ストロベリー・ブルー


冬になったばかりの夜、クリリンに誘われてわたしたちは学校に来ていた。

「寒いよぉ!」
「真奈香(マナカ)、薄着すぎんだよ」

ジタバタと騒ぐ真奈香をあやすように、キーチはごく自然に自分のマフラーを巻いた。

「ねぇクリリン、こんな夜に学校に集まって何するの?」
「そんなの決まってんだろ?かくれんぼだよ」
「はぁあ!?」

みんなの怪訝な声が重なる。

「決まってないからね!この歳でかくれんぼ!?」
「なんだよ実姫(ミキ)、かくれんぼ楽しいじゃん〜」
「この寒い中?」
「寒いからいいんじゃん。稚嘉(チカ)は寒がりだな〜」
「何で学校?」
「オレらと梅(ウメ)たちが出会った場所だから〜」

クリリンのテンションがいつも以上で、なんだか寒さ以上に楽しみな気持ちが増してきた。

「かくれんぼなんて久しぶりだよ。夜の学校だから肝試しかと思ったけど」
「空(クウ)ってばそこ!?」
「え、変?」
「あははっ」

空らしいと思った。

「じゃあジャンケンで鬼決め!」
「鬼ひとり?」
「あたりまえ〜」
「ジャンケンポンッ!」

ジャンケンして、勝った人だけ抜けていくのを繰り返す。

あ……っ!

「勝った。梅ちゃんの負けね!」

空とのジャンケンにわたしは負けてしまった。鬼になったわたしを残して、みんなバラバラと散っていく。

「30秒数えてからな!」

クリリンの言う通りに、目を閉じて30秒数える。
開けると、そこには静かな学校の景色だけがあった。

「…こ、こわい……」

夜の学校。
初めてだし、ホラーが苦手じゃなくても不気味で、足がすくむ。

寒いし。

薄着なのは真奈香だけじゃないのに、わたしには何もないし誰もいない。

「いいなぁ…。」

わたしも、空といつか、真奈香とキーチみたいになれたらいいのに。
でも今は、呼び捨てで呼ぶことで精一杯。

寒い、こわい。クリリンのばか。


「梅ちゃん」

不意に上から聴こえた声に顔を上げると、近くの階段から、空がわたしを呼んでいた。

「え、空?かくれないの!?」
「ひとりじゃこわいからね、夜の学校。それに」

肩をすくめて、楽しげに笑う。そんな空の姿につられるように空のもとへと歩むわたしは、もう何回空を好きだと思っただろう。

「星がきれいだから、屋上に見に行かない?オレ、屋上にかくれてて梅ちゃんに見つかったことにするから」
「…っ、行く!」

まさか、空がわたしを誘ってくれるなんて。
そんな幸せなこと、これから先二度とない。


屋上へと続く階段を空と並んで上ってく。上ってくたび、ドキドキした。

こんなの、こんな気持ち、ずっと知らなかった。


「うわあぁ、きれい!」
「ねー」

星がチカチカ、鏤(ちりば)んだ藍色の夜空。
冬の夜の空がこんなきれいなことも、知らなかった。

「知らなかった」
「えっ?」
「梅ちゃんってそういう顔もするんだね」
「!」

え、わたし変な顔してた!?
うっわあ…、最悪!

思わず手の平で顔を覆い隠すと、空は肩をゆらして笑った。

「ちがうって。心配しなくても変じゃなかったから」
「え、ほんとに…?」
「うん、ほんとだよ」
「じゃあどんな顔?」

「え。」

聞くと、空は息をのむような表情になって、その顔は少し赤みを帯びた。

「………」

空のそんな顔も、はじめて見たよ。
はじめてが、今日はいっぱいだ。


「……だったよ」
「え?今言った?なんて?声が小さくて聴こえない!」

「……きれいだった!」


空の横顔が、赤い。だけどきっと、わたしの方がずっと真っ赤だと思う。

「き、きれいって…っ」

顔が熱い。
冬の寒さなんて、あまり感じない。

「梅ちゃん、顔赤い」
「言っ、言わないでくださ…」
「今日ほんとに寒いからねー」
「……え。」

さ、寒いから?
寒いから、空も顔が赤いのか。なんだ。そっか。

「寒くないですよ、平気です…」
「梅ちゃん」

耳に入ったわたしの名前。
呼んだのは、もうとっくに聞き慣れた声の持ち主。

「やっぱり、寒いよ。鼻、真っ赤で、梅ちゃんトナカイみたいだし」
「えっ、やだ!」

わたしはいそいで鼻を隠す。
わたしが吐く息も白いけど、空の吐く息は格別白い気がした。

その原因はたぶん…

「はいこれ、着てなね」

先輩が着ていたコートを脱いで、わたしにかけたからだ。

「…っ、いいです!」
「ダメだって。梅ちゃんが風邪ひいたらいやだし。な?」

な?って…

胸が苦しい。
息がつまって、お礼すら言えない。

かけられたコートをギュッとにぎった。

「……っく…」

―――なんで?

なんでわたし、泣いてるんだろう?
さっきキーチが真奈香にやったみたいに、好きな人がわたしにコートを貸してくれたのに

どうしてこんなに切なくなるの?

「え、梅ちゃん!?」
「空のせいなんだよ……」
「え?」

わたしの熱は空のせいなのに、空の赤みは寒さのせいなんて、ずるいよ。

「空がっ、てれること言うから!うれしいこと、言うから赤くなるの!」

わたしのせいにしたい。

「空が好き…っ」


星よりも強く、空の心を動かしてみたい。寒さよりも優しい、熱を空にあげたい。何よりもあたたかい気持ちを、どうか空に知ってほしい。

そして今日知った色々な“はじめて”の中の何よりも、空の心に残ってほしい。

そして、願わくば。
そうやって、小さく、強く、甘く願ってる。

「…オレ、今まで生きたなかで一番しあわせかもしれない。」

しあわせにしたいと。
しあわせにしてもらいたいと。
一緒にしあわせをつくりたいと。


「…ありがとう。
オレも好きだよ、梅」

満天の星屑がわたしたちに拍手を贈ってるようで、今この屋上から見る景色を、一生残したいと思った。


「…なぁ。もーそろそろ出てっていーんじゃね?終わったし。止まってると寒ぃし」
「ちょっと稚嘉まだダメ!」
「な、は、離せよ実姫っ!」
「ダメってばー!」

え??

「ちょっとおふたりさんー、ちゃんとかくれんぼしようぜ〜」
「まぁいいじゃん、クリリン。ふたりはめでたしめでたしなんだから!」
「真奈香はキーチからマフラーもらって寒くないからいいかもしんねーけど、オレらは寒くて死にそうになりながらずっとかくれてたんだからな!」

えええ??

「よかったなー、梅」
「キーチ…!みんなもしかしてずっと見てたの?」
「梅が探しに来ないから逆に探しただけだよ。梅、かわいらしい告白だったな」
「……っ」

見てたなんて恥ずかしい。
告白するつもりもなかったし。

「帰るかー」
「かくれんぼはまた次だな」
「え、またやるの?」
「冬はやめようぜ。寒い」
「わ、本当。稚嘉の手がすごくつめたい」
「………離せよ」
「あはは!」

稚嘉の顔が赤いのは実姫が触ったからだけど、きっと実姫は“寒いから”だと思ってるんだろうな。

いつか稚嘉の気持ちが、実姫に届いてくれたらいいのに。

クリリンは好きな人いないのかな?いつか話、聞きたいな。

キーチと真奈香は、繋いだ手をずっと離さないでほしいな。


「梅」

…空は
ずっと、わたしのことをそう呼んでほしいな。

「これからも、よろしくお願いします」
「こ、こちらこそ…!」


空の青い髪がつめたい風になびく。
空がわたしを見て、楽しそうに、やさしく笑った。

ずっとこの人のそばにいられますようにと、わたしは強く、星空に願った。


* * * *

ストロング ストロベリー
Episode Special

121201 END


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