ずっと一緒に
おかしい。
…おかしい!!
「……………」
「な、なんだよ、真奈香…」
「…べつに!」
キーチの様子が最近おかしい。絶対に変だ。なんか、隠してる。
いつも「これでもか!」ってくらいキメッキメにセットしてくる髪もヨレヨレ。制服も、いつもは綺麗に着こなしてるのに、最近はやっぱりヨレヨレ。
何もかもがヨレヨレ。
「ぜっったいに変!」
「そう?わかんないけど」
「実姫にわかったら逆にイヤ!超小さな変化だもん!」
「はいはいー。本当相変わらずのバカップルだね」
バカップル?
「…本当にそう思う?」
「真奈香?」
「…………」
様子がおかしいのに気づいたのは三週間前。でも、気づかなかっただけで、もっと前からだったかもしれない。
付き合いたてのころ、あたしは毎日が不安でいっぱいだった。
空まではいかないにしろ、キーチはとてもモテる。
端正な顔立ちと話しやすさ。さらに来る者拒まず去る者追わずなキーチは、あたしが想像も及ばないくらいの恋愛経験があった。
学校内を歩いても街中を歩いても、キーチの女の子の知り合いがたくさん声をかけてくる。
キーチのケータイにも、女の子の連絡がたびたびあって、そのたびにあたしは心臓がビクビクと鳴った。
だけどキーチに言えずにいた。恋愛経験がないあたしには、どうすればいいのかわかんなくて。
そんなあたしに、キーチは気づいてくれた。ちゃんとあたしを見てくれて、あたしの話を聞いてくれた。
そして、付き合って一ヶ月目の記念日に出来たのが“お互いが一緒のときは、緊急の連絡以外ケータイに触らない”という約束。
キーチが提案したそれは束縛みたいで最初はあたしも「そんなのいやでしょ?」とキーチに聞き直した。
だけどキーチは「や、全く?」と不敵に笑ってくれた。
ばかみたいに安心して、キーチをもっと好きになって、ずっと一緒にいたいって思った。
それ以来、不安になったことは一度だってなかった。…なかった、のに。
「ケータイ、触るようになったの。」
「…キーチが?真奈香の前で?」
「……うん」
デート中も。
ケータイに来るのはメールみたいで、それは5分から10分おきに届いて、キーチはそれにすぐ返事をしている。
「それは、変だね」
「…でしょ」
「誰からか、聞かないの?」
梅が不安げに見つめてくる。実姫は俯いてしまった。
「……聞けないの」
どうすればいいのかわかんなくて。
だって、付き合って5ヶ月経つけど、キーチがあの約束を守らなかったのは初めてだったから。
**
トイレに寄った帰り道、廊下でバッタリ空に会った。
キーチたちも一緒かなと思ったけど、どうやら空もひとりみたいだ。
「あ、真奈香ちゃん。キーチ見なかった?」
「見てないけど、どうしたの?」
「担任にキーチ呼んで来てって頼まれてさ。」
「そうなんだ。一緒に探そうか」
「ありがとう、助かるよ」
空と話すのは、少し緊張する。ふたりきりになる機会はないから余計に。
梅も未だに緊張するみたいだし。
「ねー、真奈香ちゃん…」
「ん?なーに?」
「…最近、変じゃない?」
何のことかすぐにわかって、その言葉に弾かれるように空を見上げた。
空も……
「空も、気づいた……?」
「や、俺じゃないんだよ。…稚嘉が最近、毎日のようにキーチが変だって言うんだよね。」
人をよく見てる、稚嘉らしいと思った。
涙が、じわりとにじむ。
「…不安だよ……」
浮気なんかじゃない。それはわかってる。絶対にちがう。
「キーチが、苦しそうな顔をするの……」
メールが届いたケータイを見下ろすキーチの、あの表情。
見てるだけで、こっちまで不安になってしまうくらい、苦しそうで。
「なのに、あたし聞けなくて」
彼氏がどうしたのかも聞いてあげられない自分がいやで。
でも、なんで聞いてあげられないのかすらわからない。
「真奈香ちゃん、泣かないで」
「ご、ごめん…」
「真奈香ちゃんは優しいねー。梅の友達でよかった」
「や!梅のほうが優しいしかわいいし女の子らしいし気使い屋さんだし、」
「はは、ありがとう」
本当だよ。気使い屋な梅や、しっかり者の実姫が、もしもキーチの彼女だったら、きっと…もっと上手にキーチと付き合っていけるはず。
「…あ」
「あ、」
誰もいない美術室の中にキーチを見つけた。……女の人と一緒だ。
「………キーチのクラスの人だよ。ただそれだけだよ。」
「あ、うん……うん。」
浮気じゃないのは見ててわかる。
キーチの表情が、メールを見たときと同じものだったから。
「でも、きっとメールの相手だ」
「……話、聞く?」
頷いて、空と一緒に美術室に近づく。中からはキーチの声がした。
「しずかは大丈夫かよ」
「…たしは、…平気。瑛梨奈ももう大丈夫だって」
「ったく。おまえら、無茶しすぎだろ」
「ごめんね…迷惑かけて。それにキーチにはもう彼女がいるのに、なのに……」
「いいよ。真奈香はわかってくれるから」
―――キーチ……
信じてよかった。
信じてくれていた。
「しずかごめんな。そばで守ってやれなくて。瑛梨奈にも言っておいて。」
「…キーチ……あんたいいやつすぎ…。」
「今さらホレても無駄だぜ?」
「ホレないから!」
あ…!キーチ出てくる!
「………」
「真奈香?」
「…えっと」
隠れるひまもなくドアから出てきたキーチに見つかった。
盗み聞きした言い訳…言いわけ……
「空までどうしたんだよ」
「真奈香ちゃんが話しあるみたいだったから一緒にキーチを探してたんだよ」
「話?」
えええ、ちょっと空!
キーチに話があるのは担任の先生でしょ!
「じゃあオレ行くから」
「うちも。キーチ、本当にありがとうね。また迷惑かけたらごめん」
空も女の人もいなくなって、キーチとふたりきり。
「とりあえず、中入る?」
「―…うん」
頷くと、キーチがあたしの手をとって引いた。
手を繋ぐのには、まだ慣れない。
「瑛梨奈としずか、1ヶ月前くらいからストーカーに悩まされてて」
「ストーカー?」
「うん。だから、ストーカーされてるのに気づいたときはメールしたりしてたんだ。夜遅くに嫌がらせのようなこともされるから、気を落ち着かせるために電話したりも」
「そうなんだ……。もう平気なの?」
「なかなかおさまらなくて……昨日、彼氏のフリしてどうにか。…ごめん」
キーチ…。
来る者拒まずなら、行けばいい。伝えてしまえばいい。
去る者追わずなら、一生一緒にいればいい。
そうすればキーチも愛してくれる。
そう思っていた、あたし。
「ごめんな。」
「ばか…。言ってくれたらよかったのにさ」
「巻き込みたくねーし」
でも、大丈夫だ。
キーチは、本当にあたしが好きだから。
来る者拒まず去る者追わず
そんなキーチはもういない。キーチはあたしが好きだ。
「放っておかないところが、キーチらしくて好き。大好き」
「…真奈香……」
「だから謝らないでよ」
「……浮気してるとか思わなかった?約束もやぶったし…」
「思わないよ」
昔のキーチがそうだったからって、約束をやぶったからって、疑う理由にはならない。
大丈夫だよ、キーチ。
不安げに眉毛を下げたキーチが愛おしくて、あたしはキーチの首に腕をまわした。
「真奈香?」
「ずっと一緒にいようねっ」
次キーチが表情を歪めたら、すかさず聞けるように
あたしも、成長していきたい。
「――…好きだ、真奈香」
ホッとしたように笑って、キーチの影が落ちてくる。
あたしも―…
そう心の中でつぶやいて、そっとまぶたを下ろした。
* * * *
ストロング ストロベリー
Episode:Kiichi×Manaka
121208 END