘い。
その味にうっとりしながら、愛遊に手を伸ばす。愛遊が痛いと言っても、止まらない。だって、愛することはやめられない。
「愛遊、もっとわたしにくれる?」
あげないと言われたって、やめられない。
愛遊の白い肌に、少し伸びた爪を立てる。
「いいよ、みちるちゃん。そのかわり明日も、ぼくとあそんでくれる?」
「…美味しい」
「みちるちゃん、あそんでくれるよね?」
「美味しいよ、愛遊」
立てた爪で愛遊の肌を掘る。出てきた赤に吸い付いて、舐めて、食べて、溶かす。
愛遊の声は聴こえない。
いや、答えられない。赤を求めるのに夢中になる。それほど、この味は魅力的で輝かしい。
「みちるちゃん、ぼく、明日は、しゃぼん玉がしたいよ」
「ん……」
掘りすぎて泡がたちはじめた。その泡を舐めとり、次は柔らかい肩にかぶりつく。歯を白い肌に埋めてしばらくすると、やっぱり、あの味がした。
「みちる、ちゃ」
「ん…もっと……」
その肌に隠した赤を、全部頂戴。
「ねぇ、痛い?愛遊、痛い?」
「へいきだよ、みちるちゃん」
「じゃあ、ここも食べていいよね?」
頷いた愛遊を見て頬が緩む。身体が、少し熱くなる。愛遊を床に倒して、愛遊の白い左胸にくちびるを寄せた。
噛みついてみる。…かたい。
指でつついてみる。…かたい。
だけど、わたし、ここの赤いのが欲しい。
「みちるちゃん……これなら、穴があけられそうだよ?」
愛遊の小さな手が持っているものを見て、心が踊りはじめた。キラリと光る刃先を見て、これなら大丈夫だと感じた。
愛遊の手から奪うようにそれを取って、思わず笑った。早く、はやく、見たい。触りたい。舐めとり、食べたい。赤が欲しい。あの味が欲しい。赤、赤、赤、赤、求めるのは赤赤赤赤赤赤赤赤………
ぐりぐりと刺した。何度目かでグショリ、と何かが潰れる音が聴こえた。同時に飛んできた小さな赤い塊。初めて見るそれの匂いをかいでみるとあの赤い液体と同じだった。
ぱくりと口に入れる。まずは舌の上で転がしてみる。赤の味。存分に味わってから、その塊を奥歯で噛んだ。
「美味しい美味しい美味しい美味しい」
愛遊の左胸、こんなに美味しいなんて。
ふと周りを見ると、所々にあの塊が散らばっていた。形や大きさはまばらで、それがより美しく思える。美味しいものは美しい。愛遊は、何よりも美しく綺麗で、わたしは愛遊のすべてがいとおしい。赤は、特別だけれども。
塊は、ひとつひとつ拾って、ひとつひとつじっくりと味わった。美味しい赤に心地よい歯ごたえ。充分に味わった。だからそろそろ、愛遊と遊んであげよう。美味しいものをくれたお礼に。
「愛遊、美味しかったよ、ありがとう。ほら、立って。今日は何をする?」
返事はなかった。
いつまでたっても。起きないし、喋らない。床に転がっている。
「愛遊、怒ってるの?話聞かなかったから」
どうして何も言わないの。
「ごめんね、愛遊、ごめん、怒らないで」
さみしい。さみしい。さみしい。
持っていたもので愛遊の右胸さ刺してみる。痛い?痛いって、言ってよ。何か言ってよ。怒らないで、謝るから、ひとりにしないで。
「愛遊、愛遊、愛遊」
あれ、もしかして、愛遊、寝てるの?
そっか。眠かったんだね。目、瞑ってるもん。そっか。じゃあ、寝かせてあげる。今日はたくさん、美味しいものをもらったから。
「おやすみ、愛遊」
おやすみのキスを、くちびるに。
「明日は、しゃぼん玉しようね」
そう言うと、愛遊が微笑んだ気がした。
わたしは何となく眠れなくて、だから、眠る愛遊のお腹に今度は穴を開けた。
おわり